第4話 武器で歴史がよく分かんだね!

「今は手持ちの装備少ないしー、ちょっとお買い物してからお昼行こっか。茜ちゃん見たいとこある~?」


「そんな呑気に構えてて平気なの……?」


「女子高生がいそいそしてる方が怪しいじゃん? それにさえ寄れたらいつドンパチしてもヘーキだしっ」


 駅前商店街の小さな花屋の前で莉子は立ち止まる。


 彼女が待っていると店の奥から背の高い優男が出てきた。

 落ち着いた緑エプロンと、派手な真珠付きのネイルのコントラストが印象的だ。


「大ちゃんおまたせぇー」


「あらリッコ、おひさ~。そちらのお嬢さんは?」


「さっき助けた子ー。ゾンビ流行る前から監禁されてて、その上で追われてるっぽいのー」


「やだパニックじゃない?」


「何がなにやらって感じで、ははっ……」


 茜はここまでの道中で疲れ切っていた。


「茜ちゃん、こっちは花屋の大祐兄ちゃん。大ちゃんって呼んでる」


「ンフフ。見ての通りさんよ、シクヨロ。茜ちゃん、って言ったかしら?」


「はっ、はい。初めまして、霧ヶ峰茜です……」


「あら、お行儀良くて可愛らしいお嬢さんじゃない。リッコと一緒にいて疲れるでしょ?」


「い、いえそんな!」


 大祐は女の子らしい反応を見せる茜を面白がっていた。


「大ちゃんの取って付けたような口調のが疲れるでしょー。この人、元陰キャだから無理してオネエ口調で会話してるの」


「違いますー! 海外の風潮に逆らう古き良きオネエのプライドですぅー!」


「その風潮、国ごととっくに滅びてるケド?」


「ちなみにヴィーガンも始めたわ。今日も二時間は鶏肉食べてない」


「じゃあそこのテーブルにある食べかけの物は?」


「ドネルケバブ」


 大祐は思い出したようにケバブを取って一齧りした。


「で、ここに来たのは調のためよね?」


「うんっ。新作も見たかったとこだし」


「オッケーよ。そこ座ってお待ちなさいな」


 店の奥に戻った大祐は何かを漁って、ガチャガチャと重たい金属音を鳴らした。


「莉子ちゃん、なんでお花屋さんに?」


「まあまあ、見てれば分かるよ~」


 大祐が戻ってくると、レジ前にドカッと段ボールを置く。中にはギッシリと四十四口径マグナムの弾丸が詰められていた。


「はいこれ、リッコ用の弾丸。ダースで仕入れといたわ」


「大ちゃんありがと。お代は前と同じく学校で」


「毎度あり~」


 莉子は弾丸を新作コスメのように眺め、大祐も「今期のオススメ、今話題の~」とアパレル店員のように紹介する。


 その光景に茜だけが置き去りにされていた。


「な、ななな!?」


「大ちゃんのお店、下手な販売店より銃火器が充実してて気に入ってるんだぁ~」


「国営の専門店には敵わないけど、そこらのチェーン店には負けないわよ」



 ――対ゾンビ兵器販売店。


 市街地でのゾンビ駆除を想定し、指定の店舗では武器類及び対ゾンビ用医薬品を販売している場所が秘密裏に存在している。

 一般人の取り扱いが禁じられている武器と薬品を売る販売店の場所は、一部の関係者とゾンビ推薦生しか知らない。



「大ちゃんはマニアックな武器から薬の品揃えも良いからね~」


「ミリオタの趣味も突き詰めれば仕事になるの。あっリッコ、それ致死性高い対人用のだから。間違って自分に打たないでね」


「ほいほーい。次襲われたら使うね~」


「ひ、ひぇ……」


 次々にお出しされるお手軽殺人グッズに茜は本日二度目の尻餅をついていた。


 大祐は彼女を心配しつつも、莉子に武器を渡し続ける。


「リッコがリボルバー以外は近接武器が好きだってことはよ~く知ってるけど、そろそろ強化パーツセットも持っときなさいな」


 手渡されたものを莉子は雑にスクールバックに押し込んだ。


 長ネギのように飛び出すそれは、生々しい人の腕に似た何かであった。


「武器とかと別方向に知らないものが出てきた! 何この肉っぽいの!?」


「これね、ゾンビ技術を応用した。肩とかに付けて、銃とか自動で撃たせるの」


「肉! 腕!! 取り付けるの!?」


「そ。多腕にして、銃たくさん持たせる! へかとんけーる!」


「ゾンビ医療の権威に物好きがいるらしくてね。この国はゾンビ医療以外にも、こういう生体工学が発展したの」


「これはゾンビ推薦生以外も知ってることだから、覚えといた方が良いよー」


 飛び出した肉の腕と見つめ合いながら、茜は未知の常識を前にフリーズしていた。


「それにコレいつもの。強化薬に消毒液、精神安定剤。包帯も付けとくわ」


「ありがと~。今日は大判振る舞いだねぇ」


「可愛い子連れてきてくれた目の保養代よ。あと手榴弾、小型地雷と万能ロープね」


 小道具類を渡し終えると、大祐はスーツケースから数種の武器を取り出す。

 黒く艶っぽい光沢が映える武器が莉子の前に並ぶ。


 手前には莉子のイニシャルが彫られた拳銃が置かれる。


「預けてもらってた愛銃ちゃんはメンテかけておいたわ。富山製のグリップに、スライドは長野の職人お手製の磨き上げ仕様。部品も岐阜から取り寄せた中部の最高級カスタムよ」


「富山は珍しいね。グリップ有名だったっけ?」


「立山連峰に要塞あったでしょ? そこに銃卸すから質の良い部品作るとこ多いの」


「あったねー北アルプス要塞。あの山に戦艦突き刺したみたいなとこ」


「北アルプス、に……戦艦?」


 横で見守る茜の脳内地図にないローカル情報が次々に飛び交う。


 もう私の知る日本はない、と彼女は確信していた。


「ペンやスマホケースの仕込みナイフは京都の老舗。太もも常備用と投擲用、トラップ用の刃物は奈良の刀鍛冶に鍛えてもらったブランド品」


「良いねぇ、欲しかった高級ナイフ~。校長にねだっても買ってもらえなかったヤツ!」


「スタンガン、音響弾、ワイヤーガンはアメ横よ。規格より威力上げてあるから、扱う時注意ね」


「信頼性大丈夫? 最近はあっちまでコンカフェエリア広がって店減ったって聞くけど」


「信用できるサバゲー仲間から貰ったから平気よ。それにアタシたちオタクの街はまだ死んでない」


 ストラップのスタンガンを交換し、爆弾類を衣服や装備の中へ仕舞っていく。


 莉子が新装備にテンションが上がるところ、更なるサプライズが訪れる。


「そしてお待ちかねよ~」


「これは……!」


 ゴトっと目の前に重厚な大筒が置かれた。

 円錐形の弾頭から伸びる鉄の筒。鉄のクチバシの尾にはラッパのような出口がある。


 ――RPG。伝統的なロケットランチャーだ。


「九州から取り寄せたロケランの最新モデル。全六発の新品よ」


「どのくらい新しい? 一昨年の沖ノ鳥島決戦の?」


「さあ? 新品っぽいの向こうのゴミ捨て場で拾っただけだから」


「そっか、福岡産ね」


 クリスマスプレゼントを貰ったように銃身を抱き締め、莉子は背中にロケランを掛けた。


「受け取ったよ大ちゃん。早速使ってくる」


「暴発には気を付けなさいね~」


「これが、これが、普通……ホントに?」


 自分は異世界にでも飛ばされたのか、と茜はブツブツ自問自答を繰り返していた。


「きゃっ、あらやだ倒しちゃった」


 大祐が乙女な悲鳴を上げると、紫に変色した女性の腕がボドッと茜の足元へ倒れる。


「ひぃ!? ぞ、ぞぞ、ゾンビが!」


「あ、ごめんなさいこれアタシのゾンビの腕。本体は居ないから安心して」


 大祐は拾い上げた腕をヒラヒラ振って謝る。


「な、なな、なんでこんなものを!?」


「ドリンクホルダー。ちょうど欲しかったのよ」


「えぇ……」


「ちなみに腕自体はアタシの幼馴染のお母さんの。前にゾンビ化しちゃった時、切り落としもらっておいたの」


「友達のお母さんの手ぇ!?」


「アタシの初恋の人だったのよ~」



 ――この国がゾンビに勝てたのは技術力でも軍事力でもなく、単純に頭のイカれた国民が増えたせいだ。


 と、茜は悪趣味な剥製ドリンクホルダーを目にして思った。

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