1.前編

 まず手始めに、三年前に初めて召喚した黒髪の青年を制裁します。

 すべてはこの青年が私を変えたのです。

 一年ほど前でしょうか、私が街を歩いていた時、偶然青年を見かけました。


 ◇


「お前ら雑魚のせいでクエスト失敗したんだろうがッ! 俺様はこの国のS級冒険者だけでなく勇者様なんだぞッ! その俺様の言う事を聞かないから失敗なんてすんだ、このクズ共がッ。クズはクズらしく地べたを這い回って魔物に食われるか、野垂れ死ねばいいんだよ」


 青年は以前より自身が持つ力に気付き、冒険者だけで無く、力を持たない街の人たちまでも自慢しては罵声を浴びせたりと、やりたい放題していました。


 勇者という称号を利用していたのです。


「くそッ、S級だからと調子に乗りやがって。何が勇者だ。自分は何もせず、ただ後ろで偉そうに指図してただけだろうが」


「おい、聞かれでもしてみろ。ただじゃ済まされないぞ。ヤツは人間のクズだが力だけはあるんだ。昨日もB級パーティが森で忽然と消えたという話だ。何でもあいつに誘われて断っていたのを見かけた連中がいるんだ」


「だから断れなかったんだろうが。大体、勇者だからといって、ギルド長は何であんなクズをS級にしやがったんだ。あんな奴とっとと消えてくれたらいいんだがな。あぁ…誰か奴を始末してくれねえかな……」


「おい、お前ら。何をコソコソと話してやがる? まあどうでもいいが、クエスト失敗の落とし前として有り金全部よこしな」


 青年は冒険者から金貨を要求するだけでなく、

「支払わなければどうなるか分かってるよな?」と、何とも恐ろしい言葉をぶつけていました。

 

 さらに年端もいかない女の子にまで手をあげる始末です。


「キャッ! も、申し訳ございません、ご主人様!」


「このクソガキがッ! とっととしやがれッ。チッ、安いから買っただけだが、メスガキの奴隷は失敗だな」

「お、お許しください、ご主人様!」

「俺様のことは勇者様と言えと何度言ったら分かる! 今度同じことを言ってみろ、斬り捨ててやるからな!」

「ひぃっ……」


 この光景を見ていた街の人たちから、コソコソと話し声が聞こえてきます。


「おい、またあいつかよ」

「毎日毎日なんて酷いことをするのかしら」

「可哀想な子たち……」

「あんな奴が本当に勇者なのか?」

「どうだかな。他にも勇者を名乗る奴はいるが、ありゃひでえな」


 どうやら酷い事をするのは、今に限ったことでは無いようです。


 青年が勇者ということは三年前から知れ渡っていますし、国のS級冒険者として名を馳せているのも、青年が持つ強力な力の他ありません。


 火、水、風、土、光、闇を司る全六属性の魔法を、詠唱も無しに行使することが可能だからこそ、青年は成り上がることができたのです。


 街の人たちは青年を追い出したいと思っているようですが、残念ながら逆らうことはできません。

 自分たちが酷い目に遭いますからね。

 ですが、いかに自分の奴隷といえど、王都では手をあげることは禁止されています。


 そこで私が青年を注意する事にしました。


「お久しぶりですね」

「あぁ? お前はあの時の女か。てめえのお陰で俺はこうして自由を手に入れることができたぜ。こんな風になッ」

「「キャッ!」」

「おらッ、もっと泣けやメス共ッ!」

「「い、痛いです! お、お許しください、勇者様!」」


「やめてあげて下さい! いかに奴隷といえど、この国では手をあげてはいけないのですよ」

「んなことはどうでもいいんだよ。俺の奴隷なんだ、俺が好きに使って何が悪い? それとも何か? お前がこのメスガキ共の代わりにでもなってやるって言うのか?」


 この時、私は言葉を失ってしまいました。

 

「ほら見てみろ、偽善者にどうこう言われる筋合いはねえ。元はと言えばお前が俺を呼んだんだろ? 予言書とやらにも書いてあんじゃねえのか? 俺がどんな人間なのかとな。ひゃはははははっ!」


「そ、そのような事までは記されていません」


「なら、予言書ってのは嘘のようだな。俺以外に勇者を名乗るヤツを見たことがあるが、そいつらも大概だったぞ。本当はお前が召喚しているのは勇者ではなく、魔族何だろ? そしてお前は聖女なんかでは無く、魔王の手先。つまり魔族が人に成りすまして民を洗脳し、あたかも善人のフリをする。そんな話を俺は知ってるぞ」


 よくも有りもしない事を言うものです。

 当然、私は反論しますが……。


「わ、私は魔族なんかではあり…」「おい! 見て見ぬふりをしている、お前ら! よ〜く俺様の話を聞け! この女は聖女に成りすました魔族だぞッ! お前たちを騙し、いずれこの国を支配するつもりだぞッ!」


「おいおい嘘だろ……」

「聖女様が魔族だって!?」

「そんなはずはないだろ?」

「いや、よく考えてみろ。勇者が来てからというもの、俺たち碌ろくな目に遭わされていないぞ。その勇者を呼んでいるのは聖女様なんだろ?」

「ってことは、まさか魔族が悪魔を召喚しているとでも言うのか……」

「あながちアイツが言ってることは間違ってないかもな」


 そんなありもしない話に乗せられて、私も聖女としての信頼を失いました。


「何が聖女だ! 勇者のせいで、この街はどうなったと思ってるんだ!」

「そうだ! 元はと言えばお前が原因じゃないか!」

「おら、みんなやっちまえ!」

「痛っ! や、やめてください」


 街を歩けば石を投げられるなんて事もあります。

 街ではお洋服や化粧品も売ってくれない事もあります。おいそれとお買い物もできなくなりました。


 やはり私が召喚したのですから、私がケジメをつけなければなりません。


 ただ問題が一つあります。

 私に与えられた力は〈勇者召喚〉一つだけという事です。幼少の頃から父に鍛えてもらったとはいえ、あの青年に返り討ちにされてしまうのは目に見えています。


 そこで、サリエル卿に相談させていただくと、私と同じ想いを抱いているようでした。

 何か良い方法は無いかと聞いたところ、一つだけ力の無い私でも対抗できる術を教えていただけました。

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