第4話
「なに? あたし、シロウちゃんを怒らせるようなことしたっけ? 違うよね? だって、怒るようなことしたのはシロウちゃんの方だもん。どぎつい香水の女や、他の子とも平気で浮気してさぁ」
「だからそれはっ!! お前の気を引くためだったんだよ。な? わかるだろ? だってお前、性格悪いけど、顔だけは可愛いじゃん」
信じらんない。ああもう、あたしなんでこんな男を好きになったりしたんだろう?
「お前の方こそ自覚があったはずだけど? おれがいようといまいといつだって端末に張り付いたままじゃないか。お前は端末機だけ見て、顔も知らない人間に評価されたくらいで調子に乗って。それって単なる自己満足じゃん」
「そんなんじゃないもんっ!! あたし、本気でプロの作家になるんだもん。子供の頃から決めてたもん。挿絵を自分で描きたくて、自己流で絵の勉強して。それに、今の言葉は他のみんなも侮辱したもおなじだよねっ。あやまってよっ!!」
「うん。今の剣幕でうっかり忘れそうになったけど、おれはある抜け道に気がついたんだ。
そうは言っても、相手はシロウちゃんだ。そう簡単に教えてくれたりしないだろう。けど、一応聞いてみる。こいつにとって、一番好きなあたしの顔で。
「……抜け道って、なに?」
「現実的で、誰も死ななくていい方法がたった一つだけ残っていたんだ」
シロウちゃんの目は異様に輝きを増して、反対にあたしの頭の中はにごりきっている。これじゃ、正常な判断なんてつくはずもない。
「お前がおれと結婚すればいいんだよ。そうしたら、
「それだけは絶対にイヤ!!」
「なんでだよ!? さっきまでおれを頼りにしてくれてたのに。戸籍に入ればいいだけのことじゃん? お前、おれと結婚したがってたみたいだし? その後は好きにしてもいいけど? こんなにおれに助けを求めてるのに?」
「あんたがこんな姑息な奴だって知らなかったからだよ。だけど今は後悔してる。あたし、あんたのいない世界に行きたい」
そりゃ、二十過ぎて痛い趣味かもしれないし、夢が叶うかどうかもわからない。けど、こんな形で侮辱するなんて。あたしだけじゃない。サイトに投稿しているみんなのことも侮辱したも同然。そんなこと、絶対に許せるはずがないっ。
あ? もしかしたら、ゴーストイラストレーターの件って。
「まさかと思うけど、あんたがゴーストイラストレーターになってくれってメールくれたの? イタズラで?」
「そうだよ。イタズラってほどでもないけど。少しでいいからお前とおなじ趣味で一体感を味わいたかっただけなんだよ。他の誰かに先越される前にコメント書いたり、できるだけ褒めてやってさ。そしたらなに? おれってイラストになんの興味もないじゃん? そりゃあ面倒くさいわ、つまんないわってな」
もういい。こんな男の話なんて聞きたくない。
今すぐ全部を終わりにしたい。
「だから、ね? おれと結婚してくれよ。お金の心配なんてしなくていいからさぁ。でも、お前が触る端末機はすぐおれがぶっ壊しちゃうかもだけど、かまわないよね? だって、端末機がなくたって、おれと一緒になれるんだから、仲良く暮らしていけるもんね」
その時。あたしは力任せに液タブを両手でつかんで振り上げていた。すべてがスローモーションに見えて、すべてがバカバカしく感じた。
もういいや。
シロウちゃんはいらない。
そうして、液タブを思いっきりシロウちゃんの頭に打ち付けたら、なんだか心がスッキリした。
けど、狭いドアの隙間で挟まっているシロウちゃんはすぐにぐったりして、頭から大量に血が吹き出してきた。すぐに自分のしたことを後悔したけど、本当にもう、これしか逃げ道がなかったんだ。
しばらくの間、ピクリとも動かないシロウちゃんを見下ろしていた。しょうがなかった。と、自分に言い聞かせつづけた。何回も、何回も。
瞬間、それまで少しも動かなかったシロウちゃんがおもむろにあたしの両足首をものすごい力で引っ張った。
「ひっ!?」
喉の奥が焼けつくような痛みを感じて、無様に転ぶ。そしてあたしは、運悪く机の角で頭を打ち付けたあげく、顔の上に落ちてきたパソコンの下敷きになり、絶命したのだった。
だけど結局、あの方って、誰のことなのだろう?
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます