君のいる未来をこの手で描けたら
山代悠
第1話 中学生の俺は、彼女の絵に惚れ込んだ
「改めまして、受賞者の
司会のアナウンスとともに響き始めた、割れんばかりの拍手と歓声。
止まらないフラッシュ。
そして、自らの手にしっかりと握られたその賞状は、己の実力で勝ち取った確かなもの。
でも、俺が思いをはせているのは、この絵を描いているときの様子ではなく、俺が絵を描くきっかけをくれた、あの人のことだった。
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木々が赤や黄色に染めた葉を、少しずつ落とし始めた頃。中学生の俺は、地元の
来年の2月に受験する予定であったため、学校の雰囲気を知るための貴重な機会だった。
一緒に来た母親は、ただ文化祭の出し物を見るだけではなく、校内の設備や、生徒の雰囲気などをチェックしていた。
一方の俺は、自分が受験する高校とはいえ、貴重な休日に連れ出されたことに少しうんざりしていた。
だが、文化祭特有のあの高揚感や、お祭りのような雰囲気を味わっているというのも事実だった。
「次はどこ行きたい?時間的に次が最後になるかな、ほら、17時から塾でしょ」
「そうだね。俺はどこでもいいけど、母さんは?」
「そうだな~」
そう言って、母さんは、入り口で配られたパンフレットに目をやった。
正直な話、すでにめぼしいところは回っていたし、早いところ帰りたかった。
(勉強しないとだしな…)
「私も特に行きたいところはないんだけど…うーん…」
「何かお探しですか?」
母さんも迷っている様子を見せていたが、そこにひとりの女子生徒がひょいっとやってきて、明るい声で尋ねてきた。
身長は俺と同じくらいで、髪の毛も1つに結っている。
第一印象としては、”仕事のできる先輩”だった。見た目と雰囲気、慣れた接客から判断して、2年生か3年生だろう。
だが、どの年齢であったとしても、彼女の身長は高い部類に入るのだと思う。
俺は特別高身長というわけでもないが、すごく背が低いわけでもない。
春の健康診断では、中学3年生男子の平均身長と全く同じ数値だった。
そんな彼女は、母さんと楽しげに話している。
「どこに行かれるか悩んでいらっしゃったんですか。でしたら、うちの美術部にぜひいらしてください!生徒の作品の展示メインなんですが、キーホルダーやポストカードの販売もしてるんですよ!」
突然、彼女が声のテンションとスピードを上げた。
どうやら彼女は美術部の部員で、校内をうろちょろしている時に俺たちを見つけて声をかけたらしい。
「えー、そうなんですか!行ってみようか」
「え、あ、うん」
俺があいまいながらも肯定を示すと、その清楚な雰囲気をまとった女子生徒は、にこやかにほほ笑んで、俺たちに語り掛けた。
「それじゃあ、行きましょうか」
場所はもちろん美術室だった。
俺は中学で美術部とはまったくもって関わりがないので、美術部、それも高校のそれの活動の成果を間近で見るのは初めてのことだった。
美術室までの道で、名前と学年を自分から教えてくれた。
彼女は、名を清野莉佳といい、学年はなんと1つ上の高校一年生。いい意味で大人びて見えたので、俺も母さんもびっくりしてしまった。
大人っぽいですね、と母さんが言うと莉佳は、よく言われます、と笑いを含んで答えた。
ほどなくして、俺たち一行は美術室に到着した。
中に入ると、ほのかに香る絵の具のにおい。日々の活動の様子が少しだけ想像できる。
「こちらですね、今はお客さんが少ないんですけど、その分ゆっくり見て回れると思います」
「ありがとうございます」
ごゆっくり~、と言い残して、莉佳は順路とは逆の方へ歩いて行った。
俺と母さんは、紙で示された順路に沿って進み始めた。
美術室内にはいくつもの
水彩画や油絵、版画など、個性豊かな作品がたくさん並んでいた。
美術素人の俺には、上手いな~という感想しか浮かんでこなかったが、それは母さんも同じようで、時折感嘆の声を漏らすものの、何か感想を述べるわけではなかった。
こんな親子が訪れてしまって申し訳ないという気持ちになったが、美術作品に触れる貴重な機会だったので、どこかで楽しんでいる自分もいた。
「次で最後かな」
気が付けば、俺たちは室内をぐるっと一周していたようだ。
母さんにそう言われるまで、俺は夢中になって作品を眺めていた。
そして最後と思われる
その場から動けなくなるほどには。
「どうですか?これ、私の作品なんですけど」
言いながら、奥からひょいっと顔を出したのは莉佳だった。
彼女の背丈と同じくらいの大きさをしたキャンバスには、赤く、大きな花が描かれていた。
同じようなものを描いた絵画は何度か見たことがあったが、それらと比べ物にならないほど、莉佳の絵には、見る人に訴えかける何かがあった。
「アマリリスっていう花を描いてみたんです。うちの学校の園芸部が育てていて、花壇に生えていたのを描かせてもらいました」
楽しげに語る莉佳だが、俺は未だにこの絵が彼女の手によって書かれたものだということを信じられずにいた。
彼女は高校1年生だ。絵の才能がどれほどあるのかは定かではないものの、人間の、それも16歳の描くレベルの絵ではないと感じていた。
「すごいですね…今日見た中で一番かもしれないです」
母さんがそう反応し、俺もやっと意識が現実世界に戻ってきた。
「わぁありがとうございます!先生からも褒めてもらって、自分でも結構自信があったので、そう言っていただけて嬉しいです!」
そう語る彼女は本当にうれしそうで、以下に彼女が絵を愛しているかということを象徴しているようだった。
「すげぇ…」
俺も気が付けば、そんなことをこぼしていた。
「少年も、描いてみない?自分の思ってることを筆に乗せて描くのって、最高に楽しいよ」
莉佳からの誘いに、俺は微笑みで返し、お茶を濁した。
その代わり、俺は1つ質問をした。
「えっと、清野さんはこの絵にどんな思いを込めたんですか?」
「んー?それはね、見る人それぞれで答えを探すもの。描いた私が言っちゃったら、答えが一つになっちゃうじゃん?それだと面白くないって、私は思うな」
「そう、ですか…」
莉佳にそう言われ、なんだか釈然としないなと感じつつも、そうなのかもしれないと納得しようとしている自分もいた。
「少年は、どんなことを思って描いたと思う?」
そう尋ねる彼女の目にも、絵と同じくらいの力があった。
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