第14話 【ドラゴン奪還作戦】
日は沈んで時間は深夜。ならず者達の本領が発揮される時間でもある。
住宅街からは灯りが消え、代わりに月の白い光が輝いている。それに照らされる町の酒場は昼間よりも活気付いていて、男達の騒ぐような声が聞こえる。
町を上り、高級街へ向かってもそれは同じことだった。月の白い光を反射して、石畳の道路が夜の影を伸ばしている。
街灯は暗闇の中で、何かを伝えるように着いたり消えたりを繰り返していた。
そんな月灯りに照らされて、4つの影が薄く地面に伸びた。その影は俊敏に、閑散とした町を通り過ぎていく。
▽▽▽▽▽
「二手に別れましょう」「二手に別れよう」
それが、ナイトとトラストが出した作戦の結論だった。思わず声が揃ってしまい、ナイトは少し嫌そうな顔をするが、トラストはそれも気に留めなかった。
二手に別れようとは、片方が陽動に回ろうという意味だと後から分かった。
「私とお嬢様が正面で派手に暴れ、シエルとクズが裏から回ってドラゴンを奪還します」
「俺はトラストだ」
「はぁ!?どうしてあたしがこんなクズと二人で!!」
「トラストだ」
「仕方ないでしょう。能力的に、私かシエルが陽動に回らなければ。シエルはドラゴンを逃す役として最適ですし、お嬢様をお守りするのは私なのですから、必然的にこういう組み合わせになります」
「何が必然なのか全然わからん!!とにかくあたしはこんなクズとは二人で行けない!!」
「トラスト……はぁ、もう何でもいい」
「自業自得よ」
二手に分かれるというところで案の定揉めた。
急造の4人組とはいえ、どうしてこうもそれぞれ個性が強いのか。あまりの喧騒に思わずため息が出る。
ナイトの言う、陽動にナイトが最適、というのはルミューも賛成だった。あの筋力とスピードなら、きっと正面で派手に暴れることができる。唯一残っている実力者とやらも、そちらへ釣られてくれるだろう。
続いて、シエルがドラゴンの奪還に必要というのも納得ができる。シエルはドラゴンと仲が良いらしいし、何よりシエル無しで向かってはドラゴンがこちらに牙を剥く可能性がある。
そう考えると、シエルが一緒に来てくれて良かったとつくづく感じる。
「ねぇナイト、どうしても私と一緒じゃなきゃだめ?」
「勿論です。お嬢様をお守りするのは私なのですから」
どうしても折れてくれなさそうなナイトに、トラストとルミュー、シエルが揃ってため息を吐く。
「じゃあこうしましょう。ナイト、あなたが一人で正面から乗り込んで」
「しかしお嬢様、それでは誰がお嬢様をお守りするのですか」
「あなたが一人でマフィアの人を全員倒しちゃえばいいのよ。私たちはその間にドラゴンを助けておくから」
「しかし……」
「そっか、流石に無理よねナイトができないなら仕方ないわ。私と二人で正面から行きましょう」
「……お嬢様は、詐欺師とシエルと3人で裏から回ってください」
「……トラス」「ほんとに?私がいなくて大丈夫なの?」
何となく、ナイトの扱いが分かってきた気がする。口を挟むトラストを無視して、ナイトへの言葉を畳み掛ける。
どうやら既にやる気になっているようで、ひとまずやっと二手に分かれる組が完成した。
そんなこんなで苦労して、やっと作戦決行の夜を迎えられたのだ。
突貫とはいえ頼りになれる3人組ではあるだろうと、ルミューはドラゴンの奪還が成功することを全く疑いもしていなかった。
まさか、ルミュー達の行動が誰かに監視されていたとは、一切警戒すらしていなかったのだ。
▽▽▽▽▽
「ロンズ、ガーゼス」
そこはバトマンの北、マフィア“アザード”が取り仕切る中でも最も大きく、最も金が動く賭博場だ。
本来ならば各VIPが集っていて活気溢れる場所なのだが、今は店を閉めており、閑散とした雰囲気が漂っているのみだった。
従業員だけが建物の中で集められており、全員がその場で横一列に並べられている。
怪我をして、立っているのもやっとな巨躯の門番達、もといロンズとガーゼスと呼ばれた二人組も、例外なくその場で並んで立たされているのだった。
そんな二人の前に、細身の男が踵の高い靴で歩み寄る。オールバックにした髪からは前髪が細く下りていて、その蛇のような細長い瞳を時々通り過ぎた。
「どうしてボスが、お前達をここの番人にしたかわかるか?」
踵がカーペットの地面を蹴る鈍い足音が聞こえる。
「ボスは、お前達の実力を買っていたからだ。当然、俺だってそうだ。幹部を除けばお前達はかなりできる二人組だろう」
「しかし———」
門番の片割れ、ガーゼスの方が弁解をしようと声を出すが、その声は最後まで発されることなくそこで止まる。
代わりになった音は、ガーゼスの巨体が背中から床へと倒れ伏す音だった。
目と口は開いたままで、まるで時間が止まったかのように倒れて動かない。
死んでいると、隣のロンズがそう理解できるまで数秒を要した。
「言い訳を聞きに来たんじゃないぜ。ケジメだよ。これはケジメだロンズ。ボスが留守のうちにここまで好き勝手されちゃぁ、俺たちアザードの立つ背も無い……ってもんだ。わかるかロンズ」
恐怖で喉が渇く。汗が首筋を通る。
相棒があっさりと殺されたことへの怒りよりも、自分が殺されないかという恐怖が勝ってしまっている。
「なぁロンズ。お前達に出来ることはたった一つだけだ。本当に、申し訳ないと思うよロンズ。今までよく頑張ったな」
このままでは確実に殺される。ロンズはそう確信した。
ここで生き残るには、恐怖を乗り越えなければならない。
先ほど男に投げられて、壁にぶつけた背中の痛みを思い出す。あの敗北の悔しさを思い出す。そして今、たった今あっさりと殺されてしまった相棒の、雪辱を果たすことを思い出す。
恐怖を乗り越え、握り拳に怒りを込める。
勇気を振り絞るため、腹の底から声を出した。
賭博場全体が震えるほどの爆音で吠える。
今目の前の痩せた男に一矢報いるため、振りかぶった拳に全体重を乗せる。
「おぉおおぉぉおお!!!」
怒りの一撃が、男に直撃する。その直前で拳が止まった。寸前、まさに数ミリというところでだ。ロンズもガーゼスと同じく、その場で時でも止まってしまったかのように、目と口を開いたまま床に倒れ伏した。
その死体を見て痩せた男はため息を吐き、誰もいないはずの空間に向かって話しかけた。
「また遊んでたろカメオ。こいつの最後の足掻きには少しヒヤリとしたぜカメオ」
「坊ちゃんにどれだけ近付かせられるかゲーム、記録更新」
そう女性の声で返事が聞こえたのは、誰もいないはずの空間だ。否その空間がゆらゆらと揺らぎ、やがて人型にぼんやりと浮かび上がってくる。
最後には、何も無かったはずの場所から全身黒ずくめの女性が現れた。
顔にも布をかけておりその表情は見えないが、辛うじて声と体のラインから、周囲の人間は女性だと認識することができるだろう。
「カメオ、その癖本当にやめた方がいい。いつか足元掬われるぜカメオ」
「楽しいから、やめない」
カメオ、と呼ばれたその女性は短く答えると、再度その場がゆらゆらと揺らぎ、やがて元の背景と完全に同化する。
これがカメオの、否、カメオの身につけている衣服の能力だった。
それは服全体を背景に溶け込ませる魔法器。昔、とある商人から安く買い付けた特注品だった。
「カメオ、さっきのロンズ達の報告聞いてたろ。お前の能力で、例の二人組を調べてきてくれ」
「もう調べてある。奴ら、例のラゴニアと合流して、ドラゴンを奪いにくるみたい。どうする?殺す?」
「ほーぅ。なかなか面白そうな奴らじゃないかカメオ。殺すのは待て、向こうからせっかくきてくれるんだから、歓迎しようじゃないか」
相変わらず、坊ちゃんも私に注意できるほどまともではないと、改めてカメオは感じる。
だからこそ、この人物に着いていこうと決めたわけだが。
その後、坊ちゃんは私に幾つかのことを命じて、自分は本部へと戻っていった。
対してやることもないのに、後処理を任せて帰ってしまうところは、相変わらず無責任で最悪だ。
さて、私も本部に戻って迎え撃つ準備をしなくてはならない。
奴ら、どう遊んでくれようか。今夜のゲームはいつもよりぐっと面白くなりそうだと、カメオは布の下で笑みを浮かべた。
▽▽▽▽▽
「おい全員起きろ!!正面玄関から奇襲だ!!」
「はぁ!?俺たちに正面から喧嘩吹っかけてくるイカれ野郎がまだいんのかよ!薬中か!?」
「それが、恐ろしくつええんだと!何人で行っても一瞬で返り討ちにあう!」
「だが若頭が特別報酬を約束したらしい!!奴を殺せば100万だ!!」
「100万!?何者なんだそいつ!」
夜も更ける深夜。大騒ぎになっているのはマフィア、“アザード”の本部本邸だった。
その正面玄関で、一人の男が暴れている。
暴れている、以外の他の言葉が思い浮かばぬほど、それはもう鬼神の如き力強さで暴れていた。
マフィアの構成員達はそれぞれ武器を持ち、魔法を唱えて応戦するが、追いつけないほどの速度と人外の膂力で、一切敵う気配もない。
一斉に飛び掛かる男達、その一人の足を抱えて持ち、まるで人間バットのようにその男を振り回して他の男達を吹き飛ばす。周囲を囲う者が誰もいなくなれば、バットにしていた男を用済みとばかりに後方へ投げ飛ばす。
「止めろ止めろ!!絶対に門を通すんじゃねえ!!」
「隙はあるぞ!!畳み掛け———!?」
そう叫んだ男の元へ、他の構成員が吹き飛ばされてくる。お互いの頭同士が激突し、その二人は折り重なるように地面に倒れ伏した。
まさに圧倒的の一言に尽きる強さ。
マフィアの首領も、その他実力者もほとんどが不在の今を狙ってとしか思えない鉄砲玉。
あの膂力に立ち向かえるのは、今この屋敷にはたった一人しかいない。
「若頭を!若頭なら止めれるは———ぐぉ!!」
「俺たちじゃ敵わ———ぶぇ!!」
千切っては投げ、千切っては投げのくり返し。
数十人に渡る波状攻撃の連続だが、しかしナイトは一切の息が切れる気配もない。
ここはお嬢様に任されたのだからと、ナイトは気合いを入れてその腕を振り回す。
任されたからには期待に応えるのが従者なのだ。
「全員、ここで倒す」
そう静かに吠えるナイトを、青白い月明かりが照らす。両手に構成員を引きずる姿はまさに鬼神。圧倒的強さの権化だ。
そのナイトの足が、正門を越える直前で止まる。
目の前に立つ、己がここで引き留め、倒さなくてはならない敵を観測したからだ。
ナイトに相対して立つのは、痩せ細った男だった。スーツを身につけ髪をオールバックにし、蛇のような細い目を鋭く尖らせ、左手には大きなリングを4つ携えている。
「よう、侵入者。俺ぁ首領代理のイグ様だ」
「直々にお出迎えとは、よっぽど層が薄いと見える」
月明かりに照らされて、二人の男が相対する。
強力無比な鬼神を、蛇のような瞳が品定めをするように睨め付けた。
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