第9話 まさかの修羅場(しゅらブラック!)

「どうぞ、フカヒレスープでございます」


 丸いテーブル、丁寧な店員さんが超高級スープをさっと置いた。

 周囲は煌びやかな赤で彩られており、竜の絵柄が描かれている。


 いま俺がいるのは、大きな個室だ。

 

 鼻に、いわゆる中華の匂いが漂っている。


 これ、確か満漢全席っていうフルコースのヤツだよな? 一体、いくらするんだろう……。


「黒羽くん、気にしないで。誕生日だからね」

「は、はい。君内さん」

「黒斗、ほらちゃんとエプロンつけなきゃダメだよ」

「あ、ありがとう美琴」


 おわかりいただけただろうか。


 今俺は、ブラックとしてではなく、高校生黒羽黒斗としてここにいる。


 配信が無事終わり、俺のダンモン(色々版権がヤバイので今後はこれで統一)コレクションを見せたところ、コメントが追えないほど流れていって大盛況? で終わったのだ。

 みんなやっぱりモンスターが好きらしい。


 男の夢をわかってくれたのは、非常に嬉しかった。


 それに君内さんと、驚いたが美琴がいてくれたことが功を奏した。


 ブラックは添え物、そう、俺はおせちの黒豆みたいなものだ。いや、それも失礼か。


「お、美味しい……」


 そんなことを言いながらフカヒレスープを一口、芳醇な味が広がった。


 そもそもなぜ3人でいるのかというと、さよならブラック! と言いながら闇に消えた後、こっそり帰ろうとしたら、なぜか地元の駅近くで君内さんと美琴が待っていたのだ。

 まあ、今までずっといたんだが……。


 で、すっかり忘れていたが俺が誕生日だということで、君内さんが馴染の中華店に連れていってくれた。


 久しぶりに餃子でも食べるかー! と喜んでいたが、今の俺の口にはフカヒレが広がっている。


 別に料理に優劣があるわけじゃないが、そういうことだ。


 さ、さすが有名配信者、ブラックとは違う。


「わ、フカヒレ美味しい……。君内さん、でも本当に私までいいの?」

「もちろんだよ。二人は幼馴染でしょ? むしろ、私がお邪魔しちゃってごめんね」

「そんなことないよ。それに、さっきは凄かった。ブラックさんも、来てくれたら良かったのにね」

「そうだね。忙しいのかなあ?」

「配信見てたよ。ブラックもそうだけど、二人も恰好良かった」


 落ち着いてみると、二人が仲良くしているのは、俺としても新鮮で、それでいて嬉しかった。

 死線を乗り越えれば強くなる。それは、ダンジョンでよく言われていることだ。

 しかし、なぜか君内さんの視線が強く感じる。なんでブラックの話をするたびこっちを見るんだろう?


 そういえば美琴は、誰かの誕生日プレゼントの為にダンジョンに行ったといっていた。

 俺と被ってるなんて、凄い偶ぜんだ――。


「はい。欲しがってたでしょ? ブラックリング」

「え、これ俺に?」


 慌てて振り返るが、そこには誰もいないブラック。


「うん。だいぶ前に約束してたよ。誕生日、一緒に過ごそうねって」

「……そういえば」


『誕生日、祝ってあげるよ。どうせ友達いないしね』

『そりゃどうも』

『何がほしいの?』

『うーん、前に配信見てたらブラックリングが――』


 ……凄いな覚えてくれてたんだ。


 ありがブラ――いや、ちゃんとお礼を言おう。


「ありがとう。すげえ嬉しいよ。美琴」

「えへ、良かった」


 そのとき、君内さんが静かに見ていた。

 北京ダックを取り分けるナイフを片手に。


「ねえ……二人とももしかして付き合ってるの?」

「え? ち、違うよ!? ねえ、黒斗!?」

「そうだよ君内さん俺たちはただの幼馴染で」

「……そうなんだ」

「え、美琴、何かいった?」

「何もー。あ、この北京ダック美味しいよ! みんなで食べよう!」


 よくわからないが、さすがに美琴に悪いだろう。

 幼馴染とはいえ、彼女は凄くカワイイ。

 いつか彼氏ができるんだろうな。


 ……ちょっとだけ、なんかモヤっとするのは気のせいだろうか。


「御船さん、良かったら今度また、一緒に配信しない?」

「いいの? 私で良ければだけど」

「ブラック様の連絡先は聞いたし、探索者アプリでメールしてみるよ。電話番号は教えてくれなかったけど」

「あはは、そうだね。ブラックさん、来てくれるかな?」

「きっと喜ぶブラック」

「「黒斗/黒羽くん、今何か言った?」」

「何もない」


 それから俺たちは凄く有意義で、凄く楽しい配信会話をしたり、学校でのお話もした。

 君内さんは意外にも話しやすくて、占いも得意らしく、俺の好きなものとか、嫌いなものとか、血液型、お風呂でどこから洗うのとか全部当てられた。

 意外な才能って、ああいうのをいうんだろうな。


 俺はブラックだと言おうかと考えたが、思いとどまった。

 二人とも、ブラックが好きみたいだ。


 俺だ、というと、夢が壊れてしまうだろう。


 夢の国のブラック。イメージを大切にしよう。


 そして俺は、手元のブラックリングを見つめた。

 カッコイイ。


「……なんか抜けないなこれ。まいいか。そういえば君内さんにももらったこれもカワイイな」


 俺は、悪魔人形を持ち上げた。とても黒くてカワイイ。

 でもどうして君内さんは、俺が誕生日だと知ってたんだ?


 しかもこれ、前から欲しいと思ってたヤツだ。


 ん? なんかちょっと重たい? いや、こんなもんか。


 まいいか。


 明日も頑張ろうブラック!


  ◇


 黒羽黒斗ことブラックが去っていった後、御船は笑顔だった。

 余韻と幸せに浸っている。


「黒斗、喜んでくれたかな」

「――御船さん」


 そこに現れたのは、君内風華だった。

 いつもと同じ笑顔だが、どこか雰囲気が違う。


 その様子に、御船は怯えた。


「ど、どうしたの? さっき電車で帰るって!?」

「乗り遅れちゃって。ねえ、良かったら一緒に歩いて帰らない?」

「え? もちろん!」


 そして二人は、たわいもない会話していた。

 そのとき、君内が訪ねる。


「ねえ、御船さんって好きなの? ――黒羽くんのこと」

「え? ど、どうして?」

「そんな顔してたから」


 君内の真剣な瞳、その質問に、御船は少しだけ考え込んだ後、空を見上げた。


「どうだろう。わかんないや。でも、一緒にいて癒される、かな。それに、私はもっとわかってほしいんだ」

「……わかってほしい?」

「黒斗、本当はもっといい子だし、常に頑張ってる。もっとみんなに認められていいと思うんだよね。だから、その支えができたらなって」

「……そう、だよね。私も……そう思う」

「本当? 良かった。でも、君内さんがいてくれて楽しかった。今日はありがとうね!」


 御船は、そういいながら君内の両手を掴んだ。

 君内は真剣な表情から一転――ふっと笑う。


「ふふふ、御船さん、可愛いね。――いいね」

「え、か、かわいくないよ!?」

「そんなことないよ。――御船さんが良ければ、もっと、三人で遊んだりしたいな。それこそ、住んだりしても楽しそう」

「あはは、なにそれ。ルームシェアっていうやつ? でも、面白そう」

「してみたい?」

「え? ど、どうしたの?」

「ねえ、してみたい?」

「まあ、ありかなって思うけど。それより君内さん、思ってたよりぐいぐいなんだね。話しやすくてびっくり」

「ふふふ、ふふふ。二人分、かあ」

「え、二人分って?」

「何でもないよ。おてて暖かいね、御船さん」

「そうかな?」

「お仕事……頑張らないとなあ」


 君内が静かに呟いた同時刻、ブラックこと、黒羽黒斗は空を見上げていた。


「わああ、空が黒くて綺麗だなああ」


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