vsかもめ先生
ここは学校内に用意されたジム。
主に武道系のジムで、木剣だとか、道着だとか、レイピアだとか、そういうものが安置されている。
中には本物の甲冑や、真剣なんかもあってすごい場所だ。
「どうして、私はこんな目に」
「なに、魔眼を見るには剣の打ち合いが一番なもんでな!」
先生に連れられて貸し切りジムで、一人魔術の実習着に着替えて佇む。
倉庫から顔を出す先生は、木製の練習用の剣をぶんと投げてきた。私はそれを空中で受け取ると、そのまま手中に収める。
「私は先生ほど魔眼を使えません。それって不公平じゃないですか」
「私もヴィジョンⅠでやるよ。魔力も魔術も使わないから、ほとんど条件的には変わらないはず。同じ条件で経験の差を感じて欲しいからね」
言われて先生を見ると、確かに先生の目はさっきみたいな魔眼の明るさがなかったし、魔力も全然漏れていない。
同じ条件という話で、一つ聞きたいことがあった。
「先生は着替えないんですか?」
シャツのままの先生にそう尋ねると、あっけらかんと言われた。
「うん。どうせ当たらないから」
「なに〜!?」
この実習着は魔術師の着る礼装を模したものだ。それには特別な意味合いがある。
術壁と呼ばれる特別なバリアの起動式を搭載した服で、魔力によって接触臨界距離を稼ぎ、私達の身の安全を守る。
先生は小さなその身で、攻撃を受ければ傷つくのにそれを着ない。それは、本当に全く攻撃が当たらないだろうという予測に基づいているのが分かる。
「怪我しても知りませんよ」
私はうぬぼれでもなくそう言った。私だって魔眼使いの端くれ。戦闘中に一太刀入れるくらい訳ない存在だ。やってやろうじゃないの。先生に青たんつけてやる。
「たあーーっ!!」
気の抜けた掛け声と共に、魔力を込めて思いっきり踏み込む。魔術が使えなくても、魔力自体にもそれなりの活用がある。加えて眼の良さを生かせば、人以上に無理な挙動が出来ることを私は経験から知っていた。主にブリジットから逃れるために身につけた知恵だ。
が、
「痛っ!!」
私が突っ込む隙に、何発も全身に打撃を加えられて、先生とすれ違ってよろめく。
先生の剣筋は見えてたはずなのに、なんでか途中で追えなくなった。一体どうして!?
「甘い、甘いよ。自分の動きに意識を持って行かれすぎ。もっと強い距離で戦って」
「強い距離?」
「そう、絶対に勝てる距離感を保つように。ヴィジョンⅠ同士の戦いなんだから、先に動くのは不利だよ。カウンター狙いでいい距離感を掴んで、隙を突く感じで」
私の動きは速くとも単調すぎて、カウンター狙いの罠の中に一直線で飛び込んでしまっていた。
それを修正して、いい距離感で戦うことに専心する。最初は苦労して、なんとかついていくだけだったが
「そう、そうだよ」
「っ!!」
上手く距離を取りながら打ち込めるようになっていった。
先生の言う通り、ヴィジョンⅠでも魔眼があるならこっちから攻める必要はない。魔眼は基本的に後出しジャンケンが出来る能力なんだということを、長い打ち合いで気付かされた。つまり、相手の手を見てから自分の手を決められる。
「なのにっ!!」
先生は強くて、まったくカウンターさせずに、淡々と打撃を処理していく。こんだけ打ち合ってるんだ。お互いにヴィジョンⅠ同士なら、私が一発入れてもいいはずなのに。
「熟練度が違うんだよ。眼の動きに体を合わせるのは経験が全てだからね」
ぐっと力がこもる。私は眼の使用を縛ってたから、全くその経験がないことを悔やんだ。
もっと、強くなりたい。嘘つきの私に、それでも賭けてくれた人のために。
お互いの剣が咬み合って、乾いた音が鳴る。私達はステップを踏みながら加速した。
「その目、かなりいい魔眼だね。魔法省は絶対手放したくないはずだし、さっさと開眼してくれ〜と思っていたはずっ!!」
木剣の鍔迫り合いの最中に先生は話しかけてきた。私も何となく余裕が出来てそれに答える。
「そういえば先生の魔眼はなんなんですか? ヴィジョンⅢって顕在化とは、どう違うんですか?」
「えっとね、魔眼の発達段階は四段階あるのっ!」
会話中、積極的に攻めなかった先生が、間合いに入った私の剣を絡ませて上部へと弾く。パシーンと私の剣を遠くに飛ばして、私はあっけに取られた。先生は私の手を取ると、くるくると回ってその場で抱き合って座り込む。彼女は、はあはあと息を切らしていて、なんだか息がかかってくすぐったい。
「ごめん、この身体、疲れやすくて」
先生は背が低くて、あまり肉もないから、体力が低いのかもしれない。私の腕の中の先生は、本当に細くて、動物を抱えているみたいに思える。
「ちょっと休憩。さっきの話の続きをしないとね」
座り込んだ先生はそのまま立ち上がって、倉庫の奥に行って、ホワイトボードを引っ張ってくる。
彼女はホワイトボードに図式を書いて、魔眼の四段階の発展形を記した。
「ヴィジョンⅠからヴィジョンⅡは視界の異常さとして現れてくるんだけど、ヴィジョンⅢからは魔眼別の特徴を備えるようになる」
「じゃあ、ヴィジョンⅣってなんですか?」
ぜえぜえと、肩で息をしながら私は問う。今聞いた説明だとヴィジョンⅢとヴィジョンⅣを分ける必要がない、と思ったから。
「ヴィジョンⅢで出た特性の発展版や、術者によってヴィジョンⅢよりも格が上だとされた時にヴィジョンⅣになる。一部の魔眼は特性が出た瞬間にⅢを飛ばしてヴィジョンⅣ、なんてこともあるよ」
国と帝国、王様と帝王みたいな違いだ。
「じゃあⅤは無いのでしょうか?」
先生は暫く黙って答えた。
「実はある」
あるんだ......ちょっと冗談のつもりで聞いたのに......
「先代のウィザードの中にはそういう魔眼持ちもいたみたい。ただウィザードの情報にはアクセスしづらいし、相当昔の話だから、まああまり気にする必要はないかもね」
ウィザード? ウィザードって、お伽噺の魔術師のこと? ......先代の?
突然出てきたファンタジーな話を振り払って、私は魔眼に話を戻す。あるかも分からない
ぎゅるる〜っ。
考え事をしていると、ぐるるーっとお腹の音が鳴る。
わ、恥ずかしい!!
「す、すみません。はしたなくて」
「全然、お腹すいちゃったね。今日はこの辺にして、なんかご飯食べに行かない?」
「ほんとに!? 嬉しいです!!」
先生に連れられて、学校近くの古いお店へと入った。
通い慣れてるみたいで、すごくこなれた所作でビールと、二人分の料理を注文する。熟練の技だ。
料理が届くと、再び魔眼の話が続く。
「さっきの魔眼の話なんですが、特徴別で分類されて名前がつけられるんですよね」
「その通り。Ⅲからはヴィジョン+名前になる」
「じゃあ先生の魔眼はなんて名前がついてるんですか?」
先生の魔眼はヴィジョンⅢ。つまり、ネームドの魔眼であり、特有の挙動を持っていることになる。
先生は改めて向き合って、こほんと咳き込むと、振り切るように一気に言った。
「
レアリスム......
「レアリスムは他の魔眼とは違って、見た対象に関与することは出来ない。だけどとにかく見ることには特化してる魔眼で、その機能の一つに幻惑破りがある」
「幻惑破り?」
「幻術系の魔術の完全無効化だね」
実戦経験のない浅い知識だけど、みせかけの魔術というのは意外に数が多い。すごく強い機能のように思える。
「すごく便利そうです」
「そう思うでしょ? でもこれ本当にめんどくさいんだから」
先生が心を込めてそう言うと、一気にビールを煽った。
「ひぃいいいい!! 冷たくて美味い!!」
先生は叫んだ。大人って、どうしてこんな感じなんだろうか。お酒しか楽しみがないのだろうか。
目の前の金髪の少女は、このお酒はどういうお酒で、どこ産で、どのメーカーで、その歴史はっと話がどんどん脱線する。慌ててそれを切って、話を本題に戻した。
「めんどくさいって、どういうことですか?」
「ああ、この幻惑破りはスルス(出典)へのアクセスを遮断してしまうんだ」
あれ、これって......
心当たりがある。自分が四苦八苦して魔術をどうにか使えるようになろうとしていた時の典型的症例......
「コゼットさんは魔術が使えないって泣き入ってきたよね」
「は、はい」
そうだ、私そのことを話しに来たんだ。魔眼トーク面白すぎて忘れてた。
「私も魔術が使えなくて困ってた時期がある。つまり、魔眼は強い魔術形式だけど、だからこそ古典主義魔術と競合する......場合がある、ってこと。幻惑破り自体は、結構いろんな魔眼が持ってるし」
つまりそれが――
「それが先生がさっき言った、私に魔術が使えない理由が分かるかもしれない、の答えですか?」
「そう。私の見解であって、実際どうかまでは保証できないけど」
先生は保険を重ねて重ねてそういったけど、もしそうなら、私の道も幾分か明るくなる。突然勝ちの目が降ってきた。絶望的な気持ちだったのに、先生と話して私はこれ以上ないくらい気分がいい。私も単純だし、なにもかもメリナの言うとおりだった。とにかく話して相談しなくては、始まらない。
先生......先生はすごい人だ!
食事を済まして、私達は夜の街へと出た。
みんな、何してるかな。メリナには私の分の夕食も食べるように言ってある。無口な大食漢の彼女ならペロリだろう。生徒の前なのにビールをカパカパ飲んで酔っ払った先生は、夜道でカブトムシとクワガタはどっちが強いのかという話をしていた。ちなみにカブトムシらしい。角が一本のぶん、気合が入るとのことだった。
隣を歩く先生は、自然と車道側にでる。先生のほうが身長低いから、それがおかしい。しかも千鳥足だから不安になって、私は先生の腕を取る。きっと背丈が低くて、酔いが回りやすいのだろう。そんな先生も、私の腕を同じように掴んで聞いた。
「こんど、実技試験があるでしょ? 魔術が使えないけど、どうしようか?」
「あっ!!」
「にゃはは、もしかして、忘れてた?」
「そうでした! どうしましょう!」
私魔術が使えなくて実技パスしてたんだった!
魔術が使えない理由が分かっても、魔術がすぐに使えるようになるわけじゃない。そんなの当たり前なのに、浮かれすぎてるなあ、私は。
「すぐにコゼットさんに合うような、扱いやすい魔道具を見繕うよ。あまり強くないけど、対魔術師戦の、スタートラインに立たないとね」
先生は、にこっと笑ってそういった。先生が笑うのに合わせて、私も笑う。
「魔眼、開かないとね。そうすれば、何が干渉しているか、わかると思うから」
これで、私の問題は、一応の解決の目を見たのである。結局は、当初の目論見通り魔眼の開眼をシプリスに通いながら待つというものだけど。
でも先生と話して、魔眼の知識を得て、それが有効打であることを確認できたのは大きな収穫だった。少なくとも、前みたいに闇雲に走っているわけではない。
「先生、先生って、すごい......」
「うっ、気持ち悪い」
「先生!?」
先生が口を塞いで俯く。
この酔っぱらい、かぱかぱ飲み過ぎなんですよ。せっかくすごいって思ったのに......
明るい夜道に、私達二人。だれも、生徒と教師だなんて思わないだろう。じゃあ.....姉妹? わはは、似てないか。
そんな明るい空気とは裏腹に、ただ一つ、考えてることがあった。
先生の魔眼がスルスを拒否するなら、どうやって魔術を使ってるんだろう?
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