第115話(他者視点)
ヒーシャはこれまで、多くの不安を抱えながら生きてきた。
父はヒーシャが生まれて少ししてから行方不明になり。
母は呪いによって今も苦しんでいる。
今のところ、父の遺産が食うに困らない程度にはあるが、それもなにかあった時は解らない。
そんな状況で、考えれば考えるほどに不安は積もっていく。
行動する前に考えてしまうものだから、積極性は微塵もない。
唯一できた親友である幼馴染のナフがいなかったら、ヒーシャはこの年齢まで自分が生きている自信がなかった。
冒険者になったのは自然なことで、母を助けるためという動機と、冒険者以外にまともにできる仕事がなかったという理由で、ヒーシャは冒険者になった。
スキルの大半が冒険者向けのスキルだったこと、まともにコミュニケーションがとれないことが原因で、商人や職人、ギルド職員などの道は断たれていたのだ。
とはいえ、その分冒険者としてのヒーシャは優秀だった。
持ち前の慎重さと、ここぞという時の頭の回転の速さは、自身とナフの窮地を幾度となく救っている。
しかも将来有望ということもあってか、ギルドで最も影響力の強い職員であるレベッカに面倒を見てもらえた。
ナフ以外と冒険者パーティを組めないという欠点はあったが、それを差し引いても優秀な新人と言えるだろう。
だから、それでもいいかという考えもあった。
今のまま冒険者をして、ダンジョンを攻略して。
この街のダンジョンを攻略する頃には、ヒーシャも経験を積みレベルは40を越えているだろう。
ナフは街で工房を継ぐから、ダンジョンを攻略したら冒険者を続けることはできないが、その頃にはヒーシャも一人で戦えるようになっているはずだ。
そうなったら、父のように世界を巡るのも悪くないかもしれない。
そんなふうに考えていたのである。
流されるように。
あのダイヤモンドオーガの事件で、“彼”に出会うまでは。
ツムラという青年だった。
見た目は地味だが、その正体はなんと妖精の愛子。
もともと妖精の愛子は見た目は地味であることが多いというから、納得だ。
そんな彼のおかしいところは、その発想だ。
ヒーシャの抱える呪いを、レベリングに活用するのだという。
レベリング? 活用って?
わからないことだらけだが、ヒーシャは流されるように彼の提案を受け入れた。
彼は愛子というだけあって、他の人とは違う考え方をしている。
家族以外の男性なんて、ナフの父親くらいとしか話したことのないヒーシャにとって、ほとんど初めて接する“異性”。
だというのに、不思議なくらいヒーシャは彼をナフと同じように、近しい存在に感じていた。
きっと、予感があったからだろう。
この不思議なツムラという青年ならば、臆病な自分を変えてくれるかもしれないと。
その予感は、きっと正しかった。
でも、同時に間違ってもいた。
彼はヒーシャにきっかけをくれた。
魔法のアレンジ。
煩わしさによる、リキャストの短縮。
それには、ヒーシャは今自分が持っている意識を変える必要がある。
だから、きっかけはくれたけど、変えてはくれなかった。
当然だ。
虫が良すぎる。
全部他人にどうにかしてもらおうなんて。
でも、ああ、そうだ。
“変えてもらう”のを虫が良すぎると、自分勝手な考えだと考えた時。
確かにヒーシャは思った。
「あ、アタシは……やだ!」
そんな自分勝手なことを考えてもらう自分が、煩わしい……と。
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