イカ鈍行
がたんごとん、ぷしゅー。
「まだ半分ですか。この路線、こんなに長いのに急行ないんですね」
「……うむ、予想以上に長いな」
その日、我ダマリャーノと相棒猫代さんは、延々と鈍行電車に揺られていた。
前日に福岡空港から九州入りし北九州に住む親戚を訪ねたあと、ちょっとばかり足を伸ばして九州観光と洒落込もうと思ったのである。
門司から第一の目的地唐津まで、電車で三時間。レンタカーを借りるべきだったと後悔しつつ、途中下車は出来ない。ただ揺られるのみ。がたんごとん。
敗因そのいち、あんま九州なめんな。
「これもすべて呼子のイカを食うためだ、耐えろ猫代」
「あなたに計画を任せた私がバカでした」
「わかればよろしい」
「何でそっちが偉そうなんですか」
敗因そのに、ダマリャーノなんかに計画を丸投げした点だ。
「だって、九州には何度も来ているんでしょう? 詳しいと思うじゃないですか」
「半分は小さい頃で記憶がない」
さらには高確率で病気か怪我をやらかして、病院に担ぎ込まれていた。実に迷惑すぎる子どもである。
三歳で初めて長崎にいった際には、風呂に飛び込みをかまして額を割って湯船に浮いていたらしい。覚えていないのでノーダメージだ。多分ちょっと阿呆になったぐらいだろう。
「学生時代に、バイクで上半分周ったって聞きましたよ!」
「ノリと勢いだけでやった。とどのつまり、電車移動はほとんどしたことがない」
こうして、超長い鈍行に耐え、時に乗り間違えたりしつつも、我らはついに唐津へと降り立った。しかし、意外と駅前に開いている飲食店がない。
仕方がないので、唐津城方面へ歩きながら、名物イカの活け造りを食べられる店を探し歩くことにした。
敗因そのさん、下調べ不足。
田舎というものはピンポイントで目指さなければ本気で何もないもの。そうして、二人であてもなくさまよった末に、ようやく「イカ活け造り」のノボリを見つけたときの喜びよ。かつてロンドンでバスを乗り間違えたときに見つけた、「お弁当」ノボリの次に感動したものだ。
さて、肝心のイカ活け造りである。映像で見た通りの美しく透き通るイカに、空腹の我らは大喜びした。微妙に動いているのは細胞がまだ活動しているからだとか。根性だね(多分違う)
「美味い。美味いけど」
「イカはイカですねえ。いえ、新鮮で素晴らしいですが」
なんとなく旨味が薄い、気がした。
やがて、胴の部分を食べ終えた頃に店員さんが現れて、皿を下げていった。再び現れたイカの脚は、下足天へと華麗に変身していた。
これが超絶に美味かった。ミスター味っ子の光る丼エフェクトをつけたいぐらい美味かった。こうして無事にイカミッションを達成した我らは大変に満足して一路、本日の宿泊地U温泉へと向かったのであった。
当時の我に言いたい。
「免許あるなら、車借りよ?」
電車がない。来ない。車両の前半分と後ろ半分で行先違うとか何?!
数々のトラブルを経て夜のとばり迫るころ、ようやく宿についた我と猫代は、店が開いているうちにと散策に出た。酒のつまみが欲しかったのだ。
「見事に何もないですねー。寂れたガソリンスタンドぐらいしか店ないんですが」
「いや見ろ、あそこに駄菓子屋がある。お約束の洗剤も売ってる」
木造のガラスの引き戸。店と一体化したお婆さん。風情があるというか枯れているというべきか。棚がかなりガラガラなのは気になったが、選択の余地はない。ポテチなど数点を買って、宿へと戻った。
そして、薄暗い店内ではわからなかったことが判明する。
全ての菓子の賞味期限が一年前に切れていた。
外はもうとっぷり日が暮れている。店も閉まっていることだろうと、我らは諦めた。開けたてなのに、見事に湿気ているポテチじゃった。
まあいい。本日は温泉旅館で豪華な食事だと気を取り直す。限定という佐賀牛の石板焼も追加注文してある。訓練合宿とは違うのだよ、訓練合宿とは!
その期待に違わず、見た目も美しく、数々の美味しい食事が出てきた。そして、例の特別メニュー登場である。
熱々に熱せられた石板に焼かれ反り返る肉。えっ、そりかえる?
厚さ数センチに見えた見本写真と違い、実物はどうみても数ミリ。焼肉用の肉だって、もうちょっと分厚かろうという趣きである。
唖然としているうちに仲居さんが下がってしまったので、やむなく箸をつける。
しょっぱ。
多分、すっぱむーちょの婆さんみたいな顔になっていたと思う。
薄い肉に驚きの塩絨毯だ。口が塩田だ。
今なら絶対に苦情を言っている。
薄いだけならまだしも、塩まぶしは許せんと。しかし、若かった我らは文句を言うタイミングを見失い、塩をこすり落として何とか食べた。
以後、九州の某U温泉の名を見かけるたびに、あのしょっぱい肉としけったポテチを思い出すようになった我と猫代さんである。いうても詮無いことだが、湯も他の料理もよかっただけに、あの追加料理さえしなければ。
ちなみに単品で2630円。下らんところで執念深い猫である。
旅は道連れ、肉塩まみれ。
見たはずの唐津城は欠片も記憶にないが、あの駄菓子屋はきっと忘れない。
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