初ジョブ

それから金曜日まで、燐は普通に学校に通い、放課後は戦闘訓練を受けた。

槍の使い方も慣れてきて、動く的に当てるのは難しいが、止まってさえいれば狙った場所に当てられるようになった。


そして、ジョブにも就いた。

それを今日、ダンジョンで試す。


燐は再びダンジョンに来ていた。約1週間ぶりのダンジョンだが、慣れもあり先週ほどの過度な緊張はしなかった。

燐の装備は解体用のナイフと『黒鉄の短槍』。それのみであった。


暗い洞窟を進む燐の腰には、リオから渡された『晶輝蜥蜴』のドロップ品は無かった。


『まさか装備制限があるなんて思わなかったわ』

「それもそうだが、お前が装備を鑑定できるのに黙ってたほうが信じられない」


燐の手に入れた短剣は、今の燐には装備できない武器だった。そしてそれが分かったのは、アリスの【妖精魔法:ステータス】であった。

そう、アリスの【ステータス】は生物のみならず、物質にも有効な魔法だったのだ。

鑑定系のスキルも装備も持っておらず、せっかくのレア装備の詳細が分からなかったことに心の隅で残念がっていた燐は、数日経った今もそのことを持ち出す。


『忘れてただけじゃない。怒らないでよ~。今度お詫びに『晶輝蜥蜴フォメグイシナ』の群れに合わせてあげるから!』

「適当言うな」


『装備制限:Lv.10』。それがドロップ品『輝結の短晶剣』の装備条件だった。

普通の冒険者であれば、すぐに装備できるようになる、無いも同然の条件。だが燐にとっては遥か遠いレベルである。少なくとも今は。


「装備するためにも頑張らないとな」


燐は第一階層の正規ルート外に出た。

そして、アリスを呼び出す。


「早速行くわよ!」

「ああ」


軽く感じる短槍を手に持ち、燐はアリスの後をついて行く。


「いたわ」

「見えてる」


アリスに言われるまでも無く、燐の目にはゴブリンの姿が映っていた。

長い正面通路の先から、ゴブリンが一体歩いてきている。

燐の姿に気づいたゴブリンは、唸るような鳴き声を上げて、走ってきた。


(腰布一枚、棍棒一本、飛び道具は無し。異常行動なし)


燐は冷静にゴブリンの手札を分析する。これも講習で学び、前回は活かすことのできなかった戦いの基礎だった。


(まずは、敵の装備を見る。そうすれば敵の防御力と攻撃力が大体予想できる。そして次は行動。モンスターが敵を見つけた時の行動を見れば、相手の知能を予想できる、だったな)


目立つ装備は無く、突進は典型的なゴブリンの行動。普通の個体だと判断し、それが燐の余裕にもつながる。


「【カース・バインド】」


燐は空いている手を突き出して、魔法名を唱える。

走って来るゴブリンの足元に紫色の魔力で編まれた鎖が現れて、ゴブリンの足を拘束した。


『GiGii!?』


走っていたゴブリンは体制を崩して転倒する。

俺は倒れるゴブリンの頭に照準を合わせる。


「戦いの基礎その2。未知と確率は減らせ」


未知は思いもよらない死を招く。運による勝利はいずれ敗北につながる。

普通に勝つのではなく、確実に勝てる戦いを繰り返せ。

燐は講習で習った教えを思い出す。


そして、『黒鉄の短槍』を突き出す。脳天に吸い込まれた頑丈な穂先は、頭蓋を砕いてゴブリンを絶命させた。


「ふぅ。どうだった、アリス?」


燐は傍らで見ていたアリスに、先ほどの戦闘の評価を尋ねる。


「この前と比べれば別格の成果よ!」


燐はゴブリンに何もさせず、狙い通りに戦闘を運び、危なげなく勝利した。

ギリギリの戦いをした先週とは見違えたと言ってもいい。


「だけど、【魔法】を使わない方法も考えた方がいいわ」


それでも、この戦い方は完ぺきではないとアリスは指摘する。

それを燐も分かっているのか、難しい顔をした。


「魔力がな……」


燐はアリスに頼み、ステータスを表示させた。


―――――――――――――――――――――――――――


Name:遠廻燐 Lv.1 Job 【呪術師Lv.1】

Ability

生命力:130 SP:115 MP:90/100

力:90 敏捷:110 器用:120 耐久:91 精神:88 魔力:80 幸運:110


Job Skill:

【初級呪術Lv.1】:『呪い』『アウェイクン・カース』『カース・バインド』

【耐呪Lv.1】

Race Skill:

Unique Skill:【右方の調律デクシア・レクトル


―――――――――――――――――――――――――――


これが今の燐のステータスであった。種族レベルは1になり、アビリティは多少上昇したが、一般人の範囲を出ない。

そしてジョブは、魔法職の【呪術師】についた。

【呪術師】は『呪い』と呼ばれるデバフ魔法を使える魔法職であり、ステータス補正は、MPと魔力のみ。約1.1倍アビリティが上昇している。

だがMPは100しかなく、魔法威力に関係する『魔力』も80と平均以下だ。潜在ステータスEの貫録をここで見せていた。


先ほど使った【カース・バインド】と呼ばれる魔法は、拘束魔法であり、MPを10消費する。燐であれば、10回使えば、魔力切れで倒れる計算だ。


またMPの回復は、時間がかかる。精神状態も回復速度に関係するため、探索しながらではほぼ回復しないと考えていい。

そのため燐が一日のダンジョン探索で使えるMPは100から120ほど。


とてもメインウェポンとして使えるものでは無い。むしろ非常事態での緊急手段として温存しておくべきものだ。

ゴブリンぐらいなら白兵戦だけで倒せなければ厳しいだろう。


「でも、動く相手だと厳しいんだよな」


動く的の狙った場所に攻撃を当てるは、今の燐では難しい。

急所を外せば、もしもがある。

出来ればレベルが上がるまでは安全に行きたいというが燐の考えだった。


「だったらまずはステータス補正がでかい【戦士】とか【槍使い】になったらよかったじゃない」


アリスは呆れたように肩を竦めた。その正論に燐はぐうの音も出ない。

燐の潜在ステータスと短槍を使う戦い方を考えれば、物理職について高いステータス補正を受ければゴブリンに苦戦することは無かっただろう。

だが燐は、適正のないステータスの低い魔法職につき、戦っている。


『呪いの武器』を使うビルドを考えている燐のジョブ構成に【呪術師】が入るのはいいとは思うが、初めのジョブではないだろうというのがアリスの考えだ。

今からでもジョブを変えるのは遅くないと、アリスは言外に問う。


「ダメだ。俺の二つ目のジョブ枠が解放されるのは次はレベル10だ。少なくとも数年は辿り着かない。なら、【呪術師】を育てて、さっさと発展ジョブを解放させないと」


発展ジョブとは、既存のジョブに就き、その上で特殊な条件を満たすことで初めて解放されるジョブのことだ。

大体の上級職はこれに当てはまる。例えば、【剣士】でジョブレベル50にした上で【剣術】スキルのレベルを50にすることで、【剣士】の上級職である【剣聖】につくことが出来るようになる。

だが下級職の中にも、似たような条件を満たさなければ出ないジョブがある。

例えば【剣士】であれば、【剣術】スキルを伸ばして【盾術】スキルも獲得することで、下級職の【騎士】が出てくる。


燐はこのように、【呪術師】から発展する下級職の発現を目指しているのだ。

どのみちしばらくはジョブ枠一つで冒険者をするのだ。

いずれ【呪術師】につく必要がある以上、最初から呪術師に付き、スキルを伸ばした方が効率的だと燐は考えていた。


「でも危険よ。せめてレベル2に上がるまでは他のジョブにしたら?」


レベルが2に上がれば、アビリティも上昇して、【呪術師】の貧弱なステータス補正でも楽に戦えるようになる。

アリスは安全策を燐に説く。アリスは何よりも燐の安全を優先していた。

燐は効率よく強くなるために、レベル上げと発展ジョブのための条件達成を同時並行しようとしている。それは、燐自身の安全マージンを犠牲にした行動だ。

アリスはそれをやめさせたかった。

だが燐は首を横に振った。


「安全な戦い方の策ならもう一つある。今度はそれを試そう」


穏やかな声音ではあったが、確かな拒絶だった。


渋谷ダンジョン一層の正規ルートから外れ先にある小さなルーム。その中心からは湧水が湧き出しており、小さな泉を形成していた。

そのルームは穏やかな清流が流れるのみであり、血生臭いダンジョンの姿はない。

草花に囲まれたその場所は、幻想じみていて美しかった。


その泉の水をすくって飲むゴブリンがいた。

たった一体で行動するその個体は、群れからはぐれた存在だ。

水を飲むのに夢中になっていたゴブリンは、ひくひくと鼻を鳴らして周囲を見渡した。

手は傍らに置かれた石のナイフに伸びており、周囲を警戒している。


だが、その目に映る存在はない。ゴブリンは異変を感じながらも気のせいだと判断してナイフから手を遠ざけた。

瞬間、その喉を滑る刃の感触を感じた。

モンスター特有の生命力で即死しなかったゴブリンは腕を振り回すが、何もいない。

訳の分からないまま、ゴブリンは息絶えた。


虚空から滲み出すように燐の姿が浮かび上がる。その傍らには妖精のアリスの姿もあった。


「上手くいったな」


燐は安堵の息を吐いた。

ゴブリンを殺したのは燐だった。

アリスの【妖精魔法:ハインド】を使って姿を消して、背後から忍び寄り、攻撃したのだ。


「でもバレかけたわよ」


アリスの呆れたような言葉に燐は視線を逸らした。


「人間よりも五感が鋭いとは聞いてたが、匂いだけで気付くとはな」


今度からは匂いを誤魔化す術も必要かと燐は思案する。

それに加えて、ゴブリンの生命力の想定外だった。

急所を貫いて即死させたと思っていた燐は、ゴブリンの予想外の抵抗に驚いた。

腕を振り回すだけだったからよかったが、ナイフを投擲でもされたら危なかった。


「正面からの攻撃は避けて、刺した後はすぐに場所を移る、とかか?」

「そうね。ワタシの今の魔力じゃ大した隠ぺい能力は無いし、過信しない方がいいわ」


アリスの言葉に、燐はふと疑問がよぎった。


「今の魔力、ってことは前は高かったのか?」

「そうに決まってるでしょう。ワタシのレベルは宿主に依存するもの。ダンジョンを宿主にしてた時はパーフェクト美少女だったわ!」


誇るように言われた言葉に、燐は驚く。


「俺がLV.1だからアリスもLv.1なのか?」

「そうよ」

「経験値配分はどうなってる?」


燐はてっきり、獲得した経験値は燐とアリスの間で配分されると考えていた。

だがどうやら違うようだと、燐は気づいた。


「全部燐にはいるわ。ワタシは燐のレベルが上がらない限りずっと1よ」

「……なるほど」


それは、燐にとってメリットとデメリットが入り混じる事実だった。

燐はアリスのレベルが燐よりも早く上がると思っていたため、成長したアリスの力に期待していた。だが燐とレベルアップ速度が同じなら、それは期待できない。


だが経験値配分が全て燐なのはメリットだ。

アリスの【ハインド】を使った奇襲攻撃の経験値が全て燐にはいるということなのだから。

先ほどのゴブリン討伐の貢献度は、普通ならアリスが半分以上を持って行く。

アリスの魔法で勝てたようなものなのだから当然だ。だがそれが無いということは、これからも遠慮なくアリスの力に頼れそうだった。


「今日は一体だけのはぐれを狙うぞ」


燐はとりあえず、【ハインド】による奇襲攻撃を確立させることにした。

ゴブリンの魔石を苦戦しながら取り出した後、燐は再びアリスの先導に従い、ダンジョンの奥へと進んでいった。

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