第22話 君内風華。匂いマシマシ、愛情マシマシ/御船美琴、細胞分裂永遠不死/豪華二本立て注意報

「それじゃあこれで配信終わりまーす! また明日ね!」


 ”お疲れ様!”

 ”今日も遅くまでありがとう!”

 ”風華ちゃんおやすす”

 ”無理しないでね”

 ”身体あったかくして寝てね”

 ”さよなブラック!”


 配信を切ったは、いつものようにジップロックを取り出す。


「――すぅすぅ、ああ……黒羽くん、黒羽くん、黒羽くん、黒羽くん」


 しかしそのとき私は感じた。


 匂いが、確実に薄まっていることに……。


「足りない、足りない、足りない……」


 そして私は、決意した。


 翌日、学校に登校中、勇気を出して私は、ジップロックからハンカチーフを取り出す。


 心臓が破裂しそうだ。


 宝物が酸素H2o窒素N二酸化炭素CO2 に触れてしまう。


 思わず叫びそうになりながらも、声を押し殺し、元気よく声をかける。


「黒羽くん、おはよ!」

「ああ、君内さんおはよう。配信、遅くまでお疲れ様」


 私はその言葉に衝撃を受けた。

 あまりの嬉しさに心臓が8ビートを刻みそうだ。


「み、みててくれたの?」

「うん、あ、でもなんかごめん。嫌だったかな?」

「そんなことないよ! 嬉しいよ」

「凄いよね。ダンジョン攻略もしながらなんて、無理しないで」

「……生涯年収まで頑張るから」

「え? 今なんて?」

「何でもないよ」


 そして私は何でもない会話から作戦を実行しようとした。

 少しだけ小走りして、前に立ち、そしてハンカチーフを落とす。


 できるだけニギニギしてもらいたいので、拾ってくれた後は会話を続ける。


 やれる。私なら。


 トテトテトトテ。ポテ。


 優しい黒羽くんならきっと取ってくれるだろう。

 しかし一向にその気配がなかった。

 

 振り返ると、そこにいたのは美琴さんだった。

 明るくお話している。


 ……私の作戦が。


 いや、落ち着こう。

 今は朝の登校中、誰かいるのは当たり前だ。


 静かに拾おうとしたら、そこにはデカい体躯があった。


「お、なにか落としたぜ君内ぃ」


 ごんぞう君だ。


「お、おい君内?」


 さようなら。


「君内、ハンカチいらねえのか!?」


 もういりません。


「お、おい!?」



   ◇


 こんなこともあろうかと、ハンカチーフはいくつも持ってきている。

 問題はない。


 次は体育の授業だ。

 その後が一番のねらい目。


「ふう、疲れた」


 体育が終わり、私は、ハンカチーフをふたたび落とす。

 すると、声が聞こえた。


「君内さん」

「ん?」


 作戦は大成功だ。

 振り返ると、そこには黒羽くんがいた。


 しかし手には何も持っていない。


「どうしたの?」

「さっき先生が呼んでたよ」

「え?」


 違う。そうじゃ、そうじゃない。


 地面のハンカチに気づかなかったらしい。

 まだ落ちている。


「じゃあ、行ってくるありがとう」

「うん」


「君内ぃ! ハンカチ、落としてるぜ! おい、君内!」


 ごんぞう君って、死んだら誰か悲しむ人いるのかな?



 

 それから何度も頑張ったけれど、どれも失敗に終わった。


 その日のダンジョンは、あまりよくなかった。


 帰り際、私はとぼとぼ歩いていると、後ろから声を掛けられる。


「君内さん!」

「はい?」

「ハンカチ、落としたよ!」

「え? あ、ありがとう!!!!!!」


 その手には、しっかりとハンカチが握られていた。


「はいこれ」

「ありがとう。いつの前に落としたんだろ?」

「さっき落としてたよ。はいこれ」

「いつも落としちゃうんだよね。あんまりハンカチ持ってないから、良かった」

「そうなんだ。はい、これ」

「その柄、カワイイでしょ? お気に入りで」

「確かにね。な、なんで受け取ってくれないの?」


 その夜、私は初めてのエクスタシーを覚えた。


「すぅ……はあ……すぅはぁ……」


 うーん、やっぱり最高


 そういえば、なんでダンジョンの近くに黒羽くんがいたんだろう。


  ◇


「ふむふむ、それで不老不死の能力はダンジョンでまだ発見されてないんですか?」

「そうだね。ただ、ありとあらゆる能力や魔法が、日夜発見されてる。もしかしたら今後、そういった可能性は高いかもしれない。――って、君、大学生? やけに研究熱心だね?」

「あ、いえ!? まだ高校生です。その、なんというか、永遠の命・・・・に興味があって」

「ほう、そうなんだね。いいことだ。夢か何かあるのかい?」


 日曜日、私は近くの大学の講義にお邪魔させてもらっていた。

 親のコネだけれども、こういった話を聞けるのはありがたい。


 私は、自信満々に答える。


「はい。愛する人と永遠の命を手に入れることができれば、ずっと幸せだと思うので!」


 翌日、学校の授業中、黒斗の後ろ姿を眺めていた。

 とても綺麗なうなじだ。


 そういえば最近、ブラックチョコレートにはまってるといっていた。

 ブラックコーヒーは飲めないのに。そもそも苦いのが嫌いなのに。


 ふふふ、カワイイなぁ。



「また勉強か、いつも偉いな」


 放課後、図書館で本を読んでいると、黒斗に声を掛けられた。

 その手には多くの本を持っている。


「えへへ、でしょ? 黒斗は……なにそれ?」

「黒い文献を調べてるんだ。漆黒、暗黒、深淵、黒は200種類もあるんだよ」

「そうなんだ。――かっこいいね」


 黒斗はいつも勉強熱心で、私も負けられない。

 時間は有限だ。


 人間の寿命は短い。全盛期なんてあっという間に過ぎる。

 究極の愛は無限だと思う。


 いつか崩壊する星を眺めながら宇宙空間を漂うのも、悪くないのかもしれない。


「それ何、不老不死?」

「そうね。医療についてもちょっと調べたくて」

「美琴はいつも偉いよな。将来はダンジョン治癒者になりたいんだろ?」

「一応ね。私の能力は身体能力の強化だけど、細胞を変化させることでそうなってるの。いつか他人に役立てるかもしれないしね」

「あんまり無理するなよ。ダンジョン配信も頑張ってるの見てるから」

「ふふふ、ありがと」


 本当に黒斗は優しくていい子だ。

 私が守ってあげたい。


 何もかも。――寿命からも。


 そして私は、そのことを風華さんに話した。

 すると、嬉しそうに顔を輝かせた。


「それ、最高だよ。御船さん!」

「ほんと、わかってくれるの?」

「私も手伝う! 永遠の命! その手があったんだね!」

「うん!」


 彼女のことは正直、最初は敵だと思っていた。

 けれども違う。風華さんは、とてもよく黒斗を見ている。


 永遠なら、少しぐらいおすそ分けしてもいいよね。


「今度、大学の講義行くんだけど一緒に行く?」

「行く! あ、そうだ。――宝物なんだけど、一つ、あげるね」

「え? これってハンカチ?」

「ふふふ、凄いよ。飛ぶ・・よ」


 人と人との出会いも有限だが、私は、とてもいい人に巡り合えている気がする。


 もちろん、ブラックさんとも。


「そういえば今日もダンジョンだね。――ねえ、どう思う? 黒斗に似てると思わない?」

「私も……思ってた。でも、性格が全然違うよね」

「確かに……」


 まあでも、永遠の命があれば問題は全て解決できる。


 ゆっくり解き明かしていけばいい。


「じゃあ今日もダンジョン頑張ろうね、風華ちゃん」

「うん、頑張ろうね!」


 私たちの物語は、これからだ。


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