退職金
警察署を出た六花はぶらぶらと歩いていた。
そして目に付いたのは以前セイと一緒に入った甘味処だ。
久我に事務に誘われた話を断った事は後悔していない。
茨島神社は無くなった。
それも仕方がない事だ。
だがどことなく面白くなかった。
彼女はふっと甘味処に入り前のようにオープンカフェに座った。
彼女はメニューを見て注文をした。
それを聞いて店員が少しばかり彼女の顔を伺ったが、
六花がにっこりと笑って店員を見るとそのまま奥に行った。
彼女は肘をつき大きくため息をついた。
仕事が無くなったのだ。
少しばかり貯金はある。
しばらくは生活には困らないだろう。
だがこれからどうする?
少しばかり気が重かった。
やがてテーブルの上に注文したものがやって来た。
いきなりそこが賑やかになる。
「考えても仕方ないか。」
六花はスプーンを握った。
その時だ。
「おや、六花じゃないか。」
セイだ。
彼は道路に立ち彼女を見た。
テーブルの上には飲み物だけでなく、
パフェやパンケーキ、ワッフルなど
はみ出しそうなぐらいに物が乗っていた。
「セイ……。」
セイは道路から直接入ってテーブルに就いた。
店員が注文を聞きに来る。
「しかしお前、なんだこれ?」
平静を保った様子でセイが聞く。
だが少しばかり息が荒い。走って来たようだった。
六花がちらっとセイを見た。
「追っかけて来たの?」
セイがワッフルの上のベリーをつまんで口に入れた。
「違うよ、たまたま通りかかったんだ。」
と酸っぱかったのか彼が少し顔をしかめた。
「嘘ばっかり、息が切れているじゃない。」
だがセイは返事をせずワッフルにかぶりついた。
「美味いな、これ。」
「食べたんならお金払ってよ。」
「ああ、分かったよ。」
と彼はにやりと笑う。
六花もパンケーキをつつき出した。
「だがケーサツも用が無くなったらポイか。」
久我から話を聞いたのだろう。六花はため息をついた。
「まあ最初から期間限定の契約だったから。
でもこんなにあっさりと切られるとは思わなかったわ。
茨島神社も無くなるし。」
「まあご神体が無くなったからな。もう鬼憑きは起こらないはずだ。」
「私の力も無くなったし、凡人よ。」
六花は額に手を当ててまたため息をついた。
「高山先生の所に戻れば良いだろ?」
それを聞くと彼女は激しく首を振った。
「ダメ、それは嫌。」
一度自由を知った六花だ。
溺愛する父親のそばには戻りたくないだろう。
「でもあそこのマンションなら完全防音で
恐ろしい音も聞こえないだろう。雷も聞こえんぞ。」
六花は自分のアパートで激しい雷が鳴った時に
彼にしがみついたのを思い出した。
その途端顔が熱くなる。
「え、あ、それは、確かにそうだけど……。」
雷が苦手な六花だ。
だがあの時セイは何も言わずしがみついている彼女に寄り添い
そっと抱いていてくれたのだ。
猫と一緒にだが。
その時怖いが怖くはないと言う不思議な体験をしたのだ。
俯いて戸惑ったような六花を見てセイは微笑む。
「それで六花、これからどうするんだ。」
彼女はふっと顔をあげる。
「仕事しないとね。お金がいるし。」
お嬢様育ちの六花だ。
なのに今ではしっかりした事を言う。
変わるものだとセイは思った。
「アパートはどうするんだ、家賃を払わないと追い出されるぞ。」
「だよね……。」
六花は半分食べたパンケーキをフォークでつついた。
食欲が急に無くなる。
やはり生きて行くためにはお金なのだ。
彼女は一人暮らしをしてそれがよく分かった。
ワッフルを食べ終わったセイが
彼女の目の前のパンケーキの皿を引き寄せた。
「あのなあ、俺のマンションはペット可だぞ。」
と言うと彼がそのパンケーキを食べ始めた。
あっと言う顔で六花がセイを見る。
「ちょっと、食べてるのに。」
「お金の話で食欲がなくなったんだろ?俺が喰ってやるよ。」
「ちょっと……。」
と彼女は沈黙する。
そしてセイを見た。
「……さっきなんて言ったの?」
セイがパンケーキをあっという間に平らげた。
「これも美味いな、腹減っていたんだ。」
「全部食べる気?」
「追加しろよ、俺が払うよ。」
「追加って、その、あの、セイ……。」
セイが手を挙げてウエイターを呼び、
いくつかスイーツを頼んだ。
そして彼女を真っすぐ見た。
「俺んとこ来いよ、ペットが飼える。猫飼おうぜ。」
一瞬六花は何を言われたのか分からなかった。
だがすぐその言葉の意味を理解した。
「来いって、そこに引っ越せって事?」
「ああ、お前は汚部屋製造機だからな、
何度も呼ばれて掃除させられては俺が我慢できん。
自宅なら毎日見張れる。」
「ペット……。」
「俺は猫が飼いたい。
お前はかたずけは出来んがペットの世話はちゃんとしてた。
ペットの世話をしろ。
それが条件だ。」
六花が無言でまじまじとセイを見た。
あまり長い間見られているので
セイはさっと横を向いたが、目だけは彼女を見ていた。
その時追加で頼んだものがやって来た。
一度は片付けられたテーブルの上が賑やかになる。
セイがごまかすように一つのスイーツに手を伸ばした。
だが六花がそれを横取りして食べ始める。
「おい、お前、それは俺が。」
「さっきパンケーキ食べたじゃない。
美味しい白玉あんみつ。セイは和風が好きなの?」
セイの好みを知っているくせに
六花が見せびらかすようにそれを食べ始めた。
そしてセイが別のスイーツを手に取り食べ出した。
二人は相手をちらちらと見ながらスイーツを食べる。
そして全部食べてしまった。
「それで、どうするんだ。」
セイが咳払いをして六花に聞いた。
「猫って、黒猫?」
「そうだな、まあ黒が良いけど
引き取り手のない猫をまず探そうかなと。」
「そうだね、あのクロも殺処分寸前だったし……。」
六花がセイを見た。
「猫飼うんなら良いよ、セイのマンションに行く。」
セイがにやりと笑う。
「そうしろ。」
そして六花はポケットから神社で拾った白い玉を出した。
「見て、これ。」
「これってご神体に埋まっていた白い石じゃないのか。」
「そう。ご神体があった所は土だったんだけどそこに落ちてた。」
六花からそれをセイは受け取りつまんでよく見た。
「穴が開いてるな。大きなビーズみたいだな。」
「トンボ玉みたいだけどガラスじゃないし。
それにうっすらと模様があるでしょ。」
「あるな、花みたいな。」
「ね。」
六花はセイから玉を受け取った。
「お前、それどうするんだ。」
六花は大事そうにそれを手に包んだ。
「退職金。」
「退職金?」
セイはえっと言う顔になる。
「宝とか思い出とかそんなものじゃないのか?」
「良いの、退職金なの。」
ご神体にあった物なのに退職金とはあまりにも俗すぎるとセイは思ったが、
その本人は満足そうにその白い玉を手で包んでいる。
それは何となく六花らしい気がした。
「まあ良いか。」
と彼はレシートを持って立ち上がり会計を済ませた。
二人は並んで店を出る。
そしてしばらく歩きだした時だ。
ふと六花がふわふわしてるセイの右袖を握った。
セイははっとして六花を見下ろした。
彼女は少しばかり恥ずかしそうな顔をして
微笑ながら彼を見た。
前髪はもうしっかりと伸びている。
初めて彼女と会った時の中途半端な長さではなかった。
髪の毛の間から大きな絆創膏が見える。
セイは立ち止り真剣な表情で六花の前に立つと
彼女は訝し気な顔をして彼を見た。
セイは不思議そうな顔をして見上げている彼女を見る。
彼はおもむろに彼女のヘッドホンに手を伸ばした。
「あっ……。」
片手だが器用にヘッドホンを取り外す。
六花の耳に周りの音が聞こえて来た。
いつも聞いている音とそれほど変わらない。
街中だ。
車の音、人々が生活する音、
ヘッドホンをしている時と違うのは
それより大きめの音が聞こえる事だ。
外でヘッドホンを取ったのはほとんどない。
一瞬ぞっとしたが、目の前のセイは優しい顔をしている。
それを見るとぞわりとした感覚はすぐに消えた。
「セイ、ちょっと怖い。」
セイは少し微笑む。
「すまん、でもお前にキャンセラー越しに
機械の声で言いたくなかったんだ。」
「……どうして?」
彼は彼女の耳元に顔を寄せて囁いた。
「大事な事は生の声で伝えたい。」
六花が間近のセイの顔を見る。
彼の目は優しい。
彼女は一息つく。
そして彼が言う言葉を待った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます