11.騎士の対決
目の前にいるエヴァンダーの目は虚ろで。
確かにエヴァンダーのはずなのに、エヴァンダーの声なのに、どこかが違う。
「ばかやろう……魅了なんかされやがって……っ」
気づいてはいたが、アルトゥールの言葉で断定されると実感してしまう。エヴァンダーは魔女に魅了されてしまったのだと。
戦わなければいけない相手に、なってしまったのだと。
魅了を解除するには気を失わせるか力を失わせた上で、相手の胸に手を置き、聖女の力か魔石を使わなければいけない。
剣を構えるエヴァンダーは、ルナリーが容易に近づけるような相手でも、気を失わせることができる相手でもなかった。
「遠慮なく殺しなさい、エヴァンダー」
「御イ」
そう言ったかと思うと、エヴァンダーは土を蹴って駆け始める。
「ルー、離れろ!!」
すぐさまアルトゥールが応戦し、ギイィィイインッと剣戟の音を周囲に響かせた。
「アル様!!」
「人のことを心配している場合?」
ハッと気づくと、リリスと呼ばれていた魔女がまたルナリーに指先を向けている。
即座に氷で結界を展開すると、バリンと割れる音が広がった。
氷の結界を突き抜けて来るも、勢いは殺されていてギリギリで躱す。
「ルー!!」
「大丈夫! 怪我はしてないわ! こっちは気にしないで、アル様はエヴァン様を!」
「っく!」
いくらアルトゥールの方が強いと言っても、手加減ができるほどの差はないだろう。
アルトゥールはこっちに気を取られている場合ではないのだ。なんとかエヴァンダーの気を失わせるか力を削いで、魅了を解除しないといけないのだから。
また爪が伸びてくる。その度に氷の結界を張って勢いを殺し、ルナリーはどうにか逃げ回った。
「ちょこまかと……」
瘴気の中では聖女の力も半減してしまう。もっと強固な氷を生み出したかったが、ルナリーの氷の適性は低くて不可能だ。
炎での反撃をしたくとも、次から次に爪の攻撃を繰り出されては、氷の結界を出して防ぐのが精一杯で。一瞬でも気を他に割くと串刺しにされてしまうため、やり返せない。
だが、ゼアとアズリンのおかげで瘴気がどんどんと薄れていくのを感じた。
このまま逃げ続け、瘴気が消えれば……そして結界を張ってくれれば、きっと反撃も可能になる。
「っく、瘴気が……あの二人ね……!!」
突如、魔女リリスは目標をルナリーから切り替え、瘴気を浄化している二人へと向かい始めた。
「ま、待ちなさい!!」
「うるさいわね……っ」
追いかけようと一歩踏み出した瞬間。
あっと思う間もなく右の肩をバシュンと貫かれていた。
「あぐっ」
油断していたわけではないが、ゼアたちの方に意識がいってしまい、対応が間に合わなかった。
ルナリーはその場にどすんと転がり、痛みで一瞬なにも考えられなくなる。
その隙にリリスはゼア達の方へと舞うように行ってしまった。
ルワンティスの騎士たちが、魔女から二人の聖女を守ろうとして盾になり、何人も爪に貫かれて倒れていく。
「もう少し、もう少しなのに……っ」
自分の治癒は後回しにして、ルナリーも結界の浄化に加わる。
魔女が焦るほどに、瘴気は薄くなっているのだ。
あと一歩。もう少し。
しかしその瞬間。
「ぐ、あアああああっ!!」
男の叫び声がして振り返る。
そこには胸から血を吹き出して倒れる、エヴァンダーの姿があった。
「はぁ、はぁ、はぁ!!」
立っているアルトゥールは右目を失って血を流しながら、肩で息をしている。
「アル様……エヴァン様!!」
「ルー! すまねぇ、こっちにきてイーヴァの治癒と魅了解除を頼む……!」
「ええ!」
ルナリーはすぐさまエヴァンダー元へと向かい、血の吹き出す胸に手を当てた。
魅了解除と治癒魔法を同時に発動すると、もう命の灯火が消えかけているためか、あっとう間に魅了は解除される。
「ル、ナリ、さま……」
「エヴァン様!」
「イーヴァ!!」
ぐぷりと音を立てて、エヴァンダーが血を吐く。
「エヴァン様……エヴァン様……! 今治癒をかけているから……!」
そう言うと、エヴァンダーはいつものように薄く笑った。
たった三ヶ月と少し離れていただけだというのに、その顔がやけに懐かしい。
「エヴァン様……死な、死なないで……っ」
ルナリーの治癒は、エヴァンダーの組織破壊に追いつけていない。どれだけ治療をしても、血は止まってくれず、焦りばかりが募る。
「魔女、は……」
エヴァンダーがそう言った瞬間、霧が晴れたかのように気持ちのいい空気が入り込んできた。
「瘴気が……消えた」
アルトゥールの言葉に、ルナリーは魔女リリスの方を見る。
アズリンは疲れからか膝から崩れ落ち、ゼアは歯を食いしばって今度は結界を展開してくれている。
形勢が、逆転した。
やられるだけだった騎士たちが、リリスへ反撃を開始している。
魔女を倒せるのも、あと少しの問題だろう。
「大丈夫、もう勝てるわ……だから、エヴァン様も生きるの……!」
「やく、そく……です、よ……私が、死んで、も……巻き戻、しは……しないと……」
「いや……エヴァン様……!!」
もうエヴァンダーの息は長くない。
そう思うと、涙が滝のように溢れ出てくる。
〝もしも私がこの先死んでも、魔女を倒せる算段があるなら……もしくは倒せそうなところまで来ていたなら、時間は巻き戻さないでください〟
あの日した約束を。
エヴァンダーが忘れるはずもない。
「エヴァン様、エヴァン様……! 私、どうすれば……!!」
「……ルナ、さま……私の……胸のポケ、トを……」
「ポ、ケ……?」
ひっくとしゃくり上げながら、言われた通りにエヴァンダーの胸ポケットを探ってみる。すると真紅の液体のようなものが入った、小瓶が出てきた。
「エヴァン様、これは……エヴァン……様……?」
エヴァンダーはうっすらと笑みを見せ。
そして一筋の涙を流したあと、動かなくなった。
美しいはずの翡翠の瞳は輝きを失い、ただのガラス玉のようにどこかを見ている。
「いや……うそ……そんな……だって、魔女はもうあと少しで……っ!」
今にも声を上げて泣き叫びそうになる。
「ルー!!」
そんなルナリーの体を、アルトゥールが後ろから抱きしめてくれていた。
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