第11話 箱根

 翌朝、小田原城の朝食会場で、モーニングを堪能した二人。

 もう一つの小田原名物・梅干しで白いご飯をいただく。

 小田原で梅干し作りが盛んになったのは、戦国時代のこと。その薬効と食べ物の防腐効能に目を付けた北条早雲が、奨励してからだ。


 その早雲の居城で食べる梅干しの味は、格別である。

「あー、日本人で良かったわ」

「朝は、やっぱり、白いご飯と梅干しよね」

 昨夜のお酒が残る胃腸にも嬉しい。


「あれ、今朝は一茶さんたちは、いないのね」

「仕事に行ったんじゃないの?」

「そっか、あの人たちは、私たちと違って休暇じゃなかったわね」

「そうそう」


 そんなこんなで、城を出立した二人。

 本日は、東海道一の難所、箱根越えである。

 だが、急いで越すのではなく、箱根を登ったところにある、芦ノ湖畔で温泉にでも浸かって、ゆっくりして行こうという計画だ。


「さあ、行くわよ、箱根八里!」

「休養しっかり、充電もたっぷりだわ」

 昨夜は旅先で社長の息子に遭遇するというハプニングがあったが、おかげで高級シャンパンをたらふく飲むことができた。

 お酒はミケタマのガソリンである。

 エンジン全開だ。


 小田原城を出て、小田原宿の高札場こうさつばへ。

 実はここが箱根八里の起点である。

 ちなみに高札場とは、幕府が発した法令などを記した高札(立て札のこと)が立てられていた場所のことだ。


 天気は良好、二人は順調に滑り出した。

 箱根登山鉄道の線路に沿って西進、箱根湯本はこねゆもとへ。

 ちなみに芦ノ湖畔までの登りを、箱根東坂はこねひがしざか、下りを箱根西坂はこねにしざかという。


 箱根の登りは、箱根駅伝でも山場としておなじみであるが、もちろんここも近未来的なゲレンデへと変貌を遂げている。

「エンジン全開!」

 と、ミケコはフルパワーで、曲がりくねった山道を登っていった。

「登りじゃ、負けないわよ」

 と、タマコも負けじとフルパワーだ。


「あら、ちょっと太ったんじゃないの?」

「そちらこそ、昨日飲み過ぎたんじゃなくって?」

 どちらも真理を突いているが、心配ご無用である。

 弥次喜多グループが誇るジェットスキー板のパワーは、たとえお相撲さんであっても軽々運ぶ。


 クネクネと続くつづら折りの道を、あっちへターン、こっちへターン、山道大回転で登っていく。

「私、登り大好き!」

「私もよ」

「でも、下りも好き!」

「私もよ!」


 坂を登った先は、少しゆるやかなおいたいら。ここはモーグル地帯になっていた。

「私、モーグル大好き!」

「ジャーンプ!パーフェクトテン!」

 見事にひねりを加えてジャンプを決める。


 モーグル地帯の先には、峠の甘酒茶屋があった。

 箱根の甘酒茶屋といえば、江戸の頃より、峠を越える旅人たちの憩いの場。

 力餅と一緒にいただくのが、箱根八里の旅人の風景だ。

「甘ーい。ほっとするわ」

「温かくて、力が出るわ」


 エネルギーを得て、もう一踏ん張りである。

「さあ、あとちょっとよ!」

「ねえ、どっちが先に着くか競争しない?」

 最後の直線的な坂。

 ゼロヨンレースのように、同時にスタート!


「負けた方は、勝った方の背中を流すっていうのはどう?」

「いいわね。私のきれいな背中を流させてあげるわ!」

 結局、二人仲良く同時にゴールインした。


 そんな二人に、自然がプレゼントを用意して待っていた。

「きゃあー、きれいー!」

「感動だわ。心が洗われるわね」

 芦ノ湖には、見事な逆さ富士が映っていた。


 芦ノ湖畔にあるリゾートホテルにチェックイン。

 芦ノ湖名物のワカサギ料理に舌鼓を打つ。

「ワカサギのフライ!ワカサギの天ぷら!ワカサギのかき揚げ!全部美味しい!」

「噛むと、ジュッと出る魚の汁がたまんないわね」

 思う存分、名物を堪能したあとは、露天風呂に浸かる。


 ここからは、湯煙OL酔いどれ紀行だ。

 モウモウとした白い蒸気の向こうに垣間見えるのは、美人二人の若い肌。

「かんぱーい!」

「かんぱーい!」

 湯船におちょうしを浮かべる、憧れのやつ。


「くはー、たまらないわ」

「しみるわねー」

 二人の肌も、桜色に色付いた。

「タマったら、お肌すべすべね」

「いやーん、ミケこそ、すべすべよ」


 外は冷たい冬の空気。

 余計に温泉が温かく感じられる。

 お酒の効果もあいまって、すっかりいい心持ちになった。

 だが、忘れてはならない。

 二人を狙う魔の手があることを!


「何!?」

 と、妖しい視線を感じて、タマコはとっさに手で胸を隠した。

「え、何?どうしたの?」

 と、無防備なミケコだが、長い髪の毛のおかげで胸は隠されている。

「今、何か物音がしたような…!」

「もしかして、痴漢?」

 植え込みの陰にじっと目を凝らす。


 だが、湯気が立ち込め、よく見えない。

 ガサッ、ゴソッ。

 ガサガサガサガサッ!

 物陰から、何かが飛び出してきた!


「きゃあ!」

「きゃああー!」

 パニックに陥りかけた二人。

 だが。


「あ、あら、お猿さん?」と、タマコ。

 飛び出してきたのは、日本猿の一家であった!

 ちゃぽん、ちゃぽんと、お湯の中に飛び込んでいく。

「な、なあーんだ、お猿さんじゃないの。びっくりさせないでよ、もう」と、一安心するミケコだったが。

「変ねえ。何かもっとこう、得体の知れないものを感じたんだけど」と、タマコは首を傾げた。


 結局、心配することではなかったということで、露天風呂を後にした二人。

「あー、酔いが覚めちゃったから、部屋で飲み直しね」

「そうね」

 と、売店に寄ってから部屋に戻った。


 だが、しかし。

 二人が去ったあと、植え込みの陰に隠れていた人物が出てきたのだ!

「ふう、危なかった」

 この人物は誰であろう、若い男だ。

 だが、それ以上のこととなると、この作者の類まれなる描写能力を持ってしても、説明するのが難しい。

 そこの疑わしそうな目をしているキミ、異論は認めないぞ!


 というのも、この男、とんでもなく影が薄いのだ。

 名を、日影ひかげウスオという。

 その名の通り、滅多に人目につかない。

 この世に生を受けてから24年間、ほとんど人に気付かれることなく暮らしてきた。

 なぜそんなの影が薄いのかというと、実はこの男、小田原北条氏に仕えた風魔忍者の末裔なのだ。


 生来持っている影の薄さが風魔忍法と合わさって、ますます影が薄くなった。

 そんな彼だが、なんとミケタマと同じ、弥次喜多グループの社員だ。

 それも日本橋本社勤務。

 奇跡的に入社試験に合格し、ミケタマの同期で入社したのであった。


 だが、彼が普段どんな仕事をしているかというと、何もしていない。

 奇跡的に入社したはいいが、社内でその存在を気付かれることがないため、これまで一つも仕事を命ぜられたことがないのである。


 では普段、何をしているかというと、ミケタマの観察をしている。

 入社式で一目でミケタマのファンになってしまった彼は、それ以来、ミケタマの観察をすることが趣味になった。


 会社にいても他にすることがないため、実質的にミケタマの観察が彼の仕事なのだ!

 いつも得意の忍術を活かして、陰日向からミケタマの二人をジロジロ見ているウスオ。

 今回、二人が冬休みを利用して旅に出るということで、彼も後をつけてきたのだ。

 しかし、そんな彼にも予期せぬ出来事が起こった。


 一茶の陰謀である。

 かわいいミケタマを一茶に取られでもしたら、一大事。

 それだけはさせてなるものかと、一目に付かず活躍してきた。

 何を隠そう、お化け屋敷で一茶が躓いたのは、ウスオの仕業である。

 川崎でロボットたちに手裏剣を投げ、煙幕を使ったのも、ウスオだ。


 また、自家用スノーモービル・お猿のかごやタイプRXを操作して、ミケタマを救ったのもウスオである。

 霊感の強いタマコが感じていたのは、ウスオの存在であったのだ!


 一茶の恐るべき陰謀が進行しているのを知って、ウスオは決めた。

 このまま京都まで、自分がミケタマをお守りしよう、と。

 いやはや、ただのストーカー、いい迷惑である。

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