とあるCクラス職員の懐古

第23話 橘世那という女

【第2会議室】


 年齢層は10代から50代とバラバラだが、皆熱心に壇上の人物の話に聞き入り時折メモを取っていた。彼らは今季新規採用された職員である。財団は常に人手不足に追われているのである。


 増え続けるScipの管理要員から、日々失われていく人員の補填。財団人事部は年に数回新規職員を確保し教育する必要があった。この日もCクラス職員を中心に、医療チームや戦術対策班、フィールドエージェントなどあらゆる部署の新規採用者が一堂に会し、共通オリエンテーションを受けていた。


「工藤博士。質問よろしいでしょうか。」


 控えめだが真っすぐ挙げられた手に、参加者の視線が注がれる。


「どうぞ、橘研修生。」


 きっちりと制服を着こんだショートヘアの女性。凛とした彼女の胸のプレートには「橘世那」と名前が書かれている。橘は困惑気味に口を開いた。



「……つまり、Dクラス職員というのは……。その、いわば……実験体、ということでしょうか。」



 橘は言葉を選んだつもりだったが、あまりにも直積的すぎるワードであることに気付いて恥じた。もっと相応しい言葉があったはずなのだと彼女は自責したが、実験体という言葉以上に分かりやすい言葉は無かっただろう。


 「概ねその通り。……Dクラス職員は、Scip…異常オブジェクトのことだが、Scipを確保、収容、保護する最適な手段を明らかにするために必要不可欠だ。各Scipの特別収容プロトコルを精査するうえで、彼らの存在は欠かせない。様々な条件下に彼らを置くことによって、オブジェクトが何に反応し、何をトリガーとして行動・反応するのかを見定める。……まぁ実験と言っても過言ではないね。それをパターン実験によって明らかにするのが研究員の役目なのです。」


「少し、非人道的なのでは?いくらDクラス職員が罪人とはいえ、人間の命を、そんな……。例えばサルやモルモットなど別の生き物で実験することはできないのですか?」



 動物をそのような実験に使うのも少し気が引ける。動物は好きだ。如何せん私の子供の頃の夢は動物園の飼育員だったのだから___

 工藤博士は、ふうんと考え逆に問いかける。



「橘研修生、Dクラス職員を利用する最大の利点は何だと思う?」


「……被験者と意思の疎通が取れる事ですか?」


「それも利点の1つであることは間違いない。けれど私たちはこう思っている。彼らが“人間であること”が利点だと。Scipというものは何故だか人間という生き物に対して顕著な反応を見せるものが多いんだ。人間も動物なのにね。まだ解明されていないが、Scipは人間が生み出した物体や肉体、時には精神に絡むものが多い。執着……いや因縁というのだろうか。反応が良いんだよ。そういったこともDクラス職員を使う利点だよ。」


「……なるほど」


「それにね、橘研修生。命の重さをここで語るのはナンセンスだよ。彼らの経歴などは些細な問題だ。元犯罪者だろうがその辺の主婦だろうが子供だろうが、ここでは命の価値はある意味平等だ。そもそも彼らの殆どは条件を呑んで財団に収容されている。つまりお互いに旨みがあるビジネス関係にあたる。……分かるあかね?それに……皆も心に留めてほしい。これはとても大事なことだが、私たちは人道支援活動や社会奉仕をしている訳ではないのだ。小さな犠牲の先にある人類の恒久的な”平和世界”を守るという本質を見失ってはけないよ。」


「……。はい、有難うございました、博士。」


 一人の命と大勢の命、どちらを取るべきか?いわゆるトロッコ問題の議論は堂々巡りだと言うことはよく知っている。橘はまだ言いたいことがあるのをぐっとこらえ、飲み込みこんだ。



「講義の趣旨からは逸れたが、橘研修生はいい質問をしてくれた。我々財団職員は、現在過去未来全ての人類を、人知を超えた脅威から守り、健全で正常な世界で過ごせるよう戦うことを決意した人間の集まりなのだ。犠牲というものは当然出る。その命を無駄にしないように後世に知識を継承していかなければならない。……それを覚えておくように。」

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