インビの箱

@momonasi

第1話

彼はそれほどモテる方では無い。

モテると自覚したことも無い。告白されたことも無い。

いわゆる十人並みだ。

既にぱっと見で「おじさん」に分類される年齢で、どうごまかしようもない。若い頃はまだ女性から探りを入れる会話を持ちかけられる事もあったが、今はそんな事も無い。「おじさん」には何もいい事などないのだ。そう自覚していた。とにかく問題を起こさず、巻き込まれず、平穏無事に暮らす事を望んでいた。そう気を付けていてさえ、何かと問題の起こるのが人生だ。彼はそんな自分の毎日に疲れていた。


彼は毎日の満員電車にうんざりしていた。彼だけではないが、彼は特にうんざりしていた。電車内のマナーが悪い者が増えた。毎日仕事で受けるストレスもそろそろ限界かもしれない。そして、最近電車に乗ると気分が悪くなるようになった。頭痛、吐き気、眩暈に襲われるようになった。脂汗が止まらない。やっとの思いでつり革につかまっている。そんな症状だった。時には耐えがたくなり電車から飛び降りようにして途中駅で降りた。深呼吸してしばらくすると幾分気分が良くなる。そしてまた乗り込むとまた気分が悪くなる。調べてみると「起立性適応障害」という症状があり、自分もそれだとわかった。しかし、どうしようもない。時間をずらして乗っても、混雑状況はあまり変わらなかった。我慢して乗るしかない。そんな毎日だった。


ある日。

彼はとても幸運なことに、最寄駅を出てわりとすぐ座席に座ることができた。いつも一時間半、つり革にぶら下がっているのは大変だった。だが座っていれば起立性適応障害も発症しない。今日はとても運がいい。あと一時間20分ほどは、座って過ごす事ができる。彼はビジネスリュックを膝に抱き、左右の手を握り合わせてなるべく周囲の人の邪魔にならないように身をかがめて座り、速攻で寝る事にした。


いきなり眠りに落ちて、ゆっくりと目覚める感覚を覚えた。周囲の音や気配を感じる。そうだった、今自分は電車に乗っていたのだった。

と、握り合わせてリュックを抱いている自分の手に、ふわっと何かがあたった。

また、ふわっと何かが手にあたった。気のせいではなかった。またふわっと手に覆いかぶさるように柔らかい物が手に当たった。今度はスササっと音がするほどだった。これは・・・スカートか?プリーツスカートのようだ。電車の揺れに合わせてスカートが手に当たっている。

彼が座っているのは長い座席中央、ポールのすぐ横だった。ポールにつかまっている女性のスカートが自分の手に当たっている。彼は目を閉じたままそう感じ取った。いや、自分は眠るのだ、このあとキツイ仕事が待っているんだ、今のうちに寝ておかないと。


グっと肉感的な弾力のあるものが手に当たった。足だ。これは太ももだ。手の甲で感じた。ポールにしがみつくようにしているのだろうか、かなり距離が近いようだ。またグイっと足があたった。あたるというより、こすりつけるような感じで、内ももを自分の手に当てている。彼はたまらず薄目を開けた。

女性もののリュックが目の前にあった。自分のリュックとしっかり合わさるように押し付けられている。そのせいで自分の手元は見えない。いや、周囲の誰も自分の手元は見えないようにされている。

電車はギュウギュウの満員、というわけではなかった。座席もつり革もすべて使われているが、あの殺人的な満員状態ではない。目の前に27歳前後だろうか、ぱっと見はとても若く見える女性が立っている。やはりポールにしがみつくような形だが、だるいから、という風情だった。目をゆっくり閉じたり開いたりしている。こちらをじっと見ているわけでは無かったので、彼は少しほっとした。彼女の口元はほんのりと笑っているように見える。黒目が大きく童顔で、いつまでも20台後半に見えるようなタイプだ。こちらの視線に気づいたのだろうか、彼女も目をつむった。

またグイっと内ももがあたった。組み合わせた指の、左右の人差し指の第二関節のあたり。今度は足の付け根から恥丘の当たりまで指の関節部分にあたった。その柔らかな感触に、彼はおののいた。そうだ、女性の身体ってどこもかしこも柔らかいものだった。忘れていた。彼女と別れてから女性と縁がなくなって久しい。


丘のカーブがはっきりとわかった。スカートとパンツ越しに陰毛のシャリっとした感触まで指に伝わって来た。この人は、自分の指で自慰行為をしようとしているのか、それとも触ってほしいのか・・・。彼は悩んだ。

痴漢冤罪が恐ろしい。大した人生ではないが、これ以上ダメにしたくもない。どうしようか。


彼は右の人差し指をまっすぐのばしてみた。


彼女は、自信の敏感な谷の中央にあたる位置に指があたるように微妙に動いた。自分で調整している。彼は指をピンとのばしたまま微動だにしなかった。電車の揺れに合わせて彼女は前後にゆっくり動いた。薄いスカートの生地を通して、彼は彼女のその部分を感じた。

右足の付け根からカーブを描いて膨らみがある。少しへこんでまた柔らかい膨らみがある。そして左足の付け根へ。下着もかなり生地が薄いようだ。しかし小さめのサイズなのか柔らかな肉がキュっと締め付けられているような感触だった。

「はふっ」

ほんの一瞬、本当に小さく、彼女が声を漏らした。自分以外には聞き取れなかっただろう。自分の左右の乗客もかなり深く眠っている。彼女の左右に立っている乗客はスマホを必死にいじっている。まるで二人だけがこの車両に、この次元にいるかのようだった。

彼は全神経を右手人差し指に集中した。爪にまで触覚があるようだった。薄く白い肌の下に滑らかな脂肪の層があり、更にその下にしなやかな筋肉があり、時折彼女が力を込めると弾力で弾かれるほどだ。恐らく彼女の太ももに生えている桃の産毛のような体毛まで感じ取れるようだった。彼女がぐいっと腰を前に出して来た。完全にじれているようだ。彼は指を上に向けた。くっと指を曲げ丁度彼女の谷間の中央部あたりを押すと「じゅわ」っとした感覚があった。きつくピッタリとフィットした下着の向う側、薄布一枚隔てた先に、熟れに熟れてグズグズになった熱い桃か柿があるようだ。「くちゅっ」と音がしたようだった。それは聞こえたのかどうかもわからない。彼も夢中になっていた。

少し指を動かして上に向けたまま搔くような動きをしてみた。ススっと動くその指先に、物凄くやわらかな彼女のひだを通過したあと少し硬い突起があたった。その瞬間、彼女の内ももの腱がビクっと張った。薄目を開けて彼女の顔を伺うと、左手はしっかりとポールを握りしめ、右手は握った形のまま口に当てていた。快感に声を上げないよう我慢しているようだ。今、彼の右手人差し指は彼女の小さな谷間にしっかりと添えられ、時々前後に動き硬い突起を「クリ」っと強めになでていた。

彼女の眉間しシワがよっている。握りしめた手の甲の下の口が半開きになっている。

彼は今、指先の柔らかい肉の部分で「グッグッグッ」とリズム良く、すでにぱっくり開いた彼女の開口部を押し上げていた。少しリズムを変える。ほんの少し早く、ほんの少し遅く、若干強く、今度はソフトに。彼女の反応に集中する。徐々に、彼女の求める強さとリズムがわかって来た。これか。こうだ。こうすれば彼女は喜ぶんだ。これだ、わかった、と思ったときだった。彼女が彼の手を挟んだまま強く股を閉じた。驚いて見上げると、彼女は両手でポールに捕まって必死にこらえている。ブルブルブルっと身体が震えた。そして、ゆっくりとため息をつきこちらを見た。熱にうかされたような潤んだ瞳。

「この人、今イっちゃったんだ。」

そう思うと彼は少し可笑しくなり少しだけ微笑んだ。彼女も恥ずかしそうに微笑みを返すと、口がゆっくりと動いた。

「あ、り、が、と」

声には出さず、くちの形だけでそう告げた。かれは笑顔であごをあげ返事を返した。丁度、次の駅を告げるアナウンスが流れ、周りがイソイソと動き出し、二人も降りる支度をした。お互いにお互いを見ないようにしていた。



駅を降りて彼女は足早に消えた。彼は後ろ姿を見送った。


ただ、駅から離れ人ごみに紛れてから、そっと右手の人差し指を口にいれた。

こんな日もあるんだな。

そう思う事にした。それだけにしておこう。

今日は、これでおしまい。

そう思う事にした。


END

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