第50話 あなたの声で③

 財団職員が任務の為移動する際、新幹線やバスなどの公共交通機関を利用する事は少なくない。エージェントや単独任務の職員は自家用車を使う事もあるが、医療チームが動く時はほぼ100%の確率で、応急処置のできる機材や設備が搭載された特別車両を利用する場合が多い。言うなれば強化救急車といったところだろうか。また、武装しない医療チームが機動部隊の足枷になるのを防ぐために、外装は機動部隊の所有する装甲車に引けを取らない強度を誇る。その為、車両内は安全かつ衛生的な聖域なのである。


 今回の任務も例外ではなく、東北地方へ向かって車移動という手段を取った。先頭をナビゲートするのは赤城率いるCクラス職員車両である。それに続いて機動部隊移送車、多機能衛生機動車、救急救命車が続いた。勿論、財団の気配を消すために見た目のカモフラージュは完璧になされている。



「あ……阿比留さん、しっかりシートベルトしていてくださいね!」


「しっかり締めているから大丈夫!カーブでGが掛かるの、堪らないね!」

 


 車を運転するのは部下の役目だと相場が決まっている。上司に余計な体力を使わせずに、大事な時に遺憾なくその力を発揮してもらう為だ。運転免許は財団職員には取得必須の為、財団が主導する運転講習会に参加し、半年の時間を費やして漸く免許を取得したばかりだった。

 ハンドルを握る手に汗が滲む。もし万が一、この同乗者に私の運転で怪我を負わせようものなら、私はきっと夜道で何者かに(恐らく彼の熱烈なファンに)刺されてお陀仏する事だろう。運転初心者なりに慎重に運転しているが、ブレーキが急だったりハンドルを切るのが遅かったりと、彼に不快な思いをさせてしまっているのは間違いない。


 

「すみません……」


「気にしないで。きっと肩に力が入りすぎているんだよ。リラックスして。ゆったりと、ハンドルは軽く握るといい。大丈夫。ちゃんと前の車に付いて行けてるんだから上出来さ。」



 優しく微笑む阿比留さんを見て、あぁ、なんと大らかなのだろうと感心する。部下の拙い運転に愚痴1つ言わずにアドバイスまでくれるなんて。本当に、彼は完璧すぎる。


 


 何度かの休憩を挟んで、目的地のホテルへ到着した頃には疲れ切っていた。このホテルは、SCP財団協力会社の1つが運営するホテルの為、財団職員が職務で使用する際は無償で上質なサービスを受ける事ができる。そのようなホテルは全国各地に点在するのだが、いずれも同じ会社がグループ展開するものだ。

 その恩恵である上質な布団にダイブした私は、全身でその柔らかな恩恵を受けるのであった。道中、何度も阿比留さんが運転を代わろうかと提案してくれたが、それに甘えてしまったら自分の役目すら果たせないような気がして全て断った。慣れない運転で精神的に疲れているが、この後すぐに明日の為の最終ミーティングをする予定なのだ。まだ寝ていたいという体に鞭を打って、指定された部屋に向かった。



「全員揃った?では、最終確認を始めましょう。」



 赤城の進行により明日決行する作戦が発表された。機動部隊め-2("穴熊ハンター")は現地部隊と併せて総勢20名。彼らが今回の作戦の主要戦力となる。アノマリーの情報がかなり解析されており、犠牲者は少ないとの見込みでおまけ程度の同行医療チーム2人、赤城を含めたバックアップ財団員が5名、遠隔でバイタルチェックを行う別班の医療チーム2人。以上29名がSCP-939第四次対策班の参加者だ。



「じゃあ俺から作戦を伝える。ここを見てくれ。」


 

 今回の作戦を練ったのは機動部隊らしい。最上に促された利根川がノートPCを開き、ある画面を皆に見せて説明を始めた。


 

「今回はこの山周辺を洗おうと思います。このあたりの山は昔は石炭が採れたもんで、廃坑道が点在するんです。そしてこの赤い丸は目撃情報のあった場所。見て貰ったら分かる通り……。廃坑道の近辺での目撃数が圧倒的に多い。つまりこれが意味するのは」


「奴らは廃坑道を根城にしている可能性が高い」



 隊長の最上が利根川の説明を遮って結論付けた。



「成る程」


「……問題はこの坑道の出入り口は8箇所ありますが業者が撤退する時に出入り口を全て封鎖してある事です。どこの出入り口から奴らが往来しているのか、はたまたこの入り口はいづれも使われず、別の侵入ルートがあるかが不明です。」


「じゃあどうやって絞るの?1箇所ずつまわる?」


「いや。生体反応センサーカメラを各出入り口に配置する。獣道や道路にも仕掛けて、どこが奴らの通路か絞れる筈だ。奴らの通り道が分かり次第、駆除を開始する手筈になっている。」


「センサーで洗い出せるのは人員を割かずに済むからかなり効率的ですね。」


「その通り。明日10時、センサーカメラ設置のための作業を開始する。機動部隊以外の皆さんには待機していただくことになるだろう。」



 その後、具体的な車輛の停め位置やキャンプ設営地を確認し、最終ミーティングは終了した。



「井上クン」


 

 自室へ戻る途中、背後から阿比留に呼び止められる。正直なところ、大変疲れていたので一刻も早く自室で休憩を取りたいところだが、上司に呼び止められては仕方がない。しゃっきりとした顔を作り、返事をした。



「明日はよろしくね。多分、そんなに慌ただしくなるようなことは無いだろうけれど、一応気を引き締めて臨もう。機動部隊にしかできないことがあるように僕たちにしかできない事もいっぱいある。それまで体力を温存しておいてくれ。」


「分かりました。万全の態勢で待機します。」


「うん。……あと、これを」



 手渡されたのは赤い包みにくるまれた可愛らしいお菓子。



「これは?」


「チョコレート。カカオ配分が多いから体に良いらしいよ。……それじゃ、おやすみ。」



 彼は颯爽と姿を消した。こういったさりげない優しさがきっと女心を掴むのだろうと他人事のように思った。




 翌朝、ホテルのレストランで朝食を済まして集合場所に向かった。ホテルの地下駐車場の、一般客では入れない特別区域が指定された集合場所だ。徐々に人々が集まり出し、全員が揃った。



「それでは、これより第四次駆逐作戦を決行する。皆、安全第一で臨むように。」


 

 長い1日の始まりだ。








後書き

この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。


Author: sinema

Title: SCP-939 -数多の声で-

Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-939

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