汝、死を想え~最弱の死を越えし者、いずれ世界を変えん~
高橋鳴海
君が君だけの『死』を見つめるまで
第1話
アイツは、ちゃんと逃げきれただろうか。
そんなことを思いながら、柱に寄りかかり体を休めて、少し後悔した。
どうにも体が動かないにない。
理由は血を流しすぎたからだろう。
そりゃまあ、そうだよな。片腕を吹き飛ばされた後で、あの化け物の視界から外れただけで立派ってもんだ。気力だけでここまで持ってきただけ、褒められてもいいだろう。
時間稼ぎの捨て石としては十分な役割を果たせたのではなかろうか。
とはいえ、ここで死ぬつもりは毛頭ない。無事ではないが、生き残って帰る。最後まで、足掻くさ。
「ふんッ!」
これ以上動きたくないと駄々をこねる体に、グッと力を込めて立ち上がる。
よろける体を気持ちだけで支えて、一歩、踏み出した。
その時だ。
「はは、マジかよ」
轟音が響き、壁を突き破って体に数え切れぬほどの目を持った異形の巨体が現れる。
どうやら壁を突き破って来たらしい。
視界から外れればどうにかなると思っていたが、どうも五感そのものが良かったらしいな。傷が塞がるまでは待っていて欲しかったのだが……
乾いた笑いを浮かべるので精いっぱいだが、動揺している暇はない。
振り下ろされる拳を間一髪で回避。
ゴロゴロと転がりながらちらりと寸前まで自分が立っていた場所を見れば、下の階へと繋がる大穴が一つ増えていた。
「うっへえ」
あんなん食らったら一発でミンチだ。
俺の右腕はミンチどころか壁のシミにすらなれなかったけどな!
出来るのなら食らいたくない類の攻撃ではあるが、さっきの回避も攻撃の余波で発生した圧に体を乗せてどうにか回避しただけだ。
俺の今の身体能力じゃ、どうあがこうとも避けきれない。
運が良ければあと数度ぐらいは躱せるだろうが……いずれにせよ、ジリ貧だ。
唯一の逃げ筋は下へと降りることだが、今下に降りれば確実にアイツらを巻き込むだろう。それだけは避けなくてはならない。
そして、それを避けるには一度上へと逃げる必要がある。が、走って逃げても速度で負けてるなら、すぐに追いつかれる。
何それ、無理ゲー。誰だよ、こんなクソゲーみたいな状況作り出した奴……
「俺でした! ってな!!」
迫る一撃を先ほどと同じ要領でかわし、走り出す。
追いつかれるにしろ何にしろ、距離を開けておくに越したことはねえだろ。
「ゲゲッ」
野郎笑ってやがる!
けど俺も同じ状況なら笑う自信があるから文句言えねえなあ!
一方的な狩りは楽しいよなあ! クソがよ!
走る走る走る。ジグザクと方向を変えながら馬鹿みたいに広いモールの中を走り抜ける。
目的地は中央のエスカレーター。階段を目指しても良いのだが、今の位置から近いのはそっちの方だった。
ヤツを撒くために多少遠回りをしながら、あと目的までもう少しというところまで来て、ふと気が付く。
何故、俺はまだ逃げられているのか、と。
「まっず!」
慌てて進路を変えようとしたその時、服飾品売り場の品物が弾け飛びヤツは現れた。
横ぶりの攻撃。直撃は回避。
しかし……
「があッ!?」
その攻撃の余波だけで俺の体は吹き飛ばされた。
壁に体を打ち付け、崩れ落ちる。
「どう、なって……」
真っ赤に染まった視界では目の前の状況なぞわかるはずもなく、べとりとした感触が額を伝って気持ちが悪い。
立ち上がろうと試みるが、力を入れようにも奇妙な熱を感じるだけで、ピクリとも動いてはくれなかった。腕も足もイカれてしまったのだろうか。
はは、こりゃどうしようもねえな。
「ちく……しょう……」
まだ生きていたい。死にたくない。
心の底からそう思っても、体はやっぱり動かない。
ああ、わかっているさ。ここが俺の限界。
意識を保っているのが精いっぱいで、それすらもう覚束ない。
ああ、こんなことなら、もっと一杯美味いもん食っておけばよかった。
「死にたく、ねぇなあ」
そう最期に呟いて、こちらへと近づく重たい音から半ば逃避するようにして、俺は意識を手放した。
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