第17話 迷える子羊2



「・・・・もっと前?」

「かなり前です」

「・・・え、いつ?」


(どうしよう・・・結局僕もカミングアウトしてる)


 話しやすいからとかじゃないと思う。勢いでっていうわけでもない。結構グイグイ来られるけどあんまり不快に思わなくて、やっぱりこうたくんと話してるような感覚に陥る。



「・・・中学3年の夏です」

「だいぶ前じゃん」


 答えたら間髪入れずに返してきた彼のつっこみは真顔だ。


「っ・・・・そうですね」

「まぁ何があったのかは聞かないけど、今は隣の席にいるんだ?」

「・・・・そう・・・ですね」


 きりゅうくんはもうパンケーキを食べ終えてお皿の上には何もない。フォークとナイフを綺麗にお皿の端に揃えて置いた彼は時間が経って水滴がつきまくったガラスのコップに手を伸ばした。


「それは今かずきくんにとっては喜ばしいこと?」

「・・・・とっても」

「そっか、それなら良かったね」

「・・・・」

「・・・・ん?ちょっと待って、っていうことはこうたくんもかずきくんのこと知ってたってこと?あれ?ずっと知り合い?」


 水滴がやっぱり気になるのかタオルでテーブルと手を拭き始めたきりゅうくんは今は何も考えてなさそうだ。



(・・・・これは、なんて言えばいいんだろ)


「えっ・・・と、あの」

「うん?」

「は、は、早い話が、一目惚れです・・・・・ひ・・・ひと・・目惚れ・・・です」


 この際包み隠さずに勢いで思い切って言ってしまおうと口を開くと、自分の意思に反して早口になってしまった。


 しかも語尾にかけて声がだんだん小さくなっていく。


(恥ずかしい・・・・)


 男の子に一目惚れして、隣の席に座っていられることが嬉しいとかなんか僕は女の子みたいだ。


「一目惚れ?」

「・・・・はい・・・こうたくんは僕に会ったことは覚えてません。中学の時に一回だけ会って・・・少し話しただけですから。それから高校の入学式まで一回も会わなかったですし、名前も知りませんでした」

「そうなの?・・・ふーん」


 こんな話をしているとあの時のことを思い出して体が熱くなってくるような気がした。


「・・・・で?」

「え?・・・何が」

「今は?連絡先とか交換してるの?隣だからしてる?」

「・・・・し、してます・・・最近ですけど」


 ポケットの中にある返事をまだ返していないスマホの通知が気になる。


 僕が返事をしてないから来てないのは当たり前だ。きりゅうくんにこうたくんのことを話した今、出来ることならすぐにポケットから取り出して画面をタップしたい。


「そうなんだ・・・・それってさ、関係性が進んでるってことだよね?」


 身を乗り出して聞いてくるきりゅうくんは楽しそうに見える。色白で、髪も染めてるから少し女の子っぽい。


「遊んたりしないの?」

「・・・・そ、それは時期尚早というか・・・連絡も・・・僕が返してないので・・・今それ思い出してちょっと落ち着かなくて。すいません・・・」


 好きなことに加えて連絡先を交換したばかりだから、せっかくくれたメッセージに返すのが遅くなると焦る気持ちが後押しして、一回思い出すとどこにいても落ち着かなくなる。


「え?そうなの?」

「・・・はい。少しだけスマホ見ても・・・いいですか?」


 普通の友達同士ならスマホを見るのに断りはいらないのかもしれない。でも僕たちはいとこで、会うのは2回目で、そして目の前の彼は僕より歳上だ。


 変な態度は取りたくない。

 会う前はそう思ってたけど、実際に会ったらもっとそう思うようになった。


「え?いいよ?っていうか僕のことなんか気にしないでいいから、どんどん連絡すればいいじゃん。逆に気遣わせてごめんね~」

「大丈夫です・・・というか僕のほうこそ・・・す、すいません。ありがとうございます」


 こんなに嬉しそうに相槌を打ってくれるから、自分の中に芽生えそうだった罪悪感が見当たらない。


 僕はスマホを手にして画面をタップし、こうたくんとのメッセージを開いた。



(・・・・返事)


 案の定こうたくんからは何も来てない。はやる気持ちを落ち着かせながら、字を間違えないように気を付けて画面をタップした。



【返事遅くなってごめんなさい。もう美容院には行きましたか?僕はあんまり服を持ってないので、これといって特徴のない服です。こうたくんはどんな服装が好きですか?】


「返せた?」


 送信ボタンを押して、顔を少し上げると同時にきりゅうくんが首を傾ける。


「あ、はい・・・どんな返事返そうか考えてたのですぐに返しました」

「そっか、良かった~・・・・っていうかさ、」




 彼が持っていたコップの中身はいつの間にか空っぽになっていた。


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