3:包まれて、支えて、受け入れて

 原因はわからない。

 神殿にある魔法陣で行われたフィロメニアの霊獣召喚の儀式に、アタシは巻き込まれた。

 

 儀式の光に体が包み込まれて、慌てて周囲を見回す。


 

 すると、そこは懐かしい夜の通勤路だった。


 

 コンクリートで固められた地面に、虫のたかる街灯、明るさを灯す窓がいくつか見えるマンションや家屋、そして――道の真ん中で折り重なる鉄骨。


 その下に広がる血と転がったスマートフォンを見て、アタシは理解した。


 ここは前世でアタシが死んだ場所だ。


 あの様子じゃアタシの元の体はグチャグチャだろう。

 せめて顔くらいは判別できると嬉しいけど。


 そんな光景を複雑な心境で眺めていると、声が聞こえる。

 

『ふぅん……。強い縁を感じて来てみれば、随分変なのに当たったねぇ。可哀そうに。痛みを感じる前に死ねたのに、こんな世界にもう一度生まれるなんて。おぉ、可哀そうに』

「……なに、アンタ?」


 声の主はアタシの肩の上に腰かけていた。

 緑色のショートヘアを揺らして、結晶のような翅を生やした少女が微笑む。


『言葉に気をつけてくれたまえよ。これでも君より高位の存在なんだ。今はを合わせてあげているけどね。実際の我は君からすれば神様。我からすれば君は道端の石ころくらいの認識なのだからねぇ』

「石ころに目線を合わてくれてありがと。小銭でも探してるの?」

『良い返しだねぇ。そうとも。君は我の目を引いた。だから拾い上げて、こうして話をしてあげているんだよ』


 魔法のことは詳しくないけれど、たしか霊獣は神様やその眷属から召喚者に所縁のある種を呼び出すと聞いたことがある。

 だとすれば、この少女が神様と自称するのならそうなのだろうとアタシは納得した。


 しかし、さすがに肩に乗っていられている状態じゃ少女の方に首を向けるのが辛い。

 アタシが肩の前に手のひらを差し出すと、意図をくみ取った少女はその手に乗る。

 

『我の名は【セファー】。君の哀れで数奇な運命に引き寄せられて召喚に応じた高次元存在さ』

「こうじ……なに?」

『理解しなくてもいい。君に問いたいことはひとつさ』


 セファーはにやりと笑みを浮かべて、アタシの目を真っすぐに見た。


『君は、君の主人の運命を変えたいのかい?』

「っ……」

 

 アタシは言葉を詰まらせる。

 セファーの問いはまさに図星だったからだ。


「……アタシの頭の中でも見たの?」

『言っただろう? 君の運命に引き寄せられたと』


 答えになっていない。

 けれど、たぶんこの神様はアタシが転生者で、そしてこの世界で何を思ったかを知っているんだろう。

 

 脳裏に乙女ゲーでのフィロメニアの末路が過ぎる。


 どのルートにおいても必ず死という結末に至る悪役令嬢。

 彼女の死は悲運に見舞われて訪れるものじゃない。そのほとんどは悪役としての自業自得が原因だ。

 フィロメニアは必ず自分の行いによって自滅する。


 別に乙女ゲーをプレイする限りは何も不自然なことじゃない。勧善懲悪はひとつの物語の王道で、大半の人の倫理に組み込まれた筋だ。

 

 けれど、十年前に出会って一緒に過ごした結果、アタシの中にひとつの疑問が生まれた。

 

 誇り高く、頭脳明晰な彼女が単なる嫉妬や恨みで破滅するわけがない。

 きっと乙女ゲーでは語られていない何かがあるはずだと思った。


 だから、アタシはこの世界でひとつの望みを持った。


 

 ――フィロメニアの死を回避させたい。

 

 

 そのためにアタシはフィロメニアに最も近い場所にいるのだ。


「そう……そうだよ。けど、大きく世界を変えたいわけじゃない。アタシはフィロメニアに死んでほしくないだけ。他の誰かの幸せを奪いたいわけじゃないんだから」


 それは特に、乙女ゲーの主人公のことだ。

 主人公と攻略対象の恋愛を阻む悪役令嬢としてのフィロメニアを肯定すれば、それは主人公のバッドエンドを目指すということになる。


 アタシはそれを望んでない。

 だってアタシからすれば、主人公も愛すべきキャラクターなのだから。


 望むのは、あくまでフィロメニアが生きて学園を卒業すること。そして、その先で幸せを掴んでくれること。


『なら……受け入れたまえ。全てを』


 セファーがアタシの手から飛び立ち、離れた。


『この過去を。変わりゆく今を。これから掴む未来を。そして、己とは異なる存在を』

 

 アタシの指先ほどしかないセファーの手が差し出される。

 その手を取れば、アタシ自身は変わってしまう気がした。逆を言えば、運命を変えられる気がした。


 なら、迷うことはない。


 アタシはゆっくりとセファーの手に触れる。


 重なった互いの手が眩く光って――。


『さぁ、行こう。これから君と我は一心同体だ。その死がすぐ目の前にあろうとも。気の遠くなるほど先にあろうとも。その最後のときまで、共にいてあげよう。だから、それまで見せておくれ。君のその……愛しく、歪な運命を』

 

 ――アタシの意識はそのまま白く染まった。

 


 ◇   ◇   ◇

 

 

「あっ……ああっ……! 嘘っ……!? あたしの霊核がっ……砕け……!?」


 アタシがフィロメニアのところへ戻ると、そんな悲鳴が聞こえた。

 見ればさっきの女性が胸を抑え、苦しそうにもがいている。

 

「クラエス……」

「なんでっ……アタシがっ……! 死にたくない! 死にたくないぃぃ……死に……た――」


 フィロメニアが硬い表情で見守る中、クラエスと呼ばれた女性は涙を流し、体を丸めるようにして――動かなくなった。

 

「……友達?」


 アタシは言いながら近づくと、フィロメニアは首を横に振る。


「社交界で顔を合わせた程度だ。子爵家の次女でな。優秀だと聞いてはいたが神殿騎士になっていたとは」

「そう」


 言葉とは裏腹に、フィロメニアの顔には悲しみのようなものが見えた。

 けれど語るべくことでもないのだろうと察して、アタシは細剣に付いた血を拭おうとハンカチを取り出す。


「あっ……」


 すると、剣身にべったりと付着していたはずの血が光る粒子となって消えていった。

 後ろを振り返れば、フェンリルの巨体も同じように光となって分解され、やがて痛々しい倒木のみが残る。


「霊獣は騎士と命を共有し、死ねば自然の魔力へと分解される。……あとには何も残らない」

「じゃあこの人死んじゃったんだ」

「本人にそのつもりはなかったようだがな……。ぐっ……!」


 フィロメニアは体が痛むようで、立ち上がろうと呻いた。

 すぐさま手を差し伸べて軽く引っ張ると、アタシの体にしがみつくように体重を預けてくる。


 背の小さいアタシはフィロメニアに包まれるような形になるが、腕でしっかりとその体を支えた。

 

「おかげで私は生きている」

「まーね」

「……責任は私にある」

 

 そうして身を寄せ合っていると、森の本来の音が戻ってきたことに気づいた。

 鳥のさえずり、動物の鳴き声、緩やかな風で揺れ動く草木のざわめき。


 ただそこには穏やかな森の姿がある。――クラエスと呼ばれた女性の死体を除いて。


「……?」

 

 アタシはフィロメニアの肩越しに見えるその光景に、自分では言葉にできない違和感を感じるのだった。



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