35.悪い気はしない

 クレデール砦の奪還から数日後、王都から砦に使者がやってきた。


「お待ちしておりました、バーナルド様」


 クレイオール家の面々は、外務卿のマルコ・バーナルド公爵を出迎えた。そこには、キールに紹介させてほしいと言われ、勇馬も一緒にいる。


「キール殿、お話は王都にも届いておりますぞ! 卑劣な手によって1度は砦を奪われても、素晴らしい活躍で取り返したと。いやはや、武勇伝を直接お聞かせいただけますかな?」


「いえ、実のところ私は何もしておりませんので……詳しいことは中でお話いたします。どうぞこちらへ」


 挨拶もそこそこに、まずは建物の中の一室に案内する。

 部屋の中には勇馬とキール、副軍団長のルーカス、王都側はバーナルドとそのお付きの者が2人いた。

 相手は公爵という王族の血も入っており、キールもどこか緊張した面持ちだった。


「――それで、いったい何があったのか初めから話してくれるか?」


「はい。ですがその前に、紹介させていただきたい方がおります」


「紹介?」


「はい、こちらにいらっしゃる方は、中央諸国のさる大貴族の方でして、ご縁がありこうして我々に協力していただいています」


「坂本勇馬と申します、バーナルド様。キール伯爵がご紹介していただいように、森で迷っていた私を保護していただいたご恩もあり、今回の砦奪還に協力させていただきました」


「外務を担当しているマルコ・バーナルドです。協力……貴殿――ユウマ殿は中央諸国の出とのことだが、どこの国なのですかな?」


(――きた)


 そこは確実にツッコまれるところだろうと予想していたので、


「実は、私は記憶がところどころ抜け落ちていまして、どうしてその森にいるかも思い出せなかったのです。ただ中央諸国の貴族であったこととは覚えていましたし、の取り扱いも覚えていたので協力させていただいたのです」


 打ち合せ通りに、以前フィーレ達に話したような内容を伝えた。


(まぁ、もうフィーレさん達には『使徒』と思われてるし、『ミリマート』とか能力のことも話しちゃったから、言ってはないけど記憶喪失じゃないってことは彼女達もわかってると思うけど)


「記憶喪失ですか……まぁ、我が国のために尽力していただいてるのは確かですし、ここは深く聞かないでおきましょう」


「ありがとうございます」


 キールから聞かされていた通り、勇馬がエリアス王国に協力した功績を考えればそれほど深くは掘られないのではないかという読みは、どうやら当たっていたようだ。ただ、今後もここに留まれば少しずつ探りは入れてくるだろうとも言っていたが。


「それで、ユウマ殿を紹介したということは、今回のことに大きく関わっているのかな?」


 バーナルドは話を戻し、再びキールに問いかけた。


「はい。といいますか、ユウマ殿がすべてと言っても過言ではないかと思います」


「ほう、キール殿がそこまで言うのであれば、よほどのことであろう。実に興味深いことだ。詳しく聞かせてくれるか?」


「はい、もちろんです。実は――」


 キールは、まずはルティーナ達が砦に向かい、その頃には既に陥落していた話から始めた。

 当然、レオンやシモン、スミスとエミリ、そしてルティーナと生き残った者達から事前に話を聞き、どういう風に彼彼女達が過ごしてきたかを確認していた。

 それを道筋通りにバーナルドに説明していくと、


「なんと、敵には無詠唱魔法を扱う者がいたのか! そちらのレオンという者も若くして素晴らしい才能を持っているが、相手のほうが一枚上手だったか」


「はい。また、そのボルゴという男は武勇よりも頭が回る男のようでして、レオンも『いいように転がされた』と、悔やんでおりました」


「むぅ……軍団長まで上り詰めておる者ならば、そのように普段から罠を散りばめるような狡猾な者もいるのだろうな。だが、レオンはキール殿の娘を上手く逃がしたのだろう?」


「はい、ボルゴにはほとんど見透かされていたようではありますが、結果としてはそのレオンの判断のおかげで今があります。多くの兵士が死んでしまいましたが、彼らのお陰でこのクレイオール領、そして我が国を守ることができたと私は考えております」


「うむ。戦死した者達も浮かばれるよう、十分に取り計らってくれ」


「はっ」


 バーナルドは、白い顎髭をさすりながら鷹揚に頷いた。


「それで、囮となった執事と侍女は捕まってしまうのだろう? ルティーナ嬢はどうなったのだ?」


「ルティーナなのですが、逃げている途中に馬が潰れてしまったため、副隊長のシモンという男とともに数日間洞穴に潜んでおりました。ですが、警戒していたグラバル兵に見つかってしまい、シモンが善戦したものの多勢に無勢でして、捕まりそうになっていたところを、ユウマ殿が助けてくださったのです」


「おぉ……ですが、なぜユウマ殿がそこにおられたのだ?」


「……早馬からクレデール砦を落とされたことを聞き、娘のルティーナが逃がされたと報告を受けました。軍を動かすには時間が掛かりますし、状況はどんどん悪くなっていくと思われました。そこで、もう1人の娘でルティーナの姉であるフィーレと、レオンの妹で現在はユウマ殿の護衛隊長を務めているティステ、そしてユウマ殿の3人に、先行して事に当たっていただいたのです」


「な――!?」


 キールの説明を聞いたバーナルドは驚きを露わにした。彼の後ろに立っている付き人2人のうち1人も同様に驚き、もう1人に至っては訝しんだ顔をしていた。


「驚かれるのも無理はありません。普通ならばこんなことありえないでしょう」


「ではなぜ……?」


「それは――ここにいるユウマ殿がとてつもない力を秘めているからに他なりません」


「とてつもない力……?」


「はい。結論から申し上げますと、最終的にユウマ殿はその力をもってしてルティーナ達を死地から救い出し、偶然とはいえ洞穴から砦内に侵入して敵を圧倒したのです。ただの1人も死者を出すことなくです」


「……は?」


 バーナルドの「この男は何を言っているんだ?」という反応にも構わず、


「そして砦内ではボルゴと一騎討ちをし、見事ユウマ殿が倒すことによって相手の戦意を完全に失わせたのです。その後に我々の軍が到着し、クレデール砦の奪還作戦が成功を収めました」


 キールが最後まで言い切るも、バーナルド達からは反応が返ってこない。

 すると、


「……ふっ、は、はっはっはっはっは! いやまさかキール殿がこんな冗談を言う方だとは思っておらなんだ。ふふふ、そんなことができてしまうのならば、軍などいらなくなっていまうではないか」


「ええ、まったく。その通りかと思います」


 笑って流そうとするバーナルドに、キールは真面目に答える。


「キール殿、私はおとぎ話を聞きに来たわけではないのだよ。もちろん、私はを持ち出す気はないが、それにしたっていくらなんでも夢物語すぎるのではないか?」


『過去の話』という単語に、キールは眉をピクリと動かして反応を示した。


「いえ、これは決して嘘でも冗談でも夢物語でもありません。紛うことなき事実なのです」


 力強く答えるキールとは対照的に、バーナルドは僅かに顔を顰めた。

 そして1つため息をつき、


「……ライドルム将軍、今の話を聞いて、客観的にどう思うかね?」


 と、バーナルドは後ろに立つ鋭い目をした男に話を振った。

 男の名前はゴード・ライドルムという第3軍団長で、今回はバーナルドの護衛という形で、隊を編成して率いていた。軍団長という名前上はキールと同じ立場なのだが、実際のところは王家の血筋ということもあり、まったく同じというわけではない。


「ありえませんね。不可能です」


 ライドルムは、きっぱりとキールの言葉を否定した。あまりにもきっぱりとしすぎていて、話を振ったバーナルドも思わずコホンと誤魔化したくらいだった。


「あー、彼は正直すぎるところがあるから、あまり気にしないでくれ。だが、私としてもその意見については賛成だ。とてもではないが、戦とは1人でどうこうするものではないと、キール殿も理解しているだろう?」


 ライドルムの発言もあり、バーナルドは若干キールに気を遣って語り掛けるが、


「では――私の力を少しだけご覧になりますか?」


 勇馬は、信じていない彼らにをするのだった。



 ◆◇◆



「まったく……キール伯爵はいったいどうしてしまったのだ……」


 バーナルドは再び外の訓練場に案内され、キールに何かあったのではないかと心配していた。


「恐らく、意固地になっているかもしれませんね。が尾を引いているのでしょう」


 ライドルムはバーナルドとは違い、キールのことを心配するでもなく初めから信じていないため、ただ哀れみの対象ぐらいにしか思っていなかった。


「あんなに離れた位置に的を設置して、弓でも見せる気か?」


「ここから100メイルはありますので、弓矢で正確に当てるとしても大したものではあります。が、それと1人の力で砦奪還というものは別問題です」


 己も軍人であるライドルムはバッサリと切り捨てた。

 王家の血が流れているとはいえ、幼少の頃から鍛錬に鍛錬を重ねてきており、軍団長という地位に恥じない武勇を誇っている。そんな彼でも、たった1人でどうにかできるという考えすら抱くことはなかった。

 だから、キールの言葉は、怒りよりも憐憫の情を増やしていった。


「お待たせいたしました。では、これよりユウマ殿のお力を見ていただきたいと思います。聞いたことのないような大きな音がしますので、どうかお気をつけください」


「……音? 弓矢ではないのか?」


 てっきり弓矢だと思っていたバーナルドは、キールの言葉に疑問を抱く。

 弓矢でなければなんなのだと――。


「はい。では準備が整いましたので参ります。ユウマ殿! お願いいたします!」


 キールが離れた位置から大きな声を出すと、勇馬は片手を上げて返事をした。


「あれは……なんだ? 見たこともないぞ? ライドルム将軍、あの黒いものを知ってるか?」


「……いえ、わかりませんが、もしかしたら魔法かもしれません」


「ということは、あの黒いものは杖か。キール殿、あれは――」


 タンッ!


「――ひっ!?」


「っ!?」


 完全に油断していバーナルドは、その耳を刺激する音に悲鳴の声を上げた。

 ライドルムは目を大きく見開きながらも、何が起きているのかを理解しようと、バーナルドに声を掛けるでもなく勇馬のことをじっと見つめた。


 タンッ! タンッ!


「ひっ! ひいいぃぃっ!」


 バーナルドは耳を押さえて目を閉じ、もはや何のためにここにいるのかわからない状態になっていた。だが、ライドルムは何かを見ようと瞬きすらせずに見つめ――何も見えなかった。


「とりあえず、これで終わりだそうです――あの、バーナルド様? 大丈夫ですか?」


「……へ? あ、終わった……? ゴホンッ、いやしかしとてつもない音だな、キール殿」


 バーナルドは必死に取り繕おうとするも、既に遅い。

 ライドルムはそんなやり取りを一瞥もすることなく、


「キール殿、的を見に行ってもいいか?」


 そう言ったライドルムの顔から1滴の汗が流れ落ちた。


「ええ、もちろんです。どうぞ、ご覧になってください」


 ライドルムは足早に的を目指す。


(まさか……いや、しかし……)


 歩く足はどんどん速くなり、ついでに鼓動も早くなる。

 もし、自分の予想が当たっているとするならば、それがどれほどのことなのかと。


「――っ!」


 そして、的の前で足を止めた彼は、すべてを理解した。

 キールが言っていたことが、何1つ間違っていなかったということを。


「将軍! 置いてかないでくれたまえ! そんなに急がんでも――ん? これは……」


「……どうやら、我々はキール殿に謝らなければいけないようです」


 人の形を模した木の板は、綺麗に首から折れて頭が吹っ飛んでいた。

 そして、それの意味することは、これが人相手でも行えることなのだろうと容易に彼らには想像がついたのだ。


「まったく、キール殿も人が悪い……ユウマ殿がこれほどの魔法を持っているなら最初から言ってくれればよかったではないか」


 キールは初めからそう言っていたのだが、あえてバーナルドに言い返すような愚かなマネはしなかった。


「申しわけありません。ですが、これで信じていただけましたでしょうか?」


「この距離を正確に、目に見えない速度で攻撃し、威力もすさまじく連続で行える……先ほどの話を嘘だと言うほうが無理がある。――ユウマ殿、感服いたしました」


「いえ、ご理解いただけたようで何よりです」


 あれだけ完全否定していたライドルムにそこまで言われると、勇馬も悪い気はしない。

「これはいい交渉材料になる」と、バーナルドは意気込み、その後の話し合いはスムーズに行われた。


 彼らはそのままクレデール砦に1泊し、翌日に再度勇馬とキールに謝意を伝え、グラバル王国との交渉に向かって出発したのだった。

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