第14話 うしろの正面だあれ

「ねぇ~信二」


「なんだよ」


「かごめかごめ、しよ?」


「どうしてだ?」


「そんなの決まってるじゃない」


「……ごめん。はっきり言ってくれないと僕にはわかんないよ。って、あれ。君は……」


「ねぇ……信二」


「信二ちょっと聞いてるぅ?」


「信二ったら、もうこっちくらい向きなさいよ……」


「信二さん……」



 信二の耳元に囁きかける、複数の女性の声。


 どこか聞き覚えのある、その柔らかく信二に囁きかける、性的な声。


 しかし、信二は何も思い出せない。


 その女性が、女性たちが、信二と一体どのような関係にあったのか。


 どうして、彼女たちが信二に話しかけているのかということすらも、何もかもが信二には理解し得なかった。



「信二どうしちゃったの?」


「もう、何か反応したらどうなの?」


「信二さん、私はいつもあなたのことを見ていますから……」



 信二はある種の錯乱状態に陥っているのかもしれない。


 そしてあろうことか、幻聴のようなものを聞いてしまっているかもしれない。


 幻覚ということならば、彼女たちは物理的には存在しない。


 信二は一旦落ち着く必要があるのだ。


 しかし彼女たちは待ってはくれなかった。


 というよりも、信二は声が何一つ出せないのだ。


 複数の女性の声が聞こえ始めた辺りから、少しも声が出せないでいるのだ。


 まるで、夢のなかにいるかのような。


 思い通りにならない、あの恐怖に近い何かが、信二を覆い尽くしていく。



(君たちは、誰だ。一体誰なんだ……)



 信二が心のなかでそう呟くと……




「黙ってるだけじゃ、何も始まらないからぁ~。私たちだけで始めちゃおっか」


「信二さんのためならば、私はなんでもしますよ」


「いいね。やっぱり君たちは腐っても信二の●●だねぇ」


「えへへ」


「うふふ」


「べ、べつにそんなんじゃないんだからね!」


「よぅし。じゃあいくよぉ」


 


 信二は身動きの取れないまま、彼女たちの声を聞き続けた。


 気がつけば信二の体勢は、日本の伝統的な体育座り、というものになっており、一種の束縛を受けていた。


 頭が上に上がらない。


 彼女たちの足元だけが見える。


 いまは全部で3人分の足元が見える気がする。


 するとゆっくりと、ゆっくりと、その彼女たちの足元が、小さいものから、少し大きいものまで、信二の周りを回り始めた。


 そして次第に、信二の瞼は重く閉ざされていった。。。



「かーごーめ、かーごーめ」



 とんたたん。とんたたん。


 信二の耳に彼女たちの靴が地面を叩く音が不気味に響く。


 信二は思わず、耳を手で塞いだ。


 小さいとき何気なく、友達のみんなと遊んでいた『かごめかごめ』なのに、どうして今はこんなにも不気味で恐ろしく聞こえてしまうんだろう。




「かーごのなーかのとーりぃはー」


 


 たんととん。ととんたん。


 身動きが取れないでいるからだろうか。


 何も喋ることができなくなってしまったからだろうか。




「いーつ、いーつ、でーやぁーる」


 


 とてんてん。とんたてん。


 彼女たちが誰だか理解できないからだろうか。


 この不可思議な状態に気が狂ってしまったからだろうか。


 明らかにこれは普通じゃない。


 普通じゃない状態だ。


 


「よーあーけーの、ばーんーにー」




 彼女たちが信二の周りをぐるぐると回っているのがわかる。


 目を閉じていても分かる。




「つーると、かーめが、すーべった」


 


 信二はそろそろ口を開けなければならない。


 これは『かごめかごめ』の宿命だ。


 後ろを振り返って、誰だか言わないといけない。


 しかし、信二はそれが誰だかわからない。


 そもそも彼女たちが、誰だか分からない。


 いや……


 思い出せないんだ。。。




「うしろの正面……」


 


 ぴたっと回転が止まった。


 それは彼女たちの足音が鳴り止んだことから、信二は察することができた。


 しかし、まだ何も名前が思い浮かばない。


 適当なことを言っても、いけない気がする。


 信二はわからないなかで、必死に答えを見つけ出す、努力をした。


 しかし……




「だぁれだ」


「だぁあれ」


「だぁれでしょ」




 信二には3人の声が耳に入ってきた。


 誰だかさっぱりわからないのに、誰かさえも決めることができない。


 後ろの正面を、一人に定めることが不可能な遊び。


 


「だぁれだ」


「だぁあれ」


「だぁれでしょ」





 再び、三人が同時に、信二を問い詰める。


 さっきまでとは全く異なる声色に聞こえる。


 ……


 混乱


 倒錯


 錯乱


 動悸


 ……


 信二はそして、何もわからないままに、目を瞑りながら。


 後ろを振り向き……




「■●▲★◆▲◆●★!!!!!!!」





 そう呟いた。


 信二自身も何を自分で言ったのかさえ、理解できなかった。


 …………


 辺りがしんと静まり返る。


 信二は恐る恐る……


 その瞼を押しのけて……


 目を開けた。


 そこには……




「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」


 


 『殺す』の単語を不気味に連呼する、のっぺら坊の女がいた。


 顔のパーツが何もない。髪の毛だけがついた頭がそこにはあった。


 信二の背筋にゾッと寒気が走る。


 なんだ。これは。


 信二はなにか選択を間違ったのだろうか。


 とにかく冷や汗がとまらない。


 早くいかないと、取り返しの付かないことになる気がする。


 しかし、体が言うことをきかない。


 聞いてくれない。


 信二はただただ、その不協和音を含んだ『殺す』を聞くことしかできない




「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す好き殺す殺す殺すどうして殺す殺す死んで殺す殺す殺す大好き殺す殺す殺すなんで殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すへんたい殺す殺す殺す殺す愛してよ殺す殺す誰なの殺す殺す殺す大好き殺す殺す殺す大嫌い殺す殺す大好き殺す殺す殺す殺す信じてたのに殺す殺す大好き殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す愛してる殺す殺す愛してる殺す殺す殺す殺す殺す愛し合え殺す殺す殺す殺す殺す好き殺す殺す殺す愛して殺す殺す殺す殺す一方通行殺す殺す殺す殺す殺す好きっていって殺す殺す殺す殺す殺す私だけを見て殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す離さないで殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す好き殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」




(あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!)




 信二は心のなかで叫んだ。


 声にならない声で叫んだ。


 そうして……


 信二の意識はようやくのことで、遠のいていったのだ。



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★



 早朝。


 薄暗闇のなか。


 壁には今●監督の『PE●FECT BL●E』が投影されていた。


 昨夜はパ●リカを見終わってから、信二たちはいろいろとヤりはしたが、すぐに次の作品へと移っていたのだ。


 そして深夜あたりに、茜の両親が今日は家に帰らないことがわかったので、いろいろと都合を合わせて、信二は茜の家に泊まることにしたのだ。


 …………


 映されているのは、おそらく映画の最後のシーンだと思われる。


 その静止画のなか。


 一人の女がこちらを見つめていた。


 …………



「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」



 信二は飛び起きた。



「なになになにどうしたの!!!!!!!!!」



 茜もそれにつられて、飛び起きる。


 茜は信二のことを、信じられないとでも言いたげな顔で見つめている。


 しかし、すぐに信二が肩で息をしていることに気が付き……




「信二、怖い夢でも見たのね」


「あ、ああ……。ごめん。なにかとても不可解な夢で。怖くて……」


 


 そんな信二の様子を見ていた茜は、起き上がっている信二をもう一度、布団のなかへ引き込み、体を密着させた。




「落ち着いて、信二。私は、ここにいるよ」


「あ、ああ……。茜は茜だ。茜は……茜だ」


「ふふ、おかしな信二。私は本物だよ……」




 信二は茜の胸に埋もれるように、顔を沈めた。


 あれほど怖かった夢も、目が覚めると驚くほど早く、その鮮明な映像は消え去っていく。


 信二は次第に冷静を取り戻し、茜のぬくもりを感じながら……


 まどろみのなか、朝日が昇るまでの時間を茜と過ごしたのだった。


_____________________


【あとがき】


 更新しました。しばらく間が空いてしまって、申し訳ないです。


『今回のお話の簡単な解説』


 信二の深層心理に潜む罪悪感が、夢に形をなして現れた、という感じのお話。

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