第14話 茜ちゃん、初めての駆逐

「ウイルス散布までどれぐらいだ?」


 ベッドにストレッチャー、ロビーのソファをバリケードに院内で立てこもるテロリスト達。もといナニソレスキー達。


 入口付近の彼等はライフルをリロードしつつ、時計の針を気にする。気付けば短針は百八十度回っていた。


「予定通りならあと十五分」


「リーダーのナニソレスキーなら上手くやるだろう。こっち全員は雑兵スペッ――」



 直後、ナニソレスキー達は突撃してきたダンプに轢き潰された。


「「ごぎゃああァァァァァァァァ!?」」


「パパごめんねー! エントランス広めに改築しちゃったー!」


 大型ダンプは受付に衝突して停止する。

 炎上する運転席から飛び降り、茜は『ナニソレスキーだったもの』の上で服の埃を叩いた。


 騒ぎを聞きつけた兵隊はその状況と襲撃者に驚愕する。


「おいアレ、標的だった霧ヶ峰の娘じゃ……」


「はァ、目覚めたばっかのあの小娘が!? このイカれ具合、噂の佐喰ってのじゃ――」


 体格や性格に個体差はあるが、並ぶは全て同じ顔。見渡した少女は力ない溜め息をつく。


「ナニソレスキー……はぁ」


「え、なんで溜め息? そんな胃もたれみたいな反応?」


「これ以上は私のナニソレスキーキャパ超えちゃうから、出てこないでほしい」


 戦場に立った茜は極めて冷静。それどころか口調も緊張感も普段通りの様子。

 莉子の修羅場を同伴していた間に胆力も鍛えられていた。


「中々の度胸だ。そこは褒めて――」


「なんで上から目線で話してるの?」


 茜は即座に銃口を男に向ける。首から下が生まれ変わったように、彼女の体に震えはない。


「ほんと、リッコちゃんの言う通り。頭と体って切り離せば、震えは止まるんだ」


 リボルバーは正確に男の鼻先を睨む。


「はッ、こんな良いとこ育ちな寝起きのお嬢様に撃てるかよ」


 ニヤつくナニソレスキー。だが意外に余裕はなく、彼の頬に汗が滴り始める。


「……お前のそれ、セーフティ外れてねぇぞ?」


「大丈夫。最初から付いてないから」


 ハッタリに動じず銃弾が二発、男達の頭蓋を撃ち抜く。


「えあマっ」

「うそぬッ」


 倒れる二人の男。それを見て茜は初めて、全身に震えが走る。


「どう、しよ……」


 それは紛うことなく、


「――もっと、倒してみたい」


 戦いの愉悦。快楽に他ならなかった。



「侵入者はアイツか! このままぶっ殺したらァ!」


「続け続けぇぇぇぇ!」


 吹き抜けの二階、三階からナニソレスキー軍団が集まり始めた。

 手すりから銃身を構える姿が増えていく。


「クッソ、この手すり高過ぎんだろ……」


「向けるの遅いよー」


「へぁっ?」


 二階のナニソレスキーが一体、頭上を見上げた。


 その時既に、ワイヤーガンで茜は二階通路へ飛び込んでいた。手すりにフックを引っ掛け、巻き取る推進力で彼女は男達を飛び越える。


「上をねらっ……」


「っても遅いよ」


 茜が着地する瞬間、ナニソレスキーの腹をナイフで突く。


 三度、四度、五度刺して無力化。脱力した男は少女の腕力で持ち上げられた。


「お、オイ待っ、何すん――」


「防弾チョッキなかったの。ありがとね」


 通路の銃口が一斉に茜へ向く。その眼光を遮るように、茜はナニソレスキーを抱き寄せる。


「はい、ぎゅっ」


 ナニソレスキーを引き寄せ、その胴をシールド代わりにした。


「あがががががががが!!??」


 背中で弾丸を受け止めさせ、茜は彼の肩から覗いて発砲。あっという間に防弾ナニソレスキーは蜂の巣だ。

 それでも正確に一発づつ、茜は狙撃手を一人一人葬った。


「が、ぇ」


「あと一人。踏ん張って」


 盾ソレスキーを背負い投げて茜もローリング。


 銃弾を躱して移動しながら、残った狙撃手に茜はヘッドショットを見舞う。


「この階終わりっ! 年代物の女子高生からのご褒美ハグはどうだった……って、聞こえてないか」


 使い捨てられた防弾シールドはボロ雑巾になって床の真ん中に転がった。


 ちょうど良い盾が壊れたところで、茜はところどころに被弾した痛みを感じる。


「うっ、流石に全部は避けれなかったなぁ。ここで一回分、使っちゃおう」


 すかさず腰のポーチから注射器を取り出し、静脈にゾンビ薬を注入した。


「ッ、はぁ」


 廊下の奥から第二陣が出現。ライフルと刃物を手にナニソレスキー達が彼女に迫る。


 だが茜には全てが十分の一秒以下の速度に見えた。


 脳を撫でるような心地良さに、血管と神経に走る刺激、心臓の雄叫び。全てが喝采の如く、茜の感覚をクリアにする。

 武者震いに促され、彼女は電光石火で駆け出した。


「なんだろ。いつもより体……軽いやァ!」



 ――霧ヶ峰茜は知る由もなかった。


 あの熱帯密林グンマから埼玉まで脱走した記憶を。解凍途中、ゾンビ化した彼女があの距離を単独で逃げおおせた所以を。


「なんだあの速力のゾンビ!」


「はっ、はや――」


 霧ヶ峰茜はオハピッピ原型種を少女。先天的か後天的か、いずれにしても彼女は免疫を獲得している。


 即ち、並のゾンビとゾンビ化した茜ではスペックのグレードが違う。


「ぎぃぃぃィィィっ、ぅ……」


「うわあああ!? く、来んなバケモンがぁぁぁぁぁ!」


「広がれ! 間合いから逃げろ! 腕当たったら死ぬぞッ」


 踊るように腕を振り、叩くように脚を蹴り飛ばす。理性の飛んだ目と不規則なステップが敵を惑わせ、茜の餌食となる。


 腕がかすり、足が触れるだけで致命傷。一挙手一投足が殺人級の膂力として放たれる。まさに獣の動きだ。


 しかし怪獣は怪人に回帰する。


「うガるァ――あァ、やっと頭回ってきたぁ」


「はぁっ!?」



 定着した原型種のオハピッピ抗体に加え、茜はグンマで莉子の血肉を摂取している。


 最強クラスのゾンビ推薦生の肉とDNA。それは驚異的な身体能力の向上をもたらした――だけではなかった。


(分かる……銃を撃つタイミング、弾の交わし方、敵の位置。全部、なんとなく分かる)


 そして茜の意思が、ウイルスを触媒に潜在能力を引き出させ、完成に導いた。



「これが、私の、最高速度だっ――!」


 この戦場の誰も、彼女自身でさえ予期していなかった。


 佐喰莉子に次ぐ怪物――霧ヶ峰茜の覚醒を。



「アホ共が、下がってろ!」


「おっと、武術家っぽいナニソレスキー?」


 筋肉密度の高い引き締まったナニソレスキーが茜に単騎特攻。


 武術ソレスキーはカンフーの動きで高速の徒手空拳を彼女に浴びせた。


「クッ、かっ、んナッ!」


「遅い、弱い、雑い」


 拳、蹴り、掴み、突き、全てが弾かれる。最小限で最低限の動きで、茜は男の連撃をいなし切る。

 両者、目線はそのまま。涼しい顔の茜と険しくなるナニソレスキーの顔が綺麗に対照的だ。


「はい手薄。ビリビリ」


 息継ぎの間に握ったスタンガンを、茜はナニソレスキーの股下に突き刺す。


「あがあァァァァタマがぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 スタンガンは電流を放出しながら、突起部分が男の下腹部に刺さっていく。

 ついにはプチュっと小さい破裂音が鳴り、ナニソレスキーはショック死した。


「強めのクローン撃破~……けどそうだよね。向こうもゾンビ特攻出来るんだっけ」


 残った兵と他の階で配備だったナニソレスキー全て、ゾンビ化して濁流のように押し寄せた。おぞましい叫びが院内に木霊する。


「うーん……肉腕にナイフ刺してみる? 釘バットみたいに」


 二本の疑似肉腕にナイフを次々突き刺し、ノコギリ刃の鈍器が出来上がる。


 完成品に見惚れながら、茜は濁流へ正面から身を投じた。


「あっはぁ……!」


 ヌンチャクの要領で肉腕を振り回す。連携も取れないゾンビの波に、茜の速度は追い付かれない。


 最速で叩き潰し、斬り付け、弾き出す。ゾンビを掘削するように突き進んで、茜は波の最後尾まで通過した。


 少女の両手には肉の剥げたボロボロの骨だけが残り、背後のゾンビ集団は漏れなくミンチだ。


「終わるだっ、霧ヶ峰ぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 ゾンビにならなかった最後のナニソレスキーがロケランを茜に放った。


「ほいっ」


 その弾を茜は見てから跳んで避ける。


 空中で一回転する間は彼女にとってブランコの一漕ぎ程度。ゆったりと滞空し、男の脳天に銃弾を沈めた。



「――これで弱いのは全部、かな」


 無機質だった廊下が深紅に染まる。

 充満する鉄臭さを誤魔化すように、茜は硝煙の吸いながらリロードを終えた。

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