第65話 規格外の霍乱 2/3 (side モチュリィア)

「トンポーロー!!トンッ・ポーッ・ローッ!!」

食べ物の名前を叫んでいるのは勿論、ユリエだ。


あの巨人族ディグマル料理すら躊躇わずに食べるユリエだけれど――めちゃくちゃ文句は言いながら食べる――、やはり一番好きなのは只人族料理だ。


「ト〜ンンポポォ〜ローォ〜」

そして、ついに踊り出した。

踊りのキレが凄い。


「しっかし、病み上がりのダンに作って貰うってのもなぁ」

言いながら頭をかくのはバーグ。

しかし、俺は知っている。

話を聞く前まで抱えていた酒瓶とツマミを、そっと手放したことを。


「ダンの手料理はいつぶりだ、ございます?」

言いながら、身体を捻ったり、屈伸したりと運動を始めたルラ。


「3週間ぐらいか」

遺跡の崩壊で1週間、寝込んで2週間。


「3週間はなかなかないな、ございます」

「トンポーロー」

「なんだかんだお菓子とか何とかでちょこちょこ分けてもらうしな」

「食べたければ遺跡に潜ればいいし」

俺たちの異常ともいえる攻略ペースを支えているのはダンだ。

サポートもそうだが、『ダンの食事』というモチベーションも大きい。


「クジクジも作ってくれねえかな」

巨人族の料理は食えばまあまあ旨いけど、食うのが怖いっていう。

後、臭い。

「トンポーロー!!」

「頼みゃしねえよ。ちょっと言っただけじゃねえか」

ユリエの目が怖い。


「トンポーロー」

「半日しかないし【アミルの洞穴】ぐらいならいいぞ、ございます」

「トンポーロー」

ユリエとルラは近くの遺跡に行くらしい。遺跡といってもIランクだ。

気分転換の散歩程度だろうけど……

……昼抜きで夜まで潜るんだろうな、これは。


「出るつもりがなかったから、飲んじまったしな」

遺跡は危険だから酔っぱらって入るべきじゃない。

気にしないヤツは多いが、俺たちはそうだ。

「寝るか」

バーグはそう言って部屋へと引き上げて行った。


「さて……、何しようかな」

トンポー……ハーマスが帰って来るのは夕方だろうし、ユリエみたいに晩飯のために腹を空かせるのもどうかと思うし、バーグみたいにただ寝るのも時間が惜しい。


読書でもするか。


……しかし、ダンが料理を始めた途端、家中に立ち込める芳しい香りにいてもたってもいられなくなって、バーグと二人、街へと飛び出した。


バタバタしてたら、ついつい昼飯食い損ねたよ。



◆◆◆◆◆◆



「「「「……」」」」

夕方。

ダイニングに集まった俺たちは言葉を失っていた。


「……天道のはてはここにあったんだわ……」

ユリエの顔が真っ赤になっている。

それもそのはずで、8人掛けの大きめのテーブルの上には所狭しと料理が並んでいる。


どれもこれも只人族ヘルバトを代表する料理だ。

甘辛く香ばしい香りが部屋中を埋め尽くし、腹がぐーぐーと不満を漏らしている。


「しかも、この音はザンギね……今は鶏ね。さっきのタコだったけど」

台所から、ジュージューパチパチと油が跳ねる軽やかな音が響いている。


「なんで、揚げ物の音で揚げてる物が分かるんだ、ございます?」

「??全然違うじゃない?」

黒と白はどうやって見分けるのか?と質問されたような顔のユリエ。


「ただいまー……って何!?このいい匂……―――!?」

ユリエが不思議な動きで揚げ物の音の違いを説明しているとハーマスが帰って来た。

そして、外套も脱がずダイニングへと駆け込んで、言葉を失った。


「「「「おかえり」」」」

「……ただいま。これは?」

机の上に広がる料理に戸惑うハーマス。

「ハーマスが帰って来るからってダンが頑張ってくれたんだ」

簡単に説明する。


「ダンが……ダン、起きたんだね!」

「昨日の昼過ぎに起きたわ。元気よ。特にショックも受けてないみたい。いつも通り」

「まだよく分かってねえのかも知れねえな」

「そうか。気にしないでいてくれると有難いんだけど……」

「その時は手はず通りに進める、ございます」

殴ってでも動きを止めて、鎮静の術で狂乱を防ぐ。


「そうだね。あ、こっちは……」

「それは、食べながら聞くよ。せっかくダンが用意してくれたんだ」

「……そうだね。ああ…料理がツヤツヤだ。湯気も上がってる」


「おかえりなさいませっす、ハーマス様」

後ろから声が掛かる。

山盛りのトンポーローを持ったダンだ。

つやつやのプルプルだ。


肉は、恨みを抱えてると言われる。

殺された恨みだ。

恨みが大きくならないように、せめて最低限の痛みで済むようにするのが解体の技で、それでも募る恨みを祓うのが料理の技だ。

塩や香辛料で清める。

狩猟を生業にする妖精族フィクトの考え方だけど。


このトンポーローに使われてる肉――ファットボアだろう――は、清められたを通り越して、喜んでいるように見える。

『ここまでされたなら文句はない』とそんな雰囲気を感じる。


「ただいま。目が覚めたみたいでよかった。身体は大丈夫かい?」

「お、お蔭様で大丈夫っす」

「そうか。よかった。具合が悪いところがあったらすぐ言うんだよ」

「きょ、恐縮っす」

「それと、この料理ありがとう」

「とんでもないっす」

いつも通りのダンだった。



◆◆◆◆◆◆



「ダンが狙いか」

「ややこしいことになったわね」

【マルセ樹氷林】の探索は上々だったようだが面倒事も釣ってしまったらしい。

魅惑の豊穣チャケラグレ〗はトップランクの冒険者だ。

勘の鋭さ、特に、人材に対する嗅覚は本物のはずだ。

ダンに目が行くのも、仕方がないかもしれない。


困ったことだが。


「師匠ん所の上司だしな」

「ただ逆に言えば、今で良かったと思うよ」

「何がだ、ございます?」

「ダンのカバンが壊れてるからだよ。そういう意味では丁度いいと思う」

「「「「あー。確かに」」」」

マジックバッグがあると、どう取り繕ってもダンの規格外はバレるし。


「カバンも新調しねえとな」

そうだ。それも買わないと。


「今度は不良品じゃなくてちゃんとしたやつにしないとね」

ダンがダンじゃなかったら、使えるわけもなく、捨てるしかなかったから。


「新しく買う時は資金もあるし、知識もある、ございます。私がちゃんと選んでやる、ございます」

ダンの実力に見合い、ルラの眼鏡に適うマジックバッグ。

なかなかな探し物になりそうだな。


「ダン君も無事だったし、結果的にはいいタイミングだったんじゃない? カバンが壊れたの」

そうとも言える。いつまでもあんな不良品を背負わせとくわけにはいかないから。


そう思い、みんながうなずいたその直後。

「ダン?」

ダンの顔から血の気が引き真っ青になっていた。

「ファビフィティルア!!」

部屋を白い光が包む。

咄嗟のことで力が入りすぎたのか、それとも、ダンが相手だから躊躇をしなかったのか、今までに感じないほどの強さを持った光だった。


しかし、それどころではない。

ダンの顔色はまだ悪く、思い詰めている。


「止めろ!!」

バーグの声と同時に飛び出す。

鈍い音とともに吹き飛んだダンを後ろから支える。


「ダン。いいかい?」

ハーマスが緊張しながら口を開く。

「あのカバンが壊れたのは、ダンのせいじゃない」

ダンに伝わるのか。でも伝えないといけない。

俺たちも逃げてはいられない。


「そう言っても、ダンは納得出来ないだろう。だから、これは命令だ。〖混色の曲刀ファルカンシェル〗リーダー、ハーマスとして命じる。ダン、カバンのことで自分を責めることを禁じる。ダンに無理をさせた僕達も悪い。でも、ダンも悪い所はある。無理をしたことだ。無理だ、疲れたとちゃんと言わなかったことだ。だから、もう一つ命令だ。今度から疲れた時は疲れたとちゃんと言う事。分かったね?」


「こんなことで殴らせんじゃねえよ、バカヤロウ」

「俺でも支えられるぐらい、ダンは軽いんだら」

「私がちゃんと休むように言えなかったからだ、ございます。ごめんなさい、ございます」

「……そうそう」

俺たちの言葉も軽いだろう。


でも、ただ誠意は伝えたかった。

感謝と、親愛と。


「………あの……えー、その……」

ダンが言葉を探す。

「……ありがとうございますっす」

その感謝の言葉は、いつもより距離が近かった、そう思ったのは、俺たち自己満足だろうか。


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