第49話 関

 さて、翌朝、亀山城を出た二人。

 東海道47番目の宿、せきを目指して旅を再開だ。

 鈴鹿川とJR関西本線をお供に従えながら、快調に滑っていく。


「いよいよ、旅も終盤ね」

「終わりに近づくと思うと、寂しいわね」

 出発前は、あんなに長かった東海道も、残すところはわずか。


 予定では、あと二回宿泊して、三日目の朝には、京都に着く。

 ひと滑り、ひと滑り、噛み締めるようにして、丁寧に進んでいく。

 ほどなくして、関宿に到着。


 茶店に立ち寄る。

 東海道あんみつを食べて、甘いもの補給だ。

「おいし〜い!」

「たまんないわよね!」


 そんな二人を、ほほえましそうに見ている、一人の人物がいた。

「実にうまそうに食べるのう」

 声を掛けられて、ちょっと恥ずかしいミケタマの二人であったが、相手を見て、思わず息を飲んだ。


 男装の麗人が、茶店の入り口に立っていた。

 それも絶世の美女である。

 昔の剣士のような、羽織袴姿に、二本差し。

 なぜこんな格好をしているのであろうか。


「あら、弥次喜多グループのスタッフの方ですか?」と、ミケコは聞いたが、相手は首を傾げた。

「弥次喜多?そのような妙なものとは関係がないが」

 ということは、地元の観光協会のイベントか何かであろうか?


「その、あんみつとやらは、そんなにうまいのか?」

「ええ、そりゃあもう」

「私たち、あんみつ好きに生まれて、本当に良かったと思っているんですよ」

 女性の物欲しそうな視線を察して、二人は気を利かせた。


「あの、もし良かったら、お一ついかがですか?」

「良いのか?」

「ええ、もちろんですとも」

 ここはミケタマの奢りで、あんみつを追加する。


「かたじけない」

「お近づきのしるしですわ」

 女性はミケタマの隣に腰を下ろして、あんみつを食べた。

「うん、これはうまいな。おなごどもが喜びそうだ」


「でしょ、でしょう?」

「甘いものは、お嫌いだったのですか?」

「いや、そうではないのだが。今まで剣の修行に明け暮れていて。恥ずかしながら、あまり世間のことは知らずにきたのだ」


「剣の修行……。剣道でも習っていらっしゃるのですか?」

「そのような平和なものであれば良いのだが……。ところで、ご両人は、旅のお方ですか?」

「え、ええ。そうなんです。私たちは、東海道を京都まで」

「良いのう。旅は楽しいか?」


「ええ、おかげさまで。いろいろと大変なこともありますけど」

 すると、その女性は、フッと寂しげな笑みを漏らして、言った。

「旅か。私も、見事この仇討かたきうちが終わったら、旅に出るのも良いかもしれないな」


「仇討ち?」

「いや、おいしかった。礼を言う。それでは、さらばだ」

 女性は立ち上がり、茶店を出ていった。


「今の人、何だったのかしら?」

 と、店の外を覗くミケタマであったが、もうどこにも女性の姿は見えなかった……。

 何だか、狐につままれたような面持ちで、二人があれやこれや語り合っていると、お店の人がやってきた。


「昔、この辺りで、仇討ちがありまして」

「仇討ち……。さっきの人が、そんなことを言っていましたけど」

「ええ。関の小万こまんと言いまして、この辺りじゃ有名な話なんですけど。亡き父親のかたきを、娘が討ったという、忠孝の物語ですじゃ。何でも、小万という人は、絶世の美女であったとか」


 先ほどの女性の姿を思い出す二人。

「ときどき、いらっしゃるんじゃよ。幻を見る人たちが」

「じゃあ、さっきの人は……」

 と、顔を見合わせる二人であった。

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