高校生だって、好きなことで食べていけるって証明してやる

海坂依里

第1話「ただのクラスメイトだけど、そうじゃない」

かなうの曲、聞くの飽きた……」

「クラスメイト相手に、飽きたとか言わないでくださーい」

「タイアップ多すぎ……多すぎ……死ぬ……」


 昼休み。

 高校生にとっての憩いの時間。

 だけど、目の前にいるクラスメイトは溜め息を零して、そして嘆く。


「アニメゲームソング業界期待の新星! 硯谷叶すずやかなうがクラスメイトだって聞いたときは、そりゃあ嬉しかったよ? 男の俺でも、すっげーテンション高くなったよ?」

「どうも」


 一方の俺は、昼休みも学業に勤しんでいた。

 弁当を口にしながら勉強するのは、マナー的には宜しくない。

 宜しくないとは理解していても、今の俺にはゆっくり弁当を食べている暇がない。

 母さんが作ってくれた食事を味わう暇もない。

 1分1秒でも多く、勉強に時間を費やしたいんです!

 ごめんなさい、お母様……。


「でも、人間、飽きは来るんだなって……」

「人に飽きを与えるような作曲家ってことは、俺はまだまだ成長段階ってことでもある! いやー、これは将来が楽しみだねー」

「毎日毎日、フロフィルの楽曲を聞かされる身にもなれって言ってんの!」


 手中にあった携帯端末を床にぶん投げそうになった友人だったけれど、冷静になって自分の行いを省みた。

 一呼吸してみたけれど、苛々した様子は収まらない。

 だけど、購買で購入したで総菜パンがよほど美味しかったらしい。

 友人の怒りが一瞬静まったのを、俺は見逃さなかった。


「1回、体壊してくれない?」

「信用問題に関わることには協力しない」

「ねえ! 俺! 毎日! フロフィルの曲、聞いてるんだよ?」

「貴重なファンに恵まれているおかげで、俺は将来に希望を持つことができるっ!」


 手に持つシャープペンシルを必死になって動かす。

 世の中どんなにデジタル化が進んでも、手で文字を書くという文化は途絶えないでほしいと思う。

 手で文字を書いていると、なんとなく体に良いことをしているって感じがする。自分は脳の研究者でもなんでもないけれど。


「叶」

「んー」

和久わくが通りかかったよ」

「嘘! どこ!」


 体が癒されつつあるような感覚を味わっていたはずなのに、俺の集中力はあっさり途絶えた。


「あっち」

「行ってくる!」

「いってらっしゃーい」


 クラスメイトの青島凪あおしまなぎが発した『和久』って言葉に、聴覚が反応した。

 そして、勉学に馴染みつつあった体は書くことを放棄して、廊下を歩く彼女の元へと俺を向かわせる。


「和久!」


 比較的自由な校風ということもあり、高校生でも髪を染めることが許されている我が校。

 自分を美しく着飾る生徒が多い中、俺が大好きな彼女は入学当初からずっと艶のある黒髪を維持していた。


「手伝う!」


 落ち着いた茶色に髪を染めている人もいれば、奇抜な髪をしている人もいる。もちろん黒髪の人もいる。

 そんな色が混ざりすぎている日常だから、彼女は特別目立たない。


「って、無視しない! 無視しない!」


 だけど、一応は女子高生って自覚があるらしく、耳より低い位置で結ばれたツインテールは彼女をおとなの世界へ連れていく。ツインテールはアレンジの仕方によって、女性を可愛くも美しくも変貌させてしまうのだから驚かされる。


「ノート運ぶの、手伝う」

「…………」


 彼女は無言でコクリと頷いて、俺が社会科の先生方が集う部屋へと一緒に向かってもいいと了承してくれた。


「えっと、こっちは俺が持つから」

「…………」


 またしても、彼女は無言。

 これは別に彼女が失礼な人とか、そういう類の話ではない。


「じゃあ、行こうか……って」


 彼女にはモデル体型のような華やかな外見のほかに、もう一つの外見的特徴がある。


「和久?」


 彼女の耳は、いつもヘッドフォンで覆われている。


「どうした?」


 授業中や先生がいるときだけは、ヘッドフォンが外される。だけど、休み時間になると彼女は再び自分の耳に蓋をする。


「…………」

「えっと……」


 相変わらず言葉を返してこない和久は、山のように積み上げられたノートの表紙に何か指文字を書き始めた。俺はそっと近づいて、彼女が書いた言葉を読み取ろうと試みる。


「…………ごめん、もう1回」

「…………」

「…………すみません、もう1回」

「…………」

「楽しんでないって! 本当に読み取れない……」


 ああ、うん。

 やっぱり俺は、手で文字を書くという文化は途絶えないでほしいと思う。


「ありがとう……?」

「…………」


 彼女がノートの表紙に指で書いた文字は小さくて、目に見えない指文字から彼女らしさを感じられたような気がする。


「…………」


 嬉しさのあまり、ほんの少しだけ緩んでしまった自分の顔。

 隣を歩く彼女は見逃さなかったらしく、まるで俺を不審者扱いしているかの如く蔑んだ目で見てくる。


「和久とクラス離れたから、こういう些細な出来事が嬉しいんだよ」

「…………」

「だって、ありがとうなんて、クラスメイトでも言われる機会ない……って、和久っ!」


 彼女が指文字で書いてくれた5文字を再び声に出すと、彼女は早くノートを運んでしまおうというジェスチャーをしながら足の速度を上げていく。


(嫌われているわけじゃ……ないよな……)


 彼女がヘッドフォンを付けている光景を見かけたときは、和久って音楽が好きなんだって思う程度だった。

 何を聴いているんだろう。どんなジャンルの音楽が好きなのかな。

 そんな、いろんな想像が膨らんでいく日々を楽しいと思った。


(落ち込まない、落ち込まない!)


 だけど、ヘッドフォンを付けながらもクラスメイトと会話している彼女の様子を見かけて、そのヘッドフォンからは何も音が流れていないのだと分かる。

 実際は小さな音で何かしらの音楽を流しているのかもしれないけど、彼女はヘッドフォンを身に着けていても日常会話にはなんの支障もないらしい。

 長く付き合っていると、だんだんとそういうことが分かってきた。






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