5. アインスロッドの事情

 俺の名前は、アインスロッド・ルドヴィック。

 騎士家系の伯爵家に生まれ、物心ついた頃から剣術を叩き込まれて育った。


 俺は生まれ持った素質も体格も優れており、メキメキと実力をつけていった。

 十二歳で騎士団入りを果たし、十五歳で騎士団長に登り詰めた。ルドヴィック家の長男に生まれたが、身体が弱いが頭が切れる弟が次期伯爵として仕事を学んでいたため、俺は騎士としてこの身を捧げることとなっていた。


 俺は厳しく笑わない強面騎士団長として名を上げていった。若い騎士たちの憧れとして、強く、逞しく在らざるを得なかった。


 そんな騎士としての生活は確かに充実していた。

 だが一方で、本当の自分を押し殺し、周囲が求める騎士たるべく生きることに苦痛を感じていた。


 本当の俺は相当のゲラだし、大口開けて笑うことが好きだ。可愛いものや甘いものも大好きで、叶うならパティシエになりたかった。剣よりも泡立て器を握っていたかった。


 騎士として厳しく育てられていたため、甘味がテーブルに並ぶことはあまりなかった。そんな中で、誕生日や祝いの席で用意されたケーキやクッキーが宝石のように輝いて見えた。


 唯一俺の趣味に協力的だった乳母がお菓子作りの基礎を教えてくれた。彼女には感謝してもしきれない。


 俺は休日密かにお菓子作りをして心癒されながら、ずっと本当の自分を押し込めて、周囲の期待に応えるべく理想の騎士団長を演じて来た。


 そんなある日、俺は魔獣討伐のために討伐隊を加わることになった。


 討伐隊の総指揮は、なんと第一王子だった。

 剣を学び始めて日が浅く、両陛下に溺愛されて随分と自信家に育っていた箱入り王子。剣の稽古だって、俺から見れば遊戯のようなもので、明らかに忖度した訓練内容だった。

 そんな王子が自らの剣で魔獣を仕留めたいと言い始めたのが事の発端だった。

 明らかに実力に見合わない討伐だったが、王子の望みを叶えるために俺が部隊に加えられたのだという。はっきり言ってお守り役だ。


 危惧した通り、魔獣討伐は一筋縄ではいかなかった。

 王子は本物の魔獣を前にして腰が引けていたし、脚はガクガク震えて今にも泣き出しそうな顔で切先の定まらない剣を構えていた。逃げ出さないだけマシかと思ったのも束の間。王子は何を血迷ったか、群れのボスに向かって叫びながら突進して行った。

 どう見ても叶うはずがない。

 そう判断して王子を庇った際に、俺は魔獣の攻撃を背に受けてしまった。

 辛くも魔獣討伐を成し遂げた俺たちは、息も絶え絶えに城へと帰還した。


 すぐに治癒師による治療を受けたが、運の悪いことに、魔獣の爪には呪いの効果が付与されていた。

 爪で引き裂いた対象の生命を蝕む呪いだ。

 いばらのような呪いの紋様が背中に残り、ジワジワと心臓目掛けて蔦を伸ばしてくるらしい。


 俺はいろんな治療を試した。

 治癒師には解呪ができないし、魔術師の中にも呪いを解ける者がいなかった。

 なぜなら、俺の生まれた国、サミュリア王国には聖女がいるからだ。

 たいていの呪いは聖女が浄化してくれるので、他の者が解呪の研鑽を積む必要がなかったのだと皆が口を揃えて言った。


 では、その聖女にならば呪いを解くことができるのだろうと神殿に赴いた。王家は王子の失態を隠蔽したがっていたので、俺の呪いをどうにかして解こうと躍起になっていた。そのことが後押しし、聖女への謁見は容易に叶った。

 けれど、聖女トロメアには俺の呪いを解くことはできなかった。


『なにこれぇ……なんで解けないのよ! 私にできないことなんてないのに……! ――出て行って。そんな悍ましい呪いの紋様なんて二度と見たくない! あんたはここには来なかった。私が呪いを解けなかったという事実もなかった。いいわね!?』


『トロメア様にも解けないとなると、もうこの呪いを解く手立てはないかと……』


『蔦の広がり方から計算するに……余命は持って一年と少し、といったところか』


 俺の心は絶望に染まるかと思ったが、存外冷静なもので、余命一年という言葉をすんなり受け入れることができた。


 あと一年。

 これまで自分の好きなことを抑制して生きてきたのだから、目一杯好きなことをして生きたい。


 そう決意してからの行動は早かった。


 騎士団長の座を辞して、俺は国を出た。

 王子が実力に見合わない遠征で無茶をしたせいで負った呪い。そして、神殿が寵愛する聖女に癒せなかった呪い。そんな呪いを持つ俺を遠ざけたい王家と神殿は、全面的に俺の出立を支援してくれた。

 腹が立たなかったのかと言われると、もちろん自分たちの体裁しか気にしない奴らには反吐が出るが、何のしがらみもない国で自由に笑って生きていけるならさして気にもならなかった。


 隣国であるリュードル王国の遠縁を頼り、王都の一角にある空き家を借りた。騎士団長を勤めていたので懐は温かい。すぐに職人を手配して超特急で店を作り上げた。

 来た人が癒されるような愛らしくも落ち着きのある内装にして、フリルとハートがたくさんついたピンクのエプロンを制服代わりに発注した。騎士服に代わって俺の戦闘服になるのだから気合いも入るというものだ。


 店が完成し、ようやく積年の夢が叶うとお菓子作りに励んだが、俺は昔から仕上げや飾り付けだけはどうも上手くできなかった。味は間違いないのだが、どうしても見栄えが悪く出来上がってしまう。

 それに、屈強な大男がピンクのエプロンを着て店内にいることが中々に珍妙らしく、俺を見た客はことごとく回れ右をして店を去ってしまう。


 これは誰か店を手伝ってくれる人がいる。


 そう思って求人を出そうとしていた矢先のことだった。


 店の前を掃除しようと外に出た時、目の前を虹色に輝く蝶が横切った。その蝶に導かれるように後を追った先で、一人の女性が倒れていたのだ。


 着ていた服はボロボロで、手足も痩せ細り、髪にも艶がなかった。このまま放ってはおけないと、彼女を抱え上げて店の二階にある居住空間へと運び込んだ。

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