夫と愛人が私を殺す計画を立てているのを聞いてしまいました

kouei

夫と愛人が私を殺す計画を立ているのを聞いてしまいました 【前編】 

「…だからね。この薬を奥様の飲み物か食べ物に入れるの。すぐに死ぬと私たちが疑われるから、少しずつ入れて弱らせていくのよ。1か月目で徐々に体調が悪くなっていくわ、2か月目でベッドから起き上がれなくなる、3か月目で天に召されて、私たちは幸せを得るのよ!」


 そう言いながら私の夫セディに抱きついたのは、夫の愛人と疑っていたドロシア・ハンプティ伯爵令嬢。


 彼女とは夜会で会い、セディの友人の知り合いとして紹介された。


 ずっと疑っていたけれど…本当にそんな関係だったなんて!


 しかも私の死を願うほど、私は邪魔だったの!?


「そんな便利な薬があるんだ。よく手に入れられたね」

 彼女の両肩に手を置き、見つめ合いながら嬉しそうに話しているセディ。


「ええ。闇ギルドから手に入れたのよ。我が家なら入手ルートがあるから簡単よ」

 自慢げに話すドロシア。


「!!」

 闇ギルドにかかわる事自体、この国では重罪なのにまさかハンプティ家が関わっていたなんて! 


 そこまでして私を…

 セディも私の死を望んでいたの?

 私を心から愛してくれていると思っていたのに…


 彼との思い出が全て絶望へと変わっていった。

 私はクローゼットの中で両手で口を塞ぎ、声を押し殺し、涙を流していた。


「だから、今夜私の全てをあなたのモノにして。奥様、実家に帰っているのでしょう?」


 そう言いながら彼女はセディの手を引き、寝所へと向かった。

 私たちが毎日寝起きしている場所に…


 やだっ…やだ!

「やめて――――――!!!!」


 私はクローゼットから飛び出した。


 今すぐ逃げるべきなのに、

 夫が別の女性と寝所に行くのを止めようとするなんてバカみたい!



◇◇◇◇



 私はルドセリア・オートワース…は旧姓で、今はウィスコンティ。

 夫は侯爵家のご令息であるセディエル・ウィスコンティ。


 4か月前に持ち上がった侯爵家のご令息との縁談に、子爵家の我が家は冗談かと思い、最初はまともに受けなかった。

 家格差がありすぎるから当然の反応だと思う。


 それに彼はちょっとした有名人だった。


 光の加減で金にも銀にも輝く髪、一面の空を映したような碧眼の瞳。

 しかも侯爵家の嫡男という事もあり、その隣を狙う貴婦人は後を絶たないらしい。


 当時、私と彼が通っていた高等学院は別だったから顔は知らなかったけれど、風の噂で名前だけは知っていた。


 そんな中で、我が子爵家に舞い込んだウィスコンティ侯爵令息との縁談。

 なぜ子爵家の私だったのか…その理由が、彼に会って分かった。

 

 街で一番有名なお高いレストランで、ウィスコンティ侯爵令息とお会いした。

 美しいカトラリーが並ぶテーブルを挟んで、向かいに座っている彼が先に話し始めた。


「僕の事…覚えていないかな? セディだよ。あの頃は今よりも随分太っていて、にきびだらけの顔だったけど…」


「え! もしかしてセディ?」


「覚えてくれていたんだ!」


「忘れるわけない…っ」


 澄んだ青空のような碧眼の瞳は、子供の頃と変わらない。

 私を見るとキラキラ輝くセディの瞳が好きだった。

 昔の髪は金色が強かったけど、今は銀髪にも見えるわ…きれい…

 

 …けど外見はすっっっっかり変わってて、まっっっったく気が付かなかった。

  

 セディエル…セディ…なるほど。


 当時は丸みを帯びた体型をしていたのにすっかりスリムになって、にきびが点在していたお顔もツルピカの陶磁器のような肌になっていた。


 まさか侯爵家のご子息だったとは…


 6年前、ここからずっと南にある大きな病院に入院されていたお祖母ばあ様。

 あの当時は家族で毎日お見舞いに行った。


 当時12歳だった私は一日中お祖母ばあ様の病室にいるのも退屈で、病院の近くにあった湖にしょっちゅう来ていた。


 そこでセディに出会い、私たちは友達になった。


 10日後にお祖母ばあ様の具合が良くなり、退院が決まった。

 もうここには来れなくなる事を伝えたくて湖で待っていたけれどセディは現れなかった。


 私はセディに届くか分からないけれど、手紙をリボンで結わえて、ベンチのひじ掛けに括り付けてその場を後にした。


 手紙のやり取りをしたいと書き、住所を書いておいたけれど、その後セディから手紙が届く事はなかった。


 手紙は届かなかったのだろうか。

 もしかしたら風に飛ばされてしまったのかも。

 突然来なくなった私に怒っているのだろうか…


 私は悲しい気持ちになりながらも、セディとの思い出はずっと心の中に残っていた。


 まさか、こうして再会できるなんて夢にも思わなかったわ!


「ルドセリアは変わらないね」


「どうせ私は代わり映えしませんよっ セディは美形になりましたね!」

 私は頬を膨らませて、怒ったフリをした。もちろん冗談だけど。


「えっ ち、違うよっ そういう意味じゃないよ! ミルクティ色の髪もペリドットの瞳もあの頃と変わらず、か…可愛いままって…」

 セディは困った顔をし、頬を赤らめながらあわてて訂正した。


「ふふふっ」

 私は慌てるセディに懐かしさを感じて、嬉しくなった。


 確かに外見は変わったけれど、中身は全然変わっていない。

 私が揶揄からかうと、すぐに慌てるところ。


 …私はもしセディに会えたら、絶対に言おうと思っていた事があった。


「……セディ…ごめんなさい。突然あの湖に行かなくなって、怒ってるよね? だから手紙くれなかったんでしょ?」


「え?」


「今更言い訳になるけど、入院していたお祖母ばあ様の具合が良くなって退院が決まったの。だからもうあの湖には行けなくなる事と手紙のやり取りをしたい事を書いた手紙をベンチに置いたのだけど…読まなかった…?」


「………読めなかった…」

 セディは瞳を伏せ気味に言った。


「よ…めなかった…?」

 私は意味がよくわからなくて、疑問符を付けてオウム返しをした。


「あの頃…ルドセリアに言えなかったけど、僕いじめられていたんだ…」


「え!」


「あの当時の僕は、太っていたし顔もにきびだらけで…。どこかの貴族の女の子がお金を使って男子を従えて、僕をいじめるようにけしかけていたんだ」


「そ…んな…っ ひどい…っ!」

 そんなつらい目にあっていたなんて、全然気が付かなかった。


 湖であったセディは、いつも穏やかな明るい笑顔を見せてくれていたから。


「ルドセリアと会えなかったあの日は、運悪くいじめっ子たちに出くわしてしまって…。何とか撒いて湖に来た時に手紙には気がついたんだけど、追いかけてきたいじめっ子とその貴族の女の子に手紙を取られてしまって、湖に捨てられたんだ。だから返事を書きたくても書けなくて…僕の方こそごめんね…」


 なんてひどい事を! 

 外見だけで人を差別していじめるなんて…っ


 私はその時のセディの気持ちを考えると、悔しくて、悲しくて、腹が立って、涙が止まらなかった。


「ルドセリア…」


「ご、ごめんね。私が泣いて…セディの方がずっとずっとつらかったのに。当時セディがそんなつらい思いをしていたなんて…っ 気づいてあげられなくて…ごめんね…ごめん…ごめ…っ」


 セディは席を立つと私の隣に座り、取り出したハンカチーフで私の涙をそっと拭ってくれた。


「あの当時、僕にとってルドセリアとの時間は安らぎだったんだ。ルドセリアと一緒にいる時だけ、つらい事を忘れる事ができたんだよ。だから君が謝る事は何一つないんだ」


「セディ…」


「それに…手紙を捨てられた事がきっかけで、僕は変わろうと思ったんだ」

 セディは優しく微笑んだ。


「とても素敵な紳士になったね。けど、あの頃のセディも私にとってはとても素敵な紳士だったのよ?」


「…そんな事言ってくれるのはルドセリアだけだよ。君だけは、僕がどんな姿でも変わらないね」


 笑っているような少し泣きそうな表情をしながら私の両手をそっと握り、口元に寄せて呟いた。


「ずっと会いたかった…」

 俯き加減に言葉を発したセディの瞳が光ったように見えた。


 私はセディのおでこに、自分のおでこを当て答えた

「私もよ」


 そうして一か月後、私たちは結婚した。


 まさか結婚後に、夫と愛人が私を殺そうとする未来が来るとは思わなかった…
















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