第9話 大磯

 JR大磯駅を越えると、あとは小田原までほぼ直線である。

 相模湾を左手に見ながら、海岸線沿いを快調に飛ばしていく。

「海風が気持ちいいわ」

「ちょっと寒いけどね」


 今は冬であるが、火照った体にはちょうどいい。

 天気も良好。

 このまま何事もなく、小田原まで到着できると思う二人であった。

 だが。


「ねえ、タマ。なんか雲行きが妖しくない?」

「本当ね。雪が降る予定なんて、あったかしら?」

 東海道の天候は、コンピュータで完全に管理されている。

 ゲレンデの人工雪が足らなくなると、自動的に雪を降らせるが、今はバッチリ滑りやすい程度の積雪量を保っていた。


 ところが、空には真っ黒な雪雲が。

 二人が天気を心配していると、雪が降り出し、あれよあれよという間に本降りになった。


「ねえ、タマ。これ、まずくない?」

「まるで吹雪だわ」

 まるでどころか、本物の吹雪である。

 二人は傘代わりに、さっきもらったばかりの、たたみいわしを、頭の上に広げた。

 しかし、そんなもの、まったく役に立たない。


「どうなってるのよ。全然止みそうにないわ」

「小田原に着く前に凍え死んじゃう!」

 完全にブリザード。

 視界は白くさえぎられ、息をするのでさえ苦しくなった。


 どうしてこんなに雪が降るのか。

 もちろん、一茶がコンピュータを操作して、二人の上にだけ降らせているのだ。

「クックック。ここでぼくが自家用スノーモービル・お猿のかごやタイプRXで颯爽と現れて、彼女たちを助け出すのだ」

「坊っちゃん、これはナイスアイデアですぞ!」と、鱒之助も今度こそは成功すると思った。


「クフフ。自家用スノーモービル・お猿のかごやタイプRXの中には、彼女たちが好きなお酒がいっぱいだ。窮地を救われたところに美味しいお酒とこの素敵な僕がいるとなれば、いかに身持ちの固い彼女たちといえど、たちまち僕のトリコになり、あとは小田原まで、ムフフでグフフで、イヤーンなのだ。カッハハハハ」

「さすがは坊っちゃんですな。いやらしい陰謀を考えたら、右に出るものはおりませぬ!」


「……爺よ。もう少し言葉を慎め。だが、ミケタマを両方に侍らせてお酒を飲むとなると、ムフフフ、クハハハ、どうしよう、ヨダレが止まらん」

 と、けしからん妄想が止まらない一茶である。

「さてと、そろそろ行くとするか。このまま降り続けば、本当に雪の下に全て埋まってしまうからな」


 一茶はスノーモービルに乗り込もうとした。

 だが。

「あ、あれ?自家用スノーモービル・お猿のかごやタイプRXはどこだ?」

「ぼ、坊っちゃん!あれを……!」

 鱒之助が指差した方向には、勝手に走り出して行ってしまう自家用スノーモービル・お猿のかごやタイプRXが。


「待て、自家用スノーモービル・お猿のかごやタイプRX!僕はまだ乗っていないぞ!」

 慌てる一茶。

「爺、早く自家用スノーモービル・お猿のかごやタイプRXを追うのだ!」

「坊っちゃん!」

 大慌てで追いかける二人であったが。


「くう、何だ、この雪は!これじゃ観測史上一位の豪雪っぷりではないか!?どうして大磯にこんなに雪が降るのだ!?」

「ぼ、坊っちゃんの指示通りです!」

 無情にも雪は激しく降り積もり、あっという間に埋もれてしまう二人なのであった。


 一方でミケタマの二人は、危機に瀕していた。

「どうしよう、本当にまずいわ」

「わ、私、眠くなってきちゃった」

 ここで眠ってしまったら、それは死を意味する。


 二人でお互いを励ましあっていると、どこからともなく歌が聞こえてきた。

「この歌、何かしら?聞いたことがあるわ」

「これは、童謡『お猿のかごや』だわ」

 歌が聞こえる方に目を凝らすと、ぼんやりとした明かりが。


 やがて近づいてくると、それが小田原提灯であることがわかった。

「幻を見ているのかしら?お猿さんが小田原提灯を掲げているわ」

「それだけじゃないわ。籠を担いでいるのよ」

 自家用スノーモービル・お猿のかごやタイプRXは、二人の前で止まった。

「小田原まで、お二人さん、ご乗車です」

 と、猿が言ったのか、誰が言ったのかわからない。

 渡りに舟とばかりに、二人は籠に乗り込んだ。


「ふわ〜、助かった!」

「もう、死ぬかと思った!」

 中はしっかりと暖房が効いていて暖かい。

 革張りのソファは、最高級のリムジンのようだった。


 それだけではない。

「お酒があるじゃない!」

「しかも、お燗がしてあるわ」

 二人は、凍えた体を温めようと、そこにあったお酒をいただいた。

「あ〜、生き返る〜!」

「天国みた〜い!」


 ちょうど、たたみいわしが二畳分もある。つまみには事欠かない。

 熱燗のおかげで、すっかり元気を取り戻した二人であった。

 小田原に着く頃には、天気もすっかり回復。

 東海道は再び爽やかな冬晴れに包まれていた。


 一方、またしても計画が失敗した、一茶は。

「な、なんで、なんで自家用スノーモービル・お猿のかごやタイプRXが、勝手に走り出すんだ〜!」

 雪に埋もれて悔しがっていた。


 すると、雪の上に何かを発見する。

「むう、これは…」

 大人の男性のものと思われる、足跡が点々としていた。

「これは、靴じゃないな。草鞋の跡…」


 一茶は、昨日、川崎で拾ったものを懐から取り出した。

「この十字手裏剣に煙幕。そして草鞋の足跡か」

 意味ありげに、小田原の方向を眺めて、こう呟くのであった。

「小田原城か、なるほどな…」

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