第18話 力の差

「こういうのが来た時はきちんと報告しろよなぁ」


 黒髪に赤い目をした男はねっとりとした口調でシェンヌに呼びかける。


 シェンヌは声も出せない程怯えており、先程から震えっぱなしだ。


 その間にも黒い鞭は俺を捕えようと蠢いているが、弾き、躱し、何とか近づこうと試みる。


 しかし本体である男のもとにはまだ遠く、このままではいつたどり着けるだろうか。


「お前は一体何者だ。何故この森を襲った」


 鞭に絡み取られぬように気をつけながら声を掛ける。


 シェンヌからの注意を俺に移さねば何をするかわからないからだ。


「お前に答える義理はねぇよ」


 そうは言いつつも視線は俺に向けられる。


 眉間に僅かに皺を寄せているが、口元の笑みは絶やされていない。


 まだ余裕がある、という事か。


「それは残念だな」


 近付くにつれ、攻撃が重く、早くなっていく。


 鞭が体を掠め血が滲むが、足を止めるわけにはいかない。止まったら最後、あの鞭に絡め取られ、切り刻まれるだろう。


 自分の代わりに粉々になった木々達を見て、危機感よりも高揚感を覚える。


 久しく会わなかった強敵との相対に、気持ちが昂っているらしい。


(このような相手と戦うなんてなかったな)



 自分と同等、あるいは格上の者など数えるくらいしかいなかった。


 この状況を楽しいと思うのは不謹慎だろうが、内から湧き出る気持ちは無意識だから仕方ないだろう。


「ちょこまかと動きやがって……!」


 男との距離はあと僅かだ。


 鞭をかい潜り、一気に間を詰める。そして男の顔面にむけて拳を叩き込んだ。


「?!」


 拳は確かに当たった、けれど手応えがまるでない。


(まるで水を殴ったような感触だ……)


 そう認識するより早く、男の体が崩れ落ち、黒い泥状となって俺の体に纏わりついた。


「くっ……!」


 引き剝がそうとしたが、もう遅い。


 ギリギリと締め付けるそれは、少しでも力を抜けば俺の体を一瞬にしてバラバラにするだろう。


「ソレイユ様!」


 シェンヌの声が森に響く。


「へぇ。様づけとはこいつ相当偉いのか?」


 声のする方に目を向ければ、そこに男は立っていた。足元は黒い泥状となっていて、原型は留めていないが、俺の体に巻き付いているものと繋がっていた。


(この気色悪い物体はこいつの体の一部か?)


 気づけば先程まで俺を襲っていた鞭も消えている。


 あれらもこの男の一部だった可能性があるな。男が俺に近づき、まじまじと顔を見てくる。値踏みするような目が何とも不愉快だ。


「強い奴なら使い道があるな。お前もシェンヌのように俺の言う事を聞くならば助けてやるぜ?」


「断る」


 間髪置かずに答えれば男はゲラゲラと笑った。


「弱い癖に威勢がいいなぁ、お前」


「ソレイユ様は弱くなどありません!」


 男の言葉を否定したのはシェンヌだ。


「彼はとても強く、皆の憧れの神です。あなたなんかに負けるなんてしない」


 体を震わせ、俺を擁護するような事を言ってくれる。


(シェンヌは俺の事を知っているのか)


 そう言えば名を聞かれもしなかった。


 あれは知っているから聞く必要がなかったというのか。


「強い? 俺に負ける様な神が? そうであれば随分と質が落ちてるんだな」


 けたけたと笑い続ける男はそのままシェンヌを手招きした。


「きゃっ?!」


 シェンヌの体が引き寄せられるように男の元へと向かう。体についていたあの黒い縄のようなもののせいみたいだ。


「お前、あの男神が好きなのか」


 揶揄うように言われ、シェンヌは顔を赤くし、きっと男を睨みつける。


「だから俺に報告しなかったんだろ? 特別なんだな」


「うっ!」


 黒い鞭が俺の首に巻き付き、締め上げて来る。


 息が出来ず、苦しい。


「やめて!」


「素直に言いなよ。俺はお前が好きなんだ、だから気になるんだ。この神の事を好きなのか知りたいんだよ」


「違うわ。彼は特別な神様なの、特に私達のような神にとって」


 少しだけ首に巻き付いた鞭が緩んだ。


「良かった。なぁシェンヌ、俺は別にお前を苦しめたいんじゃないんだ。ただ愛しいお前と一緒に居たくてこんな事を……」


「いい加減にしろよ、この身勝手野郎」


 怒りと苛立ちで体が震えた。


「こんな勝手をして、シェンヌの事が好きだと? こんな事をして好かれるなんて、本当に思っているのか?」


「あぁ?」


 明らかに不機嫌な顔と声に変わる。


「脅し、力で従わせて自分のものにするなど畜生のすることだ。恥を知れ!」


「俺達ハディスに向かって畜生なんてよ。お前余程命が要らないんだな?」


(ハディス?)


 聞きなれない言葉だが、それどころではない。


 再び体に回された鞭に強い力が込められたのだ。


「ぐぅ……!!」


 力を込め、抵抗するが先程の比ではない。


 体のあちこちから血が噴き出す。


「ソレイユ様!」


「見てろよシェンヌ。特別だが知らないが、俺に逆らった奴がまた粉々になるのをな」


 また? という事はこの男に逆らって命を落としたものが居るという事か。


「許せねぇ」


 だがこのままでは勝てない。


(何とかしないと、せめてあと少し、力があれば)


 今のままでは燃やし尽くすにしても力が足りない、シェンヌを見た後、俺は天を仰いだ。




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