第3話 召喚試験2

 ふるえる手でタマゴをしっかり抱えて、しばらく歩く。

 すると、細い廊下の突きあたりに、人がひとり通れるくらいのせまい階段があらわれた。


 下に向かってながーく伸びている、このうす暗い階段を見るのも、もう数えきれないくらい。

 この階段をくだっていけば、試験会場だ。


 タマゴを落とさないように気をつけながら、階段を降りていく。


 階段のしたには扉がひとつ。青塗りに、縁は金。そして、扉の真ん中には、大きな翼を生やした金のタマゴが描かれている。

 わたしのまえを歩いていたエリーさんは、ためらいなくその扉を開けた。

 き、きた! ついに試験だ!

 緊張でごくりとのどが鳴って、手もがくがくふるえ出した。


「さあ入って。いつもみたいに、タマゴはそこね」


 かべに消えない松明がくくりつけられているだけのうす暗い部屋。床には白いペンキみたいなので不思議な模様が描かれていて、天井には星に似た小さな光がチカチカと瞬いている。

 神聖な空気を感じるこの部屋の中央には、ふわふわの白い羽で包まれた動物用の小さなベッドカゴがある。わたしはその中心にそっとタマゴをおいた。


「いい? いつもみたいに祈るのよ。タマゴの呼吸を感じて、まぶたの裏に映った姿を具現化するイメージを持つの」

「……うんっ」


 エリーさんにいわれた手順を頭のなかでくりかえしながら、タマゴの前にひざをつく。

 そして手を組み、目を閉じて祈りをささげる。


 お願いっ。今度こそ、具現化してっ。


 さらに手と目に力を入れて、強く祈る。

 すると、まぶたの裏に白い光を感じた。タマゴが光ってる! ふわっと頭のなかにピンク色の姿が浮かんできで、興奮する気持ちをおさえてもっと祈った。

 冷静に、冷静に。失敗しないように、落ち着いて。


 ふぅー、ふぅーと深呼吸しながら祈りつづけていると、やがて、ピキッ、ピシッ、と、タマゴに亀裂が入った音が聞こえだす。

 最初は小さかったその音はだんだん大きくなっていって、ついにパキンッと、ひときわ大きな音がした。

 生まれる!

 そう思った瞬間、目を閉じていてもまぶしく感じる強い光がはじけた。


 そして――


「キュ、キュ〜」


 かわいらしい甘えた鳴き声がひびく。

 聞こえた。……聞こえた! 声だ。鳴き声。わたしの、召喚獣ディセーラの。

 おそるおそる、ふるえるまぶたを持ち上げて、片目を開けてみる。羽のカゴの上には、イヌに似たピンクの毛をした生きもの。たれた耳をひょこひょこと動かしながら、黒い瞳でまっすぐわたしのことを見ていた。


「う、生まれた?」


 感動でふるえる手を、そっと伸ばす。


「具現化、できた?」


 あと、すこし。


「わたし、わたし……ついに……っ」


 わたしの手がふわっふわの生きものに触れそうになった、その瞬間。

 ピンクの毛をしたキュートな生きものは、かすかな光に包まれて跡形もなく消えてしまった。

 残されたのは、手を伸ばした格好のまま固まるわたしと、悲しい静寂。


「はい、不合格」


 無情なエリーさんの声がひびく。わたしはひざから崩れ落ちた。


「なんでなんでなんでーっ!」

「本当に、なんでかしらねぇ」


 不思議そうにエリーさんは首をひねり、手に持っていたノートを開く。


「これでタマゴを孵化うかさせた回数、三十二回。これは異例の数よ」

「それはみんな、一回で具現化させちゃうからでしょ〜」


 わたしは床に崩れ落ちたまま床をたたき、しくしくと言葉をこぼす。


「もちろんそれもあるわ。でもね、リディル」


 床にへばりついているわたしの背中に、エリーさんの手がやさしくのせられる。


「召喚に失敗した人もたくさんいるのよ。そして、その人たちは二度とここに足を踏み入れることはなかったの。どうしてかわかる?」

「ううん。あっ、もしかして」


 よくない閃きがおりてきて、顔がこわばった。


「みんな、死んじゃったとか」

「不吉なこといわないの」

「ちがうの?」

「ちがうわよ。失敗した人たちは、またタマゴを見つけることができなかったの」

「え?」

「タマゴがどういう原理で見つかるのか、それはまだわかってはいないわ。だからね、リディル」


 エリーさんはキラキラした目でわたしの手をとった。


「あなたには、なにがなんでも召喚士になってほしいのよ」

「どうして?」

「ナゾに包まれていたことの解明につながるかもしれないじゃない?」


 そういえば、エリーさんは探求熱心だって、聞いたことがある。研究のためには寝るのも食べるのもわすれて、資料室にこもって出てこないんだって。そして頬がげっそりこけた姿で発見されるから、資料室のゆうれいと間違われることがあるとかなんとか。


「今日は不合格だけれど、またタマゴを見つけたらくるのよ? いい? 絶対よ、絶対」

「は、はぁい」


 瞳孔がひらいたギラギラした目を近づけられて、わたしはのけぞりながらうなずいた。

 エリーさんすごい情熱だ。

 わたしも頑張らないと!


 試験会場を出るまえに、今はなにもなくなってしまったカゴに向かって手を組み、祈りをささげた。

 どうか、どこかちがう場所で、今も元気でいますように。


「ほらリディル、行くわよ」

「あ、待って!」


 名残惜しさと悔しさを抱えながら、エリーさんのあとに続いてバタバタと部屋を出た。


 来た道を重たい足取りで引き返す。

 どうして、わたしは具現化ができないんだろう。何度タマゴを見つけても、具現化ができなかったら意味がないよ。

 これじゃあいつまでたっても──


「リディル。どこいくの」


 エリーさんの声にハッと顔をあげる。

 いつのまにか、カウンターのところまで戻ってきていた。あわててカウンターの外に出る。小さな木のカウンターが、選ばれし者を分ける境界線のように見えた。

 わたしは、いつになったら召喚士になれるのかな。


「それじゃあリディル。次も待ってるわね」

「う、うんっ」


 エリーさんはにこりとほほ笑むと、小さく手をふってカウンターの奥に引っ込んでしまった。


 わたしも帰ろう……。

 組合を出ようとトボトボ歩いていると、うつむいてたから人に気づかなくてドンッとぶつかってしまった。


「わ、わっ。ごめんなさ……」

「いったぁ〜。どこ見て歩いてるのよ!」


 わわっ。あんまり会いたくない人に会っちゃった。


 わたしの赤茶のストレートの髪と正反対な、金髪のくるくるした長い髪をはらって、腕を組んで不機嫌そうにわたしを見下ろす美少女。


 本物の召喚士、サルディーナ・ラウウェルだ。

 わたしの二個上の十四歳で、最初は「仲間ね!」っていってくれたのに、今ではこのあつかい。

 わたしが何度も何度も召喚に失敗しているから、愛想をつかしたんだろうな。


 サルディーナは十歳のときに召喚士になっていて、史上最年少記録も持っている、将来をすごーく期待されている優秀な召喚士のひとりなんだって。


 強気な青い瞳が不機嫌そうにわたしを見て、すぐにわたしの手と足もとを見る。そして、にんまりと勝ち誇った笑みを浮かべた。


「あーら、リディル。また、召喚に失敗したの? それとも、用もないのに憧れだけできちゃったとかかしら?」

「ううっ」


 ズバッと切り裂くナイフのような切れ味。ちくちく言葉がわたしに遠慮なく突き刺さる。


「いい? ここは、あんたみたいな芋くさい田舎者がくる場所じゃないの。いいかげん、あきらめて田舎に帰ったらどう? 運がいいだけの落ちこぼれリディル」


 い、言いかえせないのがくやしー!

 長い髪をバサリとひるがえして、サルディーナが高笑いをしながら去っていくのを見送る。

 そして、エリーさんと親しげに話しているのを見て、ガックリ肩を落とした。


 あの子は立派なキラキラ召喚士で、わたしはタマゴを消滅させる落ちこぼれ。天上人と地底人くらいちがう。


「……運がいいだけの落ちこぼれかぁ。才能、ないのかな」


 タマゴを見つけることはできる。なんとか孵すことも。

 でも、この世界にとどめておくことができない。

 運はあるけど才能がない。

 わたしにぴったりな言葉だ。


 頭がもげそうなくらいズーンと落ち込んで、重い足取りで召喚士組合をあとにした。

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