話し合いの後、久我と高山は色々と調べる事があると

六花の部屋を出た。


「ともかく六花ちゃん、気をつけろよ。

セイ君、六花ちゃんをよろしく頼む。

と言うか君も大変だが、その……、」


青い顔でうろたえたように高山がセイに言った。


「分かっています。

とりあえずしばらくはなるべく外に出ないようにします。」

「その方が良いかもしれん。

私は先生宅に行って昔の資料を調べよう。

そしてすぐにでも署内の監視カメラを調べる。

あ、先生、タクシーが来ました。」

「セイ君、頼むぞ。」


二人はばたばたと帰って行った。

残されたセイと六花がため息をつく。


「美戸川室長は取り憑かれている、のかしら……。」


六花が呟いた。


「そう言うのはお前の方がよく分かるんじゃないか。」

「そうだろうけど……。」


六花は部屋に戻り椅子に座った。


「そう言えば私はずっと室長を見ていません。」


六花が棚からカップを2つ出し、コーヒーの粉を入れた。

セイは椅子に座る。

既に六花の部屋はとても綺麗になっていた。

以前のゴミ屋敷の面影は全くない。

クロがペットハウスからゆっくりと歩いて来て

セイの膝の上に乗った。


「ともかく会いたくなかったから

気にしないようにしていたのがいけなかったのかな。

それとも上手に隠していたのかな。」


六花がカップを持ち考え込むように言った。

セイはクロの背中を撫でながらコーヒーを飲んだ。


「それは俺には全然分からん。

元々あいつは冷たい所がある。

だが九津が死んだ頃から余計人を人と思わなくなってきた気がする。」

「半年ぐらい前ですよね。ご神体が割れたのは三ヶ月ぐらい前です。」


セイは美戸川を思い出す。


いつも難しい顔をした神経質そうな男だ。

言葉も無駄はないが無機質だ。


15歳になった時に義理親の元から離され警察の寮に入った。

その時にセイは初めて美戸川と会った。

最初から良い印象は無かった。


その時にセイは自分の出自を知る。隣には九津がいた。

そして自分の名前を美戸川から知らされる。

セイは十上とうがみセイ、九津は九津ここのつセイ、だ。


名前は生活していく上で必要なものだ。

だが美戸川は彼らをSEI-10(セイ-テン)SEI-9(セイ-ナイン)と呼んだ。


「お前達は人じゃない。私が作った備品だ。」


美戸川の話を聞いて九津もショックを受けたような顔をしていた。

あの時彼がいなければセイも心が折れていたかもしれない。

それから九津とともに軍隊のような厳しい訓練を受けた。

ずっと生きた心地がしなかった。


やがて彼らは警官として働く事となる。

周りは久我のようなごくわずかな者しか

セイや九津の事情は知らなかった。

なので仕事上は特に問題はなかった。


だが時々美戸川が現れて彼らに現実を知らせた。

そして美戸川はご神体を九津とセイに見せた。

あの時、背筋が凍るような怖気が来たのだ。

一瞬で全身に汗が噴き出した。


美戸川はその時どんな顔をしていたのか。


セイは思い出す。

薄く笑っていた気がする。

いつもは能面のような顔をしているのに。


セイは大きくため息をつく。


「もしかすると今でなく前から美戸川は取り憑かれていたのかもしれん。」

「もっと前ですか?」

「少なくとも俺が警察官になった9年前からだ。」

「いえ……、」


六花がセイを見た。


「多分室長が茨島神社を欲しがった時からだと思います。」

「なぜそう思う?」

「だって遺伝の研究をしている人が

神社をどうして欲しがるんですか?全然メリットがないですよ。」

「お前のお母さんの真理さんが好きだったんじゃないか?」

「あの美戸川室長が人を好きになるなんて想像出来ます?

女の勘です。」


セイは一瞬口ごもる。

差別をする訳ではないが、

あの男が女性に愛を語るとは考えられなかった。


「だがそれはただの想像だ。」


しかし、昔から取り憑かれていたのはあり得る話だ。

鬼憑きは邪悪な人間に起こる。

そして美戸川は?


無謀とも言える実験を繰り返し、セイと言うキメラを作った。

その前には何体もの実験体がいて命を落としている。

それは多分美戸川の探求心から行った事だろう。

だがそれは命と言うものへの冒涜でもある。

いわゆる生命への倫理観が美戸川には欠けているとセイは思った。

それに鬼が付け込んであの体に取り憑いていてもおかしくはない。


「そう言えば最近は美戸川とは鬼憑きの最初に会ったきりだ。」


別に会いたいとは思わない。

だが色々な事が浮き上がってきた今、

美戸川と一度会わなくてはいけない気がして来た。


「やっぱり私達が歩き回れと言われたのは、

鬼に襲われて死ぬ事を狙っていた?」

「かもしれん。」


セイが呟く。


その時だ、急に雨音が聞こえて窓の外に閃光が走った。

そしてしばらくすると雷鳴が聞こえて来た。


「雷か。先生達は間に合ったかな。」


セイは窓を見たが、はっとして六花を見た。

彼女は窓の外を見たまま動いていない。


「六花……、」


とセイが言った時だ、膝にいたクロが毛を逆立ててセイにしがみついた。

クロは興奮したように少し唸っている。

猫の爪が服越しに彼の肌に当たった。


「痛っ、」


クロはどうも雷が苦手なようだ。

そしてセイの目の前の六花も全く動かない。

セイはクロを抱いたまま立って六花のそばに寄った。


「六花、どうした、しっかりしろ。」


六花がはっとしたようにセイを見た。


「雷が苦手か。」


六花が俯いて頷く。


「キャンセラーで防げるんじゃないか?」

「……雷は、光るのもだめで。」


弱々しい声で六花が言う。

その時また空が光った。

六花は思わずセイに抱きつく。

セイには猫と六花がしがみついていた。

また雷鳴が聞こえてくる。


セイはひょいと六花を軽々と片手で抱き上げると部屋の奥に行った。

そこには毛布がある。

彼はそのそばに座ると半分に折った毛布を

自分にしがみついている六花とクロにかけた。


「これで光と音は少しは防げるだろう。

六花、目をぎゅっとつむっていろ。」

「暑いです。」

「我慢しろ。俺も暑い。」


六花は彼の胸元に顔をつけたまま頷いた。

セイは彼女とクロを毛布の上から抱いた。

雷が鳴るたびに六花とクロの体がびくりと動く。


セイは子どもの頃に飼っていたクロを思い出した。

あの猫も雷は苦手だった。

クロは狭い所に入り込んでやり過ごしていた。

だが六花のクロは自分にしがみついている。

時々クロの爪が強く当たる。


爪を切らないと痛いな、と彼は思った。

そしてその飼い主の六花も自分に抱きついている。

飼い主もペットも一緒だとセイは急に可笑しくなって来た。


「笑う事ないじゃないですか。」


セイの胸に顔を押し付けたまま毛布の中から六花が言った。


「いや、飼い主とペットはやっぱり似るなと。」

「そ、それどころじゃないんです。」

「そうだな、すまん、終わるまでこのまま我慢しろ。」


六花が父親と住んでいたマンションは完全防音だった。

相当大きな音がしなければ聞こえない。

だが光までは防げなかった。


子どもの頃から雷が鳴ると一人

上掛けを何枚もかけたベッドで耐えていた。


だが今はセイの腕の中にいる。

考えてみればとても恥ずかしい話だ。

離れればいいのだがそれが出来ない程六花は怖かった。

キャンセラー越しでも少し雷鳴が聞こえた。

そして雷光を想像すると背筋がぞっとする。


だが彼は少し笑っている。

その振動を六花も感じた。

それがなぜか彼女の恐怖心を少しずつ消していく。


六花にとっては初めての経験だった。

そして自分の隣にいるクロもセイにしがみついている。

そんな一人と一匹をセイは見捨てず守っていた。


彼の手はクロと六花を同じタイミングでゆっくりと撫でている。

彼女の心が穏やかになって行く。


六花は彼の手を思い出した。

右と左で色の違う手。

だがそれはとても強くて大きな手だ。

その手が自分の背を撫でると温かみが伝わって来る。


六花は心の中に自分が知らない感情が湧いてくるのを感じていた。






「雨が降って来たな。」


久我が高山のマンションに上がり窓の外を見た。


「雷だ、六花ちゃん大丈夫かな。」


高山が心配そうに言った。


「高山君ですか。」


久我は六花のノイズキャンセラーを思い出す。


「大きな音が駄目なんですよね。」

「ああ、特に雷が駄目でな、光を見るだけで動けなくなる。

色々調べたんだがどうも精神的なもののようでな、

仕方なく小さな頃からあれを付けてる。」


高山は耳を押さえる真似をした。


「しかし、高山君、なんと言うか正直と言うか、面白いですな。」

「お調子者だろ。」

「はは……、」


久我は笑う。


「でも嫌な感じがしないのが面白い。素直なんでしょうな。」


高山はふふと笑った。


「あれでもな、真理ちゃんが死んだ時は

何ヶ月もしゃべらなくなったんだよ。」


彼の顔が暗くなる。


「僕もどうしていいのか分からなくなって、

それでお前は大事な子だとずっと言っていたら

こっちを見るようになってな。」

「だから大好きな六花ちゃんですか?」

「まあそうだな。

僕は別に何とも思っていないけどそれが嫌だったみたいで

家を出てしまった。」

「それは先生、高山君ももう子どもじゃないし。」

「そうだな、分かっているんだけどなあ。」


高山はため息をついた。


「淋しいじゃん。」


その言葉を聞いて思わず久我が笑った。


「なんか先生は偉い先生らしくないですね。」

「僕なんて全然偉くないよ。

最近はテレビに出てるからそこら中で先生なんて言われるけど狭っ苦しいよ。

クローン法はきりの良い時に施行する予定だがさっさとすればいいのに。」

「法律ですからそう言う訳にはいかないでしょう。」

「そうだがなあ、」


その時雷が激しく光った。

だがこのマンションは防音がしっかりしているのだろう。

疼くような音しか聞こえない。


「はやくセイ君のような人を救わなくてはいけない。

世の中にはまだクローンとして作られた事で

苦しんでいる人は沢山いる。」


久我は高山を見た。

学者らしい高潔な理想を語る人物だ。


「そうですね。

私もセイが酷い目に遭ったのを知っています。」

「法律が決まったら一番に彼に戸籍を作って

一個人として生きて行けるようにする。

とりあえずそれが僕の今の目標だ。」

「それならまず鬼憑きについて調べないと。」

「ああ、そうだな、しゃべり出すと止まらなくなる。」


と高山は書棚に向かった。

かなりの書籍がある。


「茨島神社の記録はここにある。」

「美戸川室長は神社を手に入れたようですが、

このような記録もあちらにあるのですか?」

「いや、文書に関しては真理ちゃんがあらかじめ全て隠したんだ。

まあ美戸川はご神体とあの土地だけ欲しかったらしい。

文書については興味はなかった様だ。」


久我が不思議そうな顔をする。


「室長も学者ですよね。

文書に興味がないってなんだか妙な気がするんですが。」


高山が腕組みをした。


「そうだな、今考えると少しばかり妙だ。」


二人の目が合う。


「やっぱりかなり前から美戸川は美戸川じゃなくなったのかもしれん。」


外から低い雷の音がする。

まだ雷雲は遠ざかってはいない。


「悪いが久我君、この辺りが昔の遺伝子研究の資料だ。

金剛と言う人物ともしかすると美戸川の研究の資料もあるかもしれん。

僕は古文書を調べよう。」


久我は頷く。


窓を雫が伝う。

いずれ雨は上がるだろうが雷雨はしばらく続きそうだ。






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