第20話 秘密

【クリスside】


 あの後、交代でアラシも風呂に入り、今は就寝前でくつろいでいた。


「あのさ、今日は良くしてもらってありがとう

 それで言いにくいんだけど、アタシは自分の都合で君達といつも一緒にはいられないんだ、ごめん」


「知ってるよ、エリス

 女神としての勤めがあるんだろう?」


 アタシは愕然とした、今この少年は何と言った?


「何言ってるのさ?アタシの名前はクリスだよ !

 アタシは熱心なエリス教徒だけど、むやみに女神様のお名前を呼んじゃいけないんだよ?」


「クリス、どうしてそんなに動揺してるんだい?

 さっきからなんかおかしいね」


 あるえの指摘にアタシは脂汗をかいていた。


 黙ってしまったアタシをアラシと同じソファに座った三人の紅魔の少女達もいぶかしげに見ている。


 沈黙が続くかと思われた時、ため息をついたアラシが指をならした。


「アラシ……この家の周りを障壁で囲いましたね

 秘密の話ですか?」


 頷いたアラシが立ち上がった。


「あぁ、めぐみんの言う通りだ

 ここにいるみんなは、よく聞いとけよ

 我が名はアラシ、紅魔族唯一のハーフボイルドにして前世の記憶を持つ者

 そして水の女神アクアに導かれて、この世界に転生せし者」


 一同絶句していた。

 めぐみん と ゆんゆん以外は、アラシに関して前世云々の話は全く聞いていなかったからだ。


「どう言うことなんだい?」

 あるえの質問にアラシは、


「それを今から説明するよ

 俺の本当の名前は大江戸嵐おおえど あらし

 こことは違う世界、日本に居たんだが食中毒で死にそうに成っている時に、水の駄女神アクアの間違いでこの世界に異世界転生した訳だ

 本当は、江戸川なんちゃら と云う奴が転生する予定だったみたいだな 」


 せんぱ~い先輩(アクア)、聞いてないよぉ~ !

 先輩アクア付きの天使から頼まれて、日本からの転生者を監視していたら、私の正体がバレているなんて、ワケがわからないよぉ~ !

 紅魔族の里に行った嵐くんを天界から監視していたから、紅魔族の族長とめぐみん さん、ゆんゆん さんに転生者だと打ち明けていたのは知っていたけど、……

 私、嵐くんとは初対面のハズよね。

 女神エリスとしては、会ったことは無いハズなのに、どうして正体がバレているのよ !


「そういえば忘れていましたが、王都で族長に会った時に『軍神アレス』と名乗ったそうですが、日本とやらの神なのですか ? 」


 めぐみんさん……イマ、ナントイイマシタカ ?


「正確には日本の神では無いな

 同じ世界に有る国のギリシャの神、オリュンポス十二神の一柱である軍神アレスでもあるんだ 」


「何故、神様が人間のフリをしているのですか ?」


 知識欲を刺激されたのか、めぐみんが質問すると他の紅魔の二人の娘が食い入るように聞いている。

 先輩付きの天使からの報告書に書いて無かった事実を聞かされた私は呆然としていた。


「神も人間と同じように修行をするんだよ

 悠久ゆうきゅうの時を生きる神は、魂の劣化を避ける為に時々、人間に転生して魂の洗濯をするんだ。

 普通は記憶と神の力を封印して転生するんだが、転生担当だった親父、天空神ゼウスが大ポカをヤラカシて、記憶を封印するのを忘れたんだよ。

 神力は、おふくろである女神長ヘラが担当したからは、ほとんど使え無かったんだが……」


「何故か、私達の世界では使えるように成ったのですね 」


 めぐみんの答えに対してクビを横に振りながらアラシは、


「簡単な理由だよ

 この世界に転生すると特典がもらえるんだが、俺を江戸川なんちゃら と勘違いしたアクアが俺の願いを聞いてくれた訳だ ! 」


「何を願ったの ?

『力を寄越せ』とでも言ったのかい ? 」


 今度は、あるえさんまでが質問を始めた。


「いいや、単純に『俺の封印を解いてくれ !』と言ったら喜んで封印を解いてくれたよ、駄女神さまは ! 」


 おそるおそる私も聞いてみた。


「先輩は、よく君の願いを聞いてくれたね

 勝手に異世界の女神長の封印を解くなんて重罪だよ、天界では !」


「俺は

 勝手に俺を江戸川なんちゃら と勘違いしたアクアが俺を普通の人間だと信じていただけなんだろうな

 だから、俺を厨二病と思い込んで封印を解いてくれた訳だ 」


 せんぱ~い、何をやっているんですかぁー !

 地球の神、オリュンポス十二神の軍神アレスと云ったら狂乱と戦いの神、暴れん坊じゃない !


 しかし、私は気づかなかった……

 紅魔族の三人娘が私の様子を観察していることに


 ◇◇◇


 おもむろに、めぐみんさんが……


「しかし、貴方は一度死んで紅魔族としてこの世界で新たな生を受けたのです

 私たちと違うのは、前世の記憶があるかないか、それだけです

 アラシ、今の貴方は軍神アレスではなく、この私、紅魔族最強の魔法使いめぐみんの夫のアレスです !」


「ありがとう、めぐみん。」


「話の途中みたいだから、いちゃつかないでくれるかい」


 めぐみんさん とアラシ君が二人の世界を作ろうとするのを、すかさずあるえさんが阻止した。


「それで、ここにいるクリスが女神エリスご本人なのかい?」


 あるえさんの質問に、皆から見つめられた私は覚悟をして身体全体を白銀の光に帯びさせた。

 光の中の人影が二体に別れ、盗賊少女の隣には白銀の髪の女神である私が微笑みを浮かべた。


「この娘は、孤児だったんです

 アクセルのエリス協会の前に捨てられていました

 孤児院で世話になってたのですが、小さい頃に熱病にかかって死にかけました。

 いいえ、実際には一度心臓が止まりかけました」


 人間クリスの方のアタシが答える。

「生き返る時にエリス様の声を聞いたんだ

 命を助ける代わりに、エリス様が地上で活動する時に体を共有させてほしいってね

 アタシはそれを受けたんだ

 だから、エリス様が天界にいる時にも、パスのようなものが繋がっていて、意思疏通もできる

 今みたいな時は盗賊のクリスでもあるし、意識はエリスでもあるんだ

 ただ地上では女神エリスの能力は使えないんだよ」



 盗賊少女のアタシを気遣いながら、女神が口を開いた。

「この娘は、確かに一度死んでいます

 私が見つけた時には、息が止まっていました

 当時在籍していたエリスの神官では、生き返らせるのは困難でしが、私なら可能でした

 幼少から孤児院で過ごしていたクリスは、私との波長がぴったり合っていたのです

 私、エリスは、この娘と意識のパスを繋ぎました

 そして、地上で活動するときは一体化してクリスとして動いていました

 でもこの頃は、地上で活動するのが長くなっていましたね」


「あのクルセイダー、ダクネスとは、どうやって知り合ったんだ?」


 軍神アレス……アラシの質問に、


「あの娘は、有力貴族の娘です

 冒険者にはなったんですが、あの性癖で受け入れられず、いつも一人でした

 友人ができるように教会で祈りを捧げていたのです」

 

「で、どうするんだい?」


 あるえさんが尋ねると間髪いれずにアラシが答えました。


「もちろん、このままパーティーにいてもらう

 人間のクリスとしてな !

 どうせ地上では、女神の能力は使えないんだろう?」


「ええ、例外的に悪魔を滅したりする場合、天上から直接降臨する時がありますが、この姿だと極端に活動時間が短いのです」


「この家に間借りして、基本クリスは一緒に活動してもらう

 合流できるときは、エリスにも参加してもらいたい」


 それを受けて私は困惑した。


「先程のこちらの都合と言うのは、女神である私のお仕事に関して地上で動かなければならない場合があるのです」


「その時は、そちらの都合を優先してかまわない

 ただ合流する時に、ベルゼルグ国内の情報を仕入れてくれると助かるかな」


 動かなくなってしまった銀髪女神である私の背中を盗賊少女が勢いよく叩いた。


「何をためらってるのかな?

 責任感じているんでしょ?

 アラシの手伝いがしたかったんだよね?

 ほら!」


 背中を押されて私はアラシにしがみついてしまった。

 遅れてクリスも飛び込むと、女神の私と盗賊少女のアタシが一体化して少年の胸にすっぽりと収まる。


「アタシを、私たちをよろしくね」


 頬を紅くして挨拶した私、しかし次の瞬間に力任せに引き剥がされた。


「ふふふ………やっぱり怪しいと思ったのですよ。

 おい、私の夫に色目を使うのはやめてもらおうか?

 クリス、あなたは、あくまでもパーティーの一員と言うだけですからね

 わきまえてもらいましょうか !」


 そこには、瞳を爛々と光らせためぐみんさんが威嚇していた。


「そんなことより、クリスだけここに住むなんてズルくない? 私も住みたい!」


「できれば私も希望したいねえ~」


「いや、今日はしょうがない

 たまに泊まるのはかまわないが、あるえ も ねりまきも里に家があるんだから自分家に帰れ !」


 ◇◇

【めぐみんside】


 話が終わって案内された部屋のドアに各自ネームプレートをつけてアラシに向かって笑いかけたアラシ。

 二人の寝室に入るとアラシが、さっさとベッドに入ってしまった。

 それを見た私は、すばやくアラシの懐に潜り込み自分の頭をアラシの胸にすり付けた。


「おい、めぐみん?」


「私は負けませんよ

 ええ、負けませんとも!」


「……もう少し先にしようと思ったけど、お前が14歳になったら、すぐに式を挙げるか?」


「その約束、忘れないでくださいね」


 安心した私は、いつの間にか眠ってしまった。


 

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