第55話 大津

 琵琶湖から唯一流れ出る、瀬田川。

 その瀬田川にかかるのが、瀬田の唐橋である。


 豊橋とよばし、矢作橋と並ぶ、東海道三大橋であると同時に、昔から、瀬田の唐橋を制するものは天下を制す、と言われたように、古来より東西の交通の要所であった。


 そのため、歴史上、何度も血生臭い出来事の舞台として登場することになる。

 古代では壬申の乱で、大海人皇子と大友皇子の最後の決戦の舞台となり、中世では、源平騒乱の際に、義仲軍と範頼軍がここで刃を交え、近世では、本能寺の変の後、安土に攻め入ろうとする明智光秀が、橋が落とされたことにより、足取めを食った。


 伝説では、藤原秀郷ふじわらのひでさとが、大ムカデを退治したことで有名だ。

 そんな瀬田の唐橋も、近未来では、琵琶湖の絶景を望めるゲレンデとして、観光客に人気である。


「ヒャッホー!陸路にして、良かったわね」と、ミケコは言った。

「絶景かな、絶景かな。風が冷たくて気持ちいいわ」と、タマコもすっかり気分が良くなったようで、橋の上から見える景色を楽しんだ。


「何だったのかしら、さっきの霊感は?」

「うーん、今は何ともないんだけど、さっきはすごく嫌な予感がしたのよね」

 さすがはタマコの霊感である。

 ウスオがあんな登場の仕方をすれば、歴史が捻じ曲がるほどの禍々しい空気がそこに満ちていたに違いない。


 唐橋を渡り切り、琵琶湖に沿って北上する。

 舟であればそこに着くはずであった、石場の渡しに到着する。

 近くには、木曽義仲を供養した義仲寺ぎちゅうじ、明治時代に起きた事件を伝える、大津事件の碑が立ち、ここ大津が歴史上何度も重要な舞台になってきたことを忍ばせる。


「ねえ、ミケ。昔、大津にも都があったのよね」

「そうよ。天智天皇が近江に遷都したのよね。ここよりちょっと北に行ったところが、大津京だわ」


 そんな歴史あふれる大津で、この旅最後の宿泊をする。

 大津の本陣にチェックインした。

「さあ、食べるわよ。東海道中ラストディナー!」

「近江牛、近江牛、近江牛!」

 ミケタマが最後の晩餐に選んだのは、滋賀のブランド・近江牛のフルコースであった。


「B級グルメ、大好き!」

「観光地の食べ歩きも、大好き!」

「でも、長い旅を越えてきた後の高級食材は、やっぱりたまんないわね」

「お酒もね(ハート)」


 まるで長い禁欲生活が解けた後のように、肉にかぶりつく。

「ホルモン焼肉は、新鮮なればこそよ!」

「やだあ、いい女は、焼肉でウンチクなんか言わないのよ」

「油、したたる、いい女!」

「タンに、カルビに、いい女!」

「見てよ、この霜降り。しゃぶしゃぶが最高!」

「お口に入れたら、もうとろけちゃった」

「関西風のすき焼き!」

「サーロインは、ステーキで」

「焼き加減は、何にする?」

「レアで、ミディアムで、ウェルダン」

「ヒレは?」

「シャトーブリアン」

「いやん、贅沢!」

「だって、おいしいんだもん」

 まるで食欲と今生の別れでもするように、本能を解放した。

「あー、食べた、食べた」

「飲んだ、飲んだ」


 しばらくして、ゆっくりと温泉に浸かって旅の疲れを洗い流した後。

 彼女たちは、部屋でくつろぎながら、今回の旅を振り返っていた。

 もちろんその手には、ミケタマ公式ドリンクである、お酒が。


「明日でこの旅も最後だなんて、何だか寂しいわね」

 と、ミケコは冷たいビールをぐいとあおった。

「でもそれよりも不思議な気分だわ。私たち、本当にスキーで東海道を走破してきたのかしら」

 タマコはワインをグビグビいった。


「出発前は、本当に出来るとは思っていなかったわ」

「私、どうせ途中でリタイアすると思っていたのよ」

 日本酒のお銚子が、尋常でないペースで空になっていく。


「いろんなところを通って」

「いろんなものを見て」

「いろんなものを食べたし」

「いろんな人に出会ったわね」


 そしてテキーラ、ウイスキー、ウオッカ、ジン。

 いろんなお酒が、彼女たちの胃袋の中に消えていった。


「川崎のお化け屋敷でのタマったら、なかったわ」

「もう、よしてよ。平塚でアイドルになったのは、面白かったわね」

「そうそう。でも、大磯では吹雪に見舞われたわね」

「あれは大変だった。小田原のかまぼこ、おいしかった〜」

「箱根をスキーで登ったのは、楽しかったなあ」

「沼津の海鮮、おいしかった〜」

「府中で泊まった、駿府城も良かったなあ」

「浜松のウナギ、おいしかった〜」

「名古屋城に泊まれたのには、びっくりよ」

「桑名のハマグリ、おいしかった〜」

「あなた、そればっかじゃないの」

「だって、おいしかったんだもん」


 一周回って、再びビールをぐいといく。

 最初の一口もうまいが、一周回った後のビールも、またうまい。

「一茶さんとも、あんなに話をしたのは初めて」

「ミケったら、やっぱり彼のことが気になるのね」

「そんなんじゃないわよ。ただ、どうしてるかなって」

「金のシャチホコに乗って、どこまで行っちゃったのかしら?」

「戻って来れるかな?」

「来れるんじゃない?あの人のことだから」


 焼酎、ウイスキー、白ワイン。

 チューハイ、ラム、サングリア……。

 いろんな酒を、一つの器に満たした。


「あの人は、どうなったのよ?」

「どうしてるんだろう?」

 あらゆる種類のアルコールが入って、何だかもう良くわからなくなってしまった。

 グビグビグビ…………。


「そういえば、何かもらっていたわよね?」

「そうだっけ?」

「あれ、何だったのよ?」

「何だったかなあ……?」

 グビ……。

 グビグビ……。

 グビグビグビグビ……。

 ………………………………。

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