第8話 【魔人の言い伝え】

「思ってたより綺麗なところね」


「ですね、人が住めないような場所ならどうしようかと思いましたが」



ならず者の町、バトマンにて、2人は宿を確保したところだった。

つい数刻前までほとんど文無しだったのだが、ナイトの機転で金を増やし、いつの間にやら洋服と宿と食事、さらには船代を払ってもなお余る程になっていた。

しかし、その金で当面居座りたいと思うほど、バトマンはいい場所でもないので、ルミュー達は明日には船に乗ってここを発つことに決めていた。


しかしこんな綺麗な宿がバトマンにもあったとは、と、ルミューは思わぬ誤算に微笑みを浮かべる。

バトマンの奥の高級そうな宿屋やレストラン街が立ち並ぶ一角にあったここは、当然バトマンにしては綺麗、というほどの評価ではあるものの、この町の治安を知っていればそれは感嘆に値するものだろう。


この町に入ってすぐに感じた視線も、座り込む物乞いもこの区画にはいない。その代わりにいるのは、スーツを身につけたガタイのいい者たちだった。

ほとんどの男が女を連れ、我が物顔で町を闊歩している。

ナイト曰く、この近辺はマフィアのテリトリーらしい。マフィアが何かと聞いたらまた不安そうな顔をされた。



「じゃあ、マフィアって良い人たちなのね。町の治安を守ってるんでしょ?」


「自分たちのためにやっているだけなので、良い人とは遠いかと。むしろこの町で1番タチが悪いかもしれません」



詐欺に誘拐に強姦、この世で悪事に数えられることのほとんどに手を染め、そうして得た金をまた悪事へと回す。

そんな風にして力と勢力を伸ばし、やがては町一つを支配するに至ったのがマフィアだそうだ。

しかし力がある故に一般の民は逆らえず、こんな隅の町には国も気に留めない。



「のさばってしまった、というのが正しいのでしょう。まあ、今はそれを利用してやりましょう」



そんなのさばってしまったと語られるマフィアも、ルミューとナイト、2人の力なら止められるのでは無いかと思ったが、残念ながら今は目先の問題を解決しなければならない。


2人がそうして話しているのは、件のマフィアが裏にいる宿屋だった。

やけに豪華な建物と綺麗な内装には、そんな裏があったと知って、ルミューは少しこの部屋に居づらくなる。



「取り敢えず、安全なうちに食事にしましょう。あの魔人たちもそうそうここは手出しできません」


「そうね、お腹も空いたし」


「私が何かご用意いたします」


「どういうこと?何か食べに行くんじゃないの?」



宿屋の地下は料亭になっており、シェフがその腕を振るって豪勢な料理が用意されていた。

ルミューはそこで食事を摂ると思っていたものだから、ナイトの言葉の意味が理解できなかったのだ。

しかし、そんなルミューの疑問はすぐに解消されることとなる。


それはその言葉通りの答えだった。

階下の料亭へ到着するや否や、ナイトはルミューを席につかせると、自身はその足で厨房へと入っていったのだ。

厨房で何やら話し合いが行われた後、しばらくしてルミューの元へ知らない男がやってきた。

身につけたエプロンとコック帽には、この宿屋のシンボルマークが描かれている。おそらくこの店のシェフなのだろう。



「一体なんなんですあの男は。厨房に入ってくるなり、出て行け、お嬢様を守っていろと強引に言われましたよ」


「私もどういうことか聞きたいんだけど」



泣きそうになりながら話すシェフの男の言葉に驚く間も無く、すぐにナイトがそのテーブルへとやってきた。

持っているのは料理を乗せたお盆だ。



「お待たせ致しましたお嬢様。ジャガイモと猪肉、小松菜のソテーでございます」


「あなた、何やってるの?」


「お嬢様の食事をご用意するのは私の役目ですので。他の者にはとても任せられません」



一体彼の頭の思考回路はどうなっているのか、ルミューには想定することができなかった。

記憶を失った朝に限りなく近い、そんな困惑に頭を支配される。



「取り敢えず、ナイトあなたも一緒に食べましょ。コックさんも」


「え、僕もですか?」


「何故ですかお嬢様。こんな見知らぬ男と共に夕飯を食べるなど」


「あなたが怖がらせたお詫びよ。ほら、食べて食べて」



というわけで、ルミューの提案により奇妙な夕飯の席が始まった。

ナイトの作った食事はいつも通り美味しく、ルミューの舌によくあっていた。

それにこんな高級料理店だ、食材もそれなりのものが用意されているのだろう。

ジャガイモは口の中でほどけるし、猪肉はよく油が出ていた。

しかし、その味に誰よりも感動していたのはシェフだった。



「すごく美味しいです!後で是非レシピを!」



食事の手も進み、半分ほど食べ切ったところで、ルミューが一つ会話の種を持ち出した。



「ずっと気になってたんだけど魔人って何者なの?なんか、ツノ生えてるし。ほら、私が記憶喪失なだけかとも思ったんだけど、普通の人はツノ生えてないみたいじゃない」


「ああ、失念しておりましたお嬢様。そのことまでお忘れになっていたとは」



ふと隣を見ると、シェフまで「魔人を知らないなんて」という目でルミューを見つめていた。

目を丸くする、なんて表現はこういう時に誰かが思いついたのだろうとルミューは思う。



「魔人とは種族です。その昔、この世界を支配していたとされる種族」


「そうなんだ?ちょっと偉いってこと?」


「そうではありません。ただ他の種族より、少し優れた面があっただけだと聞きます。それを振りかざして恐怖による圧政を敷いていたとか」


「その世界を今の国王達が解放したのが、この世界の起こりだと言い伝えられています。罪を犯した種族なんです」



そうナイトの話に補足を付けたのが、隣に座るシェフだった。

どうやらその言い伝えとはほとんど常識のようで、2人はスラスラと詳細を語ってくれた。


昔々、魔人の王は、暗黒の力でこの世を支配した。栄華と繁栄に満ちた時代は終わりを告げ、人々は希望を失い、世界は闇に閉ざされた。

そこへ現れたのが、5人の勇者達だった。

彼らは彼らの持つ不思議な力を使い、魔人達に立ち向かっていった。その戦いは壮絶を極め、そうして5人はとうとう魔人の王を撃ち倒した。

闇は晴れ、世界は在るべき姿へと戻った。

勇者達はもう二度と誰か1人が世界を支配することがないようにと、世界を五つの国に分け、それぞれが国王となった。



「それが、今の5国の成り立ちです。魔人族は勇者達によってほとんどが滅ぼされ、その生き残りが今は細々と暮らしているようですが」


「魔神が本当にこのあたりにいるとすればかなり怖いですねえ……」



そう締め括ったシェフの言葉に、ルミューは少し違和感を覚える。

魔人族が過去に巨大な罪を犯した種族だというのはわかったが、言い伝えられているのだから何百年も前のことなのだろう。

ならばシェフはどうしてそのように怖がるのだろうか。直接魔人に殺されかけでもしない限り、恐怖のイメージが強く湧くことは無い気がする。


「魔人といえば反逆者で有名ですから。何度も王や国に対して戦いを起こしていると聞きますし」


「少なくとも五国の中では、魔人というだけで良い顔はされないでしょう」



そんなルミューの疑問に、2人が答える。

つまり魔人とは、過去にも今にも罪を犯して、そしてそれが理由で迫害され続ける種族なのだろう。

ならば自分は何のために彼らと手を結んでいたのだろうか。アヴァンニールはルミューを裏切り者と呼んだ。それは相応に利益のある関係を結んでいたと考えられる証拠だ。

私は、何を考えていたのだろうか。


そうしているうちにテーブルからは料理が消えており、ルミューはシェフが席を立つ音で思考から呼び戻された。



「では私は失礼致します。美味しかったです、ナイトさん。後でレシピを」



そう言うとシェフはテーブル上にあったすべての食器をまとめて重ね、厨房へと戻っていった。

ルミューとナイトはそれを見送った後、お互いに顔を見合わせて2人も席を立つことにした。


2階の宿へ戻ると既にベッドメイクがなされており、改めてこの宿の質の良さを実感する。

ベッドがダブルベッドでは無いことにホッとしつつ、2人はお互いにそれぞれの寝床について明かりを消した。

星明かりを拝む暇もなく目を瞑ったルミューは、本当に沢山のことがあった一日だったと振り返っていると、いつの間にか夢の中へと深く落ちていた。



▽▽▽▽▽



用意する物を揃えるのには、半日も用さなかった。

既に偽の硬貨はマフィアが失敗品の処理に困っているのを知っていたし、杖は適当に老人から奪えば良かった。

最後に必要な物は、あの2人の善意だ。

いや、口ぶりから男の方は女の従者なのだから、女の方さえ善人であればそれで良かった。


しかし男には思想があった。

人の本質は悪で、全ての善意は偽善だと、そう考えていた。

だからこそ、今から男が施されるのは善行では無い。

誰かを助けたい、助けて感謝を述べられたいという、自分勝手な承認欲求の延長線に過ぎない。

そんな欲を刺激するのがこの男の、詐欺師のやり方だった。



「今回はそうだな、病気の母を労わる男で行こう」



男は杖を突き、偽の硬貨を大事そうに抱え、そして一歩を踏み出した。

ふと空を見れば、雲に覆われた空がそこにはあった。



「曇天、良い詐欺日和だ」

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