第13話 海の神々

「あの、この方は?」


 てっきりソレイユだけかと思っていたのに、共に来た男性がいて驚いてしまう。


 水色の長い髪をきっちりと結び、身長はソレイユよりもやや低い。やや細身の体格と見慣れない服装から、天空界の者ではないとは予測がついた。


「すまない、勝手についてきたんだ」


 ソレイユは不本意だという表情を隠しもせず、失礼な言葉を言うけれど、男性は反応を示すこともない。


 (じっとしたまま動かないのだけれど、どうしたのだろう)


 視線がこっちに向けられているために、自分が誰なのか気になっているのかもしれない。


 このまま何も言わないのも良くないと思い、勇気をもって声を掛ける。


「あの、初めまして。ルナリアと申します。新たに月の神となりましたので、よろしくお願いします」


 頭を下げて挨拶すると、ようやく反応してくれた。


「海底界のリーヴです。初めまして、ルナリア様。よろしくお願いします」


 海底界?


 となるとこの前ソレイユが伺ったのは、この方のところなのかしら。ちらりとソレイユを見れば嫌そうな顔をしたままだ。


 きっとこの男性がソレイユが苦手とする方ね。


「海底界のリーヴ様ですね」


 笑顔を抑え、差し障りのない言葉で応じる。


 ソレイユが好感を持たない相手と親しくなんてしたくないから、少し距離をおこう。


 そう思って素っ気なくしたのに、何故かリーヴは嬉しそうな顔をしている。


「ルナリア様。色々と大変な事や困った事があった際は、ぜひ僕が相談に乗りますよ。このような慣れない席はさぞ疲れるでしょうし、悩みも尽きないかと思われます。そうだ、良ければ外にでも行き、ゆっくりとお話はしませんか?」


 矢継ぎ早に言われ、困惑するわたくしを隠すようにソレイユが間に入ってくれた。


「リーヴ、やけに饒舌だな。俺の妹ならば惚れる事などないと言ったのは、どこのどいつだ」


 妹と言われ、胸が痛むが今はそれどころではない。


 二人がそのような変な話をしていたなんてと気になった。


「挨拶をした後、話をするくらい普通の事でしょう。それにルナリア様はこういう場は初めてですし、海底界の知り合いもいない。ならば僕が代表で彼女の力になります。それにしても何と上品でとても美しい方だ、まさに月の神に相応しい」


 初対面なのに、わたくしの何を知ってそんな事を言うのかしら。


 憶測でそのような事を言われるなんて、不気味というか気持ち悪いというか。不快さを感じ、ソレイユの背中にぎゅっとくっつく。


「リーヴ殿。そのような話を急にされては困ります。初対面でよく知りもしない相手からそのように言われては、警戒するものです。ルナリアも怖がっているではないですか」


「すみません、ルシエル様」


 兄様が窘めると、さすがにリーヴも強くは言い返せないようで、素直に頷いてくれる。


「謝るべきは私ではなく、二人に対してだ」


「……失礼しました」


 短い言葉で声も小さい。わたくしになのかソレイユになのか、謝るのは不本意みたいだ。


 その態度にソレイユも苛々が増したようで、語気強く言い放つ。


「お前にルナリアはやらないからな。妙な希望は持つなよ」


 妙な希望とはわからないけれど、こんな男とこれ以上話すのも嫌。


 拒否の姿勢を示すために、ソレイユの服を掴み、軽く引く。


「嫌です、わたくしはどこにも行きませんよ」


 少なくともソレイユと離れたところになど行きたくはない、想像するだけで不安と悲しみが波のように押し寄せて来る。


 わたくしの不安を感じ取ってか、ソレイユは優しく背中に手を回してくれた。


「どこにも行かせない。だから心配するな」


 ソレイユの大きな手に撫でられ、その温かさにホッとする。


(どこにも行かない、わたくしはずっとソレイユの側に居る)


 けれどリーヴはわたくし達のやり取りに、不満そうであった。


「ソレイユ。あなたは知らないのでしょうが、月と海は密接な関係にあります。だからルナリア様は天空界にて生涯過ごすより、海底界に来て二界の架け橋となる方が、皆の為にもなるし、望ましい事です。それに月の神と言えば強い力を持つ者が担うくらい、次期海王神となる僕と一緒になれば、より力の強い神が生まれます。ですから――」


「お言葉ですが、リーヴ殿」


 気分の悪い言葉を喋るリーヴを兄様が止めてくれる。


「あなたはソレイユの妹だからルナリアを好きになる事はないと、以前おっしゃられていましたね。私はそう報告を受けていますし、ソレイユからも聞いている。舌の根も乾かぬうちにそうして前言を撤回するような輩に、大事な妹は託せません」


 都合の悪い事を言われた為か、リーヴが焦っているのが分かる。


「それはルナリア様に会う前の話で、言葉の綾です。彼女がソレイユの妹と聞いて、ならば粗忽な者だろうと惑わされたのです」


「噂に騙され、軽々しくも暴言を吐き、ソレイユの尊厳を軽んじる者に、どっちみち妹は渡せませんよ」


 バッサリと断りを入れてくれる兄様に、頼もしさを感じる。


(それにしても次期海王神なんて、この方こう見えて凄い方なのね)


 自分が言うのもおかしな話だけれど、何というか、まだ子どもみたいと思ってしまった。


 ソレイユに負けたくない一心で、自分を上に見せようとしている、そんな雰囲気が漂っている。


(同じ跡継ぎにしても兄様とは大違いだわ)


 思いがけずに兄様がどれだけ頼りがいがあり、頼もしい存在であるかを再確認する事となる。


「ありがとうございます、ルシエルお兄様」


「いや、行きたくない者を無理に嫁がせたりはしないさ」


 兄様が笑みを見せたその時に、聞きたくない声が耳に入ってきた。


「儂に断りもなくそのような話を勝手にされては困るな」


「お父様……」


 口を挟んできたのはお父様だ。


「まぁ余所に行かせる気はないが、それを決めるのは儂だぞ。ルシエル」


「……申し訳ございません、差し出がましい真似を」


 兄様はすぐに切り替え、無表情で謝罪を行なう。


「ほう。この娘がジニアスの子か、確かに可愛らしい。誰にも見せずに隠しておきたくなるという気持ちもわかる」


 値踏みをされるような視線を向けられ、背筋がぞくっとした。


 深い紺色の髪と同色の瞳をした男性が、わたくしを頭の先からつま先まで隈なく見つめて来る。


「リーヴが見初めるのも無理はないな」


 口元に笑みを浮かべるものの、その目は笑ってはいない。


 父様と一緒に来た事、そしてリーヴを呼び捨てにするのだから、この方が海王神様だろう。


(とても怖い……)


 直感ではあるが、初めて会う海底界の最高神も、父様のように恐ろしい神のようだ。


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