第46話 共有ーーー

唯一の救いは僕と空良の教室が同じ2階に隣接している場所にあるという

ことだった。だけど、いつものように階段を上がり、2年の教室に向かって

いた僕は1年の教室前で群がる大勢の男女の姿を目撃した。


(な…何じゃ、これは?)


僕の脳裏に嫌な予感が突き刺さる。と同時に複数の声色が僕の聴覚へと

入り込んできた。


「うわっ、超ーかわいい」

「スタイルいい」「めっちゃ美少女じゃん」

「全然、人間じゃん」「ほんとにあの子がAIなの?」

「誰かしゃべりかけてみろよ」


(やべぇ…空良…空良…)

僕は慌てるように1年の教室まで足を進めていく。

 

彼らはまるで憧れの芸能人を遠くから見つめるような眼差しで 1年の教室の

中央にいる空良の周りでたかる同級生達を羨ましそうに見ていた。

そこは決して中に入り込める隙間もなく、さえぎられた空間外で

只々、ジッと指をくわえて見ているだけのような光景だった。

それでも彼れらは嬉しそうに、嫉ましそうに笑っていた。でも、それは

きっと彼らは空良と同じ空間にいる後輩達と共有した気分を味わいたかった

だけなんだろう……。



共有……!? 空良は皆の所有物か? ……いや、違う…


空良は学校の所有物と同じじゃない。


空良は空良だ!! 誰の物でもない。


共有なんてバカげている。空良は見せ物じゃないっつうの!!


なんだか僕は腹の底からムカムカした気持ちが今にも爆発しそうだった。




『さあ、お前達、早く、散った、散った!! こんなとこでたかっ

たら迷惑だ!!』


―――なんて、思いっきりこの野次馬達の前で言えたら、どんなに

   スッキリするだろうか……。

ああ、僕はいつまで空想だけで満足しているんだーーー。


空良を【守る宣言】したのに僕は何をやっているんだ。


これじゃ、前のままの僕じゃないか!! 

新時代に突入したのに、全然、変わってないじゃん。



(よし、僕は言うぞ。言ってやる!! 空良は見せ物じゃない!!)


「そ…空良は…」

―――と、僕の口が開いた時だったーーー。


「キンコーンカンコーン・キンコーンカンコーン」


朝の始まりのチャイムの音色が教室から廊下まで響き渡る―――。


「あ、チャイム鳴っちゃった…」

「戻ろうか…」

「…だね、一限目、何だっけ?」

「国語…」

「国語かあ…。退屈なんだよね」

「ハッハッ…。私も…」


ゾロゾロと自分達の教室に戻って行く同級生や先輩達が僕の隣を通り過ぎていく。


「フゥ…」

僕の心は少しホッとしていた。


そして、僕はもの寂しそうに肩を低くし、1年の教室から離れ 自分の

教室へと戻って行った。



教室に戻った僕は一番後ろの目立たない いつもの窓際の席に着く。

その後、すぐに担任が教室に入ってきた。


「一年のクラスにAIが入荷しました。名前は…空良ちゃん。一応、学校の

所有物なので皆で共有するように」


担任から空良の説明があった。

くそっ…担任も空良を所有物のように扱いやがって…


何が「皆で共有するように」だ。 ふざけるなっ!!



つくづく僕は自分の存在感の無さに腹が立った。


どうせ、僕が何かを発言した所で僕の存在感を証明することは出来ないだろう。


幸之助さんは僕しか空良を守れない―――と言ったけど、それは何かの

間違いだろう…とさえ思う。存在感の無い僕に果たして空良を守ることが

できるのだろうか……。


僕はこれからどうしたらいいのだろう……


僕はどうしたら空良を守ることができるのだろう……。



空良は同級生達の輪の中にいた。空良も楽しそうに笑っていた。

それって空良にとってはいい事なんじゃないか…?

考えてみれば、空良を皆で共有することは悪い事なのか?




頭を机に突っ伏して、視界に映る教室の風景は沢山の人の背中と

遠くなるような担任の声色だけだった。


勉強はできても、空良のことに関しては思いっきり不器用だ。


昔の僕なら空良に対して結構、正面からぶつかっていたことさえ、

空良を目の前にしてドキドキして一歩も前に進めなくなってしまう。


こんなことで空良を守ることなんてできるのだろうか……


外見が違って見えても、空良は空良なのに まだ心が追い付いていない。


自分が思うよりも僕の心は相当複雑にできていたーーー。



僕はいつの間にか思考回路が回らなくなり一限目の授業が始まっていたことにさえ

気づかないまま、眠りについていたのだったーーー。



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