第19話 江尻

 江尻は、かつて静岡で二番目に大きな宿であった。

 だが、今は江尻と言うより、清水と言った方がわかりやすいだろう。

 Jリーグの清水エスパルスで有名な、あの清水である。


「ねえ、タマ。他に清水と言えば何を思い出す?」

「そうね、やっぱり清水の次郎長かしら?」

「でも、清水の次郎長は食べられないわよ」

「そうね。だったら、久能山くのうざんのいちごで決まりね」

 ということで、お茶屋に寄って、名物を食べる。


「おいし〜い!みずみずし〜い!」

「こんなおいしいもの食べたら、悩みなんか吹き飛んじゃうわね」

「悩みがないのに久能山とはこれいかに?」

「次郎長一家は心は一つなれど、志三つ(しみず)と言うがごとし」

「きゃ、私たち、史跡になっちゃう」

 詳しくは品川の項を参考にされたし。


 お茶屋を出て、スキーを再開した二人。

 街中を滔々と流れる川に掛かる、橋に差し掛かった。

「これが巴川ともえがわ!」と、ミケコ。

 歴史にちなんだこんな言い伝えを披露した。


「巴川にかかる稚児橋ちごばしは、徳川家康によってかけられたんだけど、『わたりぞめ』のときに、川からおかっぱ頭の稚児が現れて、橋を渡ったという言い伝えがあるわ」

「だから橋の欄干に、カッパのオブジェがあるのね…って、動いた!」

 と、タマコは驚いた。


 オブジェのカッパが、二人を見てケラケラ笑っていたのである。

「カッパのロボットだわ」

「何か、アトラクションが始まるのかしら?」

 こちら側にある、二体のカッパが、橋の欄干からピョンと飛び降りた。

 仲良く手を繋いで、橋の向こう側に歩いていく。


「今から、渡り初め式をやろうというのね」

「なるほどね」

 ところがカッパは、あっちにフラフラ、こっちにフラフラ。

 足取りがおぼつかない。


「あれじゃ、千鳥足だわ」

「お酒でも、飲んじゃったのかしら?」

 そのうちに、橋から落っこちてしまった。

 そのまま、流されて行ってしまう。


「あらあら、失敗ね」

「これが本当のカッパの川流れだわ」

「ここにもバグが発生しているのね」

「一茶さんはどうしているのかしら?」

「姿を現さないところを見ると、まだなんじゃない?」

「やっぱり私たちが京都まで行かないことには、ダメなのね」


 稚児橋を渡って、先に行く二人である。

 やはりバグが起きていると信じ込む二人。

 だが、本来東海道にはバグは起きていない。


 今までのは、一茶がミケタマの気を惹くためにわざと起こした自演自作。

 今のは、弥次喜多グループのライバル企業、十返舎開発が雇った、甲賀忍者・多羅尾ユラが起こしたバグである。


 ユラの計画は、ミケタマに京都三条大橋の擬宝珠を替えさせること。

 そのためには、バグが発生していると、彼女たちに信じ込ませなくてはいけない。

 だから、小さなバグらしきものを、適当に起こすのである。


「よしよし。この調子で京都まで行ってくれれば、こちらのものだ」

 と、陰からこっそり見ていたユラは、ほくそ笑んだ。

 だが、陰と言えば、忘れてはならない。

 この男がいたことを。


「ム!」

 殺気を感じて、身をかわす、ユラ。

 さっきまで彼がいた場所には、十字手裏剣が刺さっていた。

「むう、これは、風魔の者だな」

 さすがに忍者、すぐにわかった。


「えいっ」

 と、気配を感じた方向に、お返しの手裏剣を放つ。

 ドスッと、彼が投げた棒手裏剣は、橋の欄干に突き刺さった。

「ム、逃げたか。しかし、我が手裏剣を逃れるとは、なかなかの腕前だな」

 ひとまず、襲ってくる気配はないので、ユラはミケタマの後を追うことに。


「相手も風魔忍者を雇っていると見える。気をつけねばならぬな」

 さっとどこかに姿をくらます、ユラであった。


 一方、この男は。

「甲賀忍者か。厄介なのが出てきたな」

 ご存知、日影ウスオである。

 この道中、趣味のミケタマの観察をたっぷりしようと、下卑た妄想に胸を膨らませていたのに、飛んだ邪魔が入った。


「一茶などに、俺のミケタマを取られたくはなし。十返舎開発に、東海道を壊されたくもなし。ここは私が彼女たちを守らねばならぬ」

 大変に迷惑な思い込みだが、ミケタマの知らないところで、様々な思い込みが交差することになる。


 一茶は、十返舎開発が雇った風魔忍者から彼女たちを守るという口実で、ミケタマに近づきたい。

 そして二人を自分のものに。


 ユラは、疑われないように適当にバグを起こしつつも、ミケタマに京都まで行ってもらって、三条大橋の擬宝珠を、破壊プログラム入りのものに替えさせたい。


 ウスオは、旅行中のミケタマ観察を楽しみつつ、一茶の邪魔をする。

 また、擬宝珠を替えさせてはいけないし、ユラの存在も、邪魔になるなら倒さねばならない。

 濡れ衣を着せられた風魔忍者の評判も回復させなくては。

 そしてミケタマは、ただ旅を楽しむのみであった。

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