第19話 時は美しくとも喜びを増して流れ行く

 化身の事を知った時には、七つ得ようと思った。根拠もなく転生者ならなんとかなると考えていた。

 しかし、普通の衛士では一身半で十二分で、太守の血族の優れた者が二身半、太守候補で、三身半なのだった。

 半獣身を得られるのは、幸運か、神のお計らいと考えられている。自分で獲りに行けるものではない。

 それは判っていたのだが、現地人に出来ない事を出来てこその転生者、なんて思っていたのだ。

 二身半でも、なれると判っていてもならない者がいる。普通の生活をするならいらないのだ。

 吾と貴凰の今の立場なら、三身半は必要だろうけど、無理に半獣身に挑戦するのは意味がない。


 剛鋭が色鷲を獲れたので、一旦東第二砦に戻る相談を貴凰にした。


「次は、吾が十五になってからな」

「此の方は十八か。二十歳前に三身半なら、言う事はないが、その間、何をする」

「あまりきっちり決めずに、やれる事をやって行く。先ずは、東第二の猫と羊と山羊を狩らせる」

「親父様は喜ぶが、なにか妙だぞ」

「ああ、自分を特別だと思うのを止めた」

「そうか」


 ご大父様に連絡して職人の介添えをしようと思っているのを話したら、麗潤蕾の娘の介添えの話をされた。


「そなた、あの者に情けを掛けたそうな」

「はい、致しました」

「それで、娘の介添えを望んできたぞ。そちらには直接連絡は出来んからな」

「お手数をお掛けしました。どのようにすれば良いのでしょう」

「他の職人と同じに化身を獲らせてやればよい」


 特別難しい何かをする必要はないようだ。

 一旦撤収するが、数ヶ月のローテーションで三箇所の砦で介添えをするつもりなのを、叔父者人に話す。この野営地は、戦力が増えたので採集基地として維持するそうだ。

 職人二人もご大父様の家臣なので、一緒に引き上げる。二人はもっとここで修行していかないか、なんて言われていた。


 全員で転身して飛んで帰る。職人二人は、それぞれの伴侶と四人ならば問題ないので別行動。

 この国第二の都市、中央砦。久々に都会に戻った。石を四角く組んであるだけなんだが、ずっとリポップするモンスターを殲滅してダンジョンを占領してたのと比べると、開放感が違う。

 夜光香に来た時は、それを感じる気分じゃなかったからね。


「なにか、買い物、はいらないのか」

「まだ言うか。力の限り戦い、旨しき物を食し、愛しきものと目合う、他に何があるか」

「そうなんだよね」


 介添えを親族割引にしても数えてないくらい金が溜まっている。金属通貨ではなく、世界共通の神殿手形だけど。

 シングルRPGで、もう買うものがないのに金だけ溜まってくのがリアルで味わえるとは。

 大人しく、太守館に帰る。叔父者人(義理の祖父みたいのより、こっちが良いらしい)に麗潤蕾と娘が来ていると言われた。


「情けを掛けたのは良いが、化身を見せて外まで飛び去るとはな」

「いけませんでした?」

「そこまでの力を見せることは、先ずないな。もし、あの女に含む所のある者が見ていたら、震え上がったはずだ」

「そのような者がいるのですか。この世界に来て、悪人と呼べる者を見たことがないのですが」

「あのような場所にはおるな」


 私刑をやっても、招かれ人は全肯定されるそうだ。


 親父様の貸し腹の娘親子なので太守館で待てる。ちょっといい目の控え室で待っていた。

 こちらは貴凰と手掛け二人が一緒。

 娘は見た目がローティーンなので、もう少し上か。

 二人ともセミの羽サリーだ。これ正装なのか。

 二人とも床に両膝を付く。流石に、脱がない。


「お情けに縋らせて頂きに参りました」

「よく来てくれた。座って」

「お言葉に従わせて頂きます」


 娘は十五歳だった。名は好鮮果こうせんか


「永く売女をやっておりますと、殿方のお相手しか出来なくなるのですが、この子はまだ間に合います」


 職人は基本的に得意なものがあって、次第に一点豪華主義になって行く。お袋様は十代で化身持ちになったせいか、色々名人級で出来る。


「霊気量は」

「十八枡です」

「授かりの技はなんなの」

「識別です」

「じゃあ、縁野干群狼蹴猫強健羊でいくか。羊獲れるかは度胸次第かな。霊気量はあるんだし、質も低くないでしょ」

「子種は一身半格の方から授かりました。縁野干を獲らせて頂ければと思っていたのですが」

「行ける所まで行こうよ、種違いの従姉なんだからさ」

「そんな、恐れ多い」

「貸し腹が親戚を名乗ってはならないのは判ってる。でも、貴女は生物学的には種違いの伯母なんだ。血の繋がりはこの貴凰と同じ。それを招かれ人が言ったら、とんでもない迷惑なのも判っているけど、吾は貴女を父の姉だと思っている。この世界の法律や道徳観に影響されない人間が招かれたんだ」


 種違いの伯母さんが泣き崩れてしまったので、暫く中断した。

 招かれ人の親戚の立場を受け入れた伯母さんは、むちゃくちゃ元気になった。

 得意芸でもここで裸踊りしなくていいです。後で見せて。


 やるべき事が見えて来た。娼婦の子には霊力が高い者が多いので、職人に復帰させる。残念ながら、娼婦の子全員が高能力ではない。

 これからは魔窟で居続けの野営が増えるはずで、化身持ちの料理人の需要は高い。

 叔父者人にも話を持って行く。


「いや、あれは旨い。料理を作らせるために橋頭堡を確保しておいても良いと思う」


 叔父者人も、塩や水などの魔窟周辺では得られない物資を運ぶ者が持ち帰ったのを食べている。


「魔窟飯ですか。商品化出来そうですね」

「魔窟飯か。良いな」


 高級ブランド魔窟飯誕生の瞬間であった。


 伯母ちゃんの店の心の見えない女喜泉きせんの授かり技は、遮断。気配を消せるだけでなく、攻撃が当たっても発動が途切れない、隠行の上位互換な技なのだが、採集用なのか職人しか授からない。

 他人と係わりたくないと思っている子が授かってしまうようだ。

 藪野干などの群れる魔獣だと見えていれば襲ってくるので、使えない所謂はずれ能力だった。でも、化ける可能性がある。ラノベならテンプレ。


 二日後に親父様と画信があると言われて、好鮮果と喜泉を加えて東第二砦に戻る。

 一門を従えて、ご大父様一家三人が出迎えてくれる。


「懸河剛英の孫、招かれ人、懸河高志、只今戻りました」


 爆発したような歓声が上がる。向こうの家を捨てたわけではなくて、こっちも実家だと公言しただけ。

 ご大父様としては色々言って来易くなる。


「帰ったか!」

「ようお戻りなされました!」

「兄者人、お帰りなさい」


 剛祥だけ冷静だ。誰に似たんだろう。


 画像通信のモニターの真ん中に妹の芳鷲を抱き抱えた親父様、左にお袋様、右に紅ヤンマが座っている。なんか妙な感じだ。芳鷲、そこはお兄ちゃんの席だよ。

 芳鷲は何ヶ月なんだろう。ダンジョン潜りっぱなしで判らない。カレー食べる日を決めておいても、曜日が判るだけか。この世界曜日ないし。


 お久しぶりの挨拶やら近状報告やらの後、あれをやる。


「ではいくよ。ちょちちょちあわわ」

「あーあーあ」

「おお、出来た。じゃあ、かいぐるかいぐり、とっとのめ、おつむてんてん、おなかぽんぽん」


 全部出来る。


「凄いな、芳鷲、ほんとは招かれ人なの?」


 紅ヤンマの真似をして、小首を傾げて「えへへ」と笑って見せると同じように笑い返された。


「二人掛かりで教え込んだのだ」

「親父様、可愛くてしょうがないでしょう」

「おう、如何して良いか、判らん」


 お袋様が横から芳鷲のほっぺをつつくと、両手で握って笑う。こっち見てるより嬉しそう。


「お袋様に余分に懐いてませんか」

「その様な事はない」


 二年離れていても、我が家は変わりなく平和だった。

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