【精神科入院39日目「聞いてないよ」】

合わないクスリを1日3回食後飲まなければいけない。

マジメに飲んだ者が、真っ直ぐ歩けなくなり、重篤化。

所謂、誰が見ても「重たい人」。

廃人の手前。


食後、各部屋の前まで看護師が薬箱の形をした台車に水を詰み、廊下を端から1部屋ずつ押してくる。

「飲むより、飲まない方がいい。記憶が飛ぶのだから。」

この頃、毎朝日課の自転車漕ぎは少し緩めていた。

飲まないから、記憶が飛ぶこともない。

「さっきのあれ何だったっけ?」

「何の話を『分かりました』って、言ったんだっけ?」

「このメモに書いた単語。何のことだっけ?単語だけでは記憶を読み戻せない」

本当に苦しかった。


薬は看護師の前では飲まなくはいけない。

が、この生活に慣れたもので飲まなくても、クスリを舌に隠して「飲んだフリ」くらいする事が出来た。

クスリを飲んだフリをして、ゴミ箱に捨てるより、確実に証拠隠滅罪をする為にトイレで流す。

かなりの手狭。

壁と便器の間に、下ろした服が付きそうになる。「曰く付き」のトイレ。


こうやってもう2週間位経っていた。

薬を飲まなくて良いのなら、この生活も慣れてしまい衣食住が揃い、食を一緒に囲む仲良くなった女の子達と毎日「キャッキャッ」していればそれで良かった。

僕が長年苦しんでいた「楽しい事が全く出来ない」

それを、毎日彼女達やだぁくん。時には⚫⚫さん と親しく過ごしていればそれで良いのだから。


が、そうも長く続かなかった。

「この⚫⚫⚫⚫という薬ちゃんと飲んでいますか?おかしいですね。松本さん。あなたはこの数値が人より少ない。その為、この数値が上がれば『退院』にしましょう」


飲んでいないのだから、その数値が上がる訳は無い。

誰よりも襟を正して生きている。普段から。

主治医の彼の言葉を借りたら「折り目正しく生活をしている」だっけ。


早い話、非を付ける所が見当たらなく、粗探しをした結果の単なる「難癖」。

誰かが退院の時に忘れていった「Perfume」のDVD。

好きな曲を体でリズムを取っていただけで、たまたま居合わせた主治医が「落ち着きがありませんね。薬を出さなきゃ」と、医者と言うよりも「毎日コツコツ」と、経営者自らが、先頭に立って処方して良い薬の数に乗っ取って「お薬」を「お出し」してくれる。

時はコロナ真っ最中。

ご多分漏れず、外来患者の受け入れも看護師の出退勤も異様な位制限や規制を敷き、たかが熱があるくらいで看護師が即帰宅の話は出勤した看護師から聞いていたし、掃除のおばさん達と仲良くなって、こういうこぼれ話を知りたく、彼女達は看護師達とは違いそこ迄コンプライアンスが厳しくなく、井戸端会議的な話も聞いたし、仲良かった。

上にヘコヘコするくらいなら、下の人達に気を使うのが人として当たり前である。


「早く外に出すには、面白くない。何かないか」

退院との交換条件だった。

彼は、この隔離病棟生活で、私に「1杯」食わされている。

まして、この生活。

外に出られなくても、誰よりも『人生』というものを大事にして意欲的に取り組んでいる。

ここを出た時は、暑い夏。ものを言うのは体力と筋力。

誰よりもその先を見据え、トレーニングをしていた。

「これを食後飲んで下さい。これを飲むとその⚫⚫という値が放物線を描いてひょいと伸びます」

この時、1日1回だったか朝夕だけだったかの約束と記憶している。

メモ帳にも書いた。(※←それ迄の診察の経緯と行き違い。飛んでる記憶。おかしなこと読み返す。)

が、メモ帳「外」の事で、最後に苦しむ事になる。

メモに書いていないことの証明は出来ないのだから。

「聞いていないよ」


「飲まずに舌に薬を隠しただろ?」

ヘアバンドで、いつと年寄りグループの所にいた彼女だけれど、この頃から、彼女はそのグループから離れていった。

何故か彼女は一言も怒りながら、でもその異を口に出さず、廊下が硬く音はならなかったけれど、足早に遠くに行った。


その時は本当は彼女が何に苦しんでいたのだか全く分からなかった。

薬以前のことで。

なら、僕は彼女に対して見た目では分からない失礼を以前はたらいていた事をその時はまだ分からなかった。

彼女もまた輩や老犬など重たい人にカテゴライズされる3番の重たい人。

見た目では分からない。知的の方だとその後で知った。

それが分かれば僕だって違う言い方や「ふざけるな」とは取らないし、思わない。

彼女がそれまで居た、何かちょっとした事でその年寄り女性グループの迷惑で一言物申した。

簡単なことが通じなくて、何か言った。

また、そこの彼女達年寄りグループに1人の若い男の子が困っていた。

それもあった。

だから、それもあり「門番」的な彼女と、もう1人の見るからに重たい「パシリ役」に老婆に使われていた中年女性には言った。

精神の人に健常者とか鬱を患う精神障害者とかそんな区別はナンセンスだが、健常者でも日本語が理解出来ない、読めてもいない「健常者盲者」は沢山いる。

なら、こちらの方が問題。

が、僕は見た目では分からないとは言え、彼女を傷つけていた。

が、彼女は見た目では分からない為、きっと生まれながらに我々には分からない苦労をされてきたのかな、と自分を恥じた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る