第9話 いざ、展覧会へ

迎えた土曜日。

俺は約束通り、朝9時の広島駅に立っていた。


「ごめ~ん、ちょっと遅れた~」

息を荒げて走って来た莉佳にねぎらいの視線を送りつつ、俺は時計を確認した。

「まだ9時1分になってないのでセーフです。さ、行きましょ」

「う、うん!行こう!」

俺の言葉で少し安心した表情になってくれた莉佳は、息を整えるのもそこそこに、再び歩き出した。


広島駅からは山陽本線に乗り、途中の糸崎駅で乗り換えて尾道駅に向かう。

車窓の外は基本的に一面が緑で、登下校時に見ているものとさほど変わらない。

途中にいくつかある大きな駅の周りは開発が進み、一応栄えていたものの、基本的にはのどかな景色が流れていく。


そして景色とともに時は流れ…


『おおー!』

尾道駅に降り立った俺たちは、そろって声を上げた。


最近リニューアルされたという駅舎や、近年開発が進んでいる駅前の町並みは、広島の中心部にこそ劣るものの、俺たちの高校や家がある地域と比べると、大都会のように思える。


「栄えてますね!」

「だね~、あ、ほら見て!あのお城の奥の方に美術館があるんだって」

「結構丘の上にありますね、標高高そう…じゃあ早速行ってみますか」

「あ、待って。写真撮ろ!」

「え?あぁいいですよ」

プチ旅行で彼女もテンションが上がっているのか、自分からツーショットに誘ってきた。


「どっち背景がいいですかね。やっぱりお城が写ってる方が…」

俺は自然と莉佳の隣に並んで立ち、周囲を見回していい感じのアングルを探す。

しかしその様子を見ていた莉佳は少し怪訝そうな表情でこう言い放った。


「ん?もしかして後輩君…ツーショット撮ると思ったの?」


直後、俺は赤面。

たまらず顔を地面に伏せ、その場にうずくまってしまいたかったのをなんとかこらえ、膝に手をつくのにとどめた。


「えーなになに、恥ずかしがらないでよ~。撮っちゃう~?」

「やめください、マジで。ほんとに普通に恥ずかしいんで」

「いいじゃんいいじゃん、せっかくだし撮ろうよ」

「ええ~」

「なんで嫌そうにするのさ!先輩からのせっかくの申し入れを無下にするつもり~?」

ちょっとむすっとした様子の莉佳が珍しくて、そしておかしくて、不覚にも噴き出してしまう。


「あー!笑ったなー!」

そう言って少し顔を赤らめたと思うと、彼女は俺との距離を急に詰めてきて──


「うおっ」

パシャ。


俺が一歩引く間もなく、莉佳はツーショットを撮ってしまった。


「ど、どう?これで満足?」

「は、はい…あとで共有してもらえると…助かり、ます…」

「お、おっけー。じゃ、行こっか」

「りょ、了解です」

互いに照れてしまい、どこかぎこちない口調になってしまった俺と、本来の目的であったはずの風景の写真を撮ることも忘れてしまった先輩は、そろって歩き出しましたとさ。


その後は、二人の間に微妙な空気が流れ、心なしか変な空間も開いていたように思えたが、何も起こらずに美術館へ歩いて行った。

途中、結構な傾斜のある坂道を登ったりもしたが、莉佳は疲れた様子を見せずに登っていた。


「着いたー!」

「長かったですね、入り口はあそこかな?」

近代的な形をした建物はコンクリート調で、その奥には日本家屋のようなものも見えた。


俺たちは、ひとまず人流に従って入り口と思われる場所まで歩いて行った。


「結構混んでますね」

人について行ってたどり着いたそこは、入場を待つ列の最後尾と思われる場所。俺たちが並び終えた後にも、後ろから次々と新規の客がやってくるため、結構混雑している。

開館時刻は既に過ぎているが、俺たちが入場できるのはまだ先になりそうだ。


「だね、まぁ展覧会が始まってから初めての休日だし、そりゃ人も集まるよね~って感じ」

「先輩はこういう展覧会、よく来るんですか?」

「うーん、私は見るより自分で描くのが好きだからあんまり来ないけど、年に数回くらいはほかの人の絵も見るようにしてるよ。それこそ、自分が作品を出してる展覧会とかは家族と行ったりするけどね」

「そうだったんですね…」


俺はスマホを取り出して、今回の展覧会のコンセプトを確認すべく、美術館のホームページを開いた。

「そういえばさ、私たち連絡先交換してなかったよね?この際、繋いでおかない?」

「あー確かに、部活の連絡とかもありますしね」

「そうそう、ここは勘違いしないんだ…」

「え?なんか言いました?」

「ううん、なんでもない!はい、これ読みこんで~」

「はーい」

莉佳が差し出したQRコードを読み取り、俺はメッセージアプリで彼女の連絡先を追加した。


直後、莉佳からメッセージが来たという通知。

トーク画面を開けば、そこにはかわいらしい「よろしく!」というスタンプ。これに俺も「よろしくお願いします」という地味目なスタンプで返しておく。

隣で、ふふっと莉佳が笑ったのが分かる。

そしてまたいくつか操作したと思うと、再びの通知。


そこには、先ほど駅前で撮った、俺たちのツーショットが送られていた。

ありがたく、頂戴します…


そんなこんなで20分ほど待っていると、ようやく俺たちが入場できる順番になった。

「高校生御二人ですね、1人500円になります」

「はーい」

揃って500円玉を出し、2枚のチケットを受け取る。


「右手の入り口から中にお入りください。それではごゆっくり~」

「ありがとうございまーす」

莉佳が代表して礼を言い、俺たちは中へ足を踏み入れた。


「わぁ、広いですね」

「すごい、改修したの結構前のはずなのに…」

莉佳も、館内の壮大さに圧倒されているようだった。


「展覧会はあっちみたいですね、行きましょうか」

「行ってみよう!」


それからは、二人で絵を見て回った。


今回の展覧会で展示されているのは、島の風景画。


たくさんの絵を見てわかったことがある。

それは、島、そして絵にはそれぞれ表情があって、二つとして同じものはない、ということ。


色や筆の使い方、どんな目線で描くのか。


その膨大な組み合わせの中から、その人が選んだ描き方は1つで、その1つというのは、他の誰とも違っている。


絵っておもしろいな


心からそう思った。


一通り観覧し終えて、建物の外に設置されたベンチに俺たちは並んで腰かける。


「すごかったね~」

「ですね、500円であれが見られるなんて、びっくりです。いろんな方の絵を見られて、本当に貴重な機会だったなって」

「そうだよね~、私も新鮮な気持ちになったよ」

絵を描く者として、そして一人間としてもリフレッシュできた。


「さ、帰るのも2時間くらいかかることだし、ぼちぼち行きますか!」

「はい!」


莉佳の言葉で俺はベンチから腰を上げ、駅までの坂道を下り始めた。


行きと同じ街並みの中を電車で走る。

ただ、景色が流れる方向が真逆で、その様相はまるで違って見えるのが不思議だ。


「あ、私ここなんだ~」

莉佳がそう声を上げたのは、広島駅の一つ手前の駅。彼女の最寄り駅はこれまで知る機会がなかったし、伝えられるのも急だったので、少しだけ驚いた。


「そうだったんですね。それじゃ、今日はありがとうございました。また部活で」

「うん、じゃーねー」

車窓から、手を振る莉佳の姿が見えて、俺も小さく振り返す。


その長い腕から生み出される彼女の作品には、無限の可能性が散らばり、俺のちっぽけな脳みそでは、想像もできないくらい広大な世界が広がっているんだ。

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