空良飛ぶブーメラン
神宮寺琥珀
第1話 誰も僕を知らない
紅葉が舞う秋も終りを迎え、もうすぐ12月がやってくるというのに
僕は何だか憂鬱だった。
窓際の一番後ろの目立たない席で僕は一人、ポツリと誰の視界にも入らず
ガンガン照らす眩しい日差しに思わず目を細め窓越しに映る青空と木々から
少しだけ揺れる
秋も感じさせないような季節。去年の今頃はもう少し肌寒かった気がする。
冬が近づいてきているという実感はあった。
でも、今年はそんな季節の移り変わりも薄く月日だけが只々いつの間にか
過ぎて行くような感じがする。
静かな空間。笑い声やしゃべり声など僕の耳には入って来ない。
まるで、その空間だけが厚い壁に囲まれているようだ。
自慢じゃないけど、僕の成績は常に学年トップで、今回の実力テストも
中間テストも学期末テストもオール満点、学年で一番だった。廊下の掲示板に
貼り出された順位表にも【1番
『さすが、臼井君、すごいね』
『うわ、オール満点、臼井君、頭いい―』
『秀才にはかなわねー』
当然、皆、誰もがこういう反応をするだろうーーー。
と、僕は一人 、注目を浴びているもう一人の僕を自分勝手に想像していた。
そんなことは決してないとわかっていても、一人くらいは僕の存在に気づいてくれるかなと思っていただけに、僕の期待は虚しくも
その証拠に掲示板の前を通り過ぎて、自分が何位なのかも気にしてないし、誰一人
その結果に興味を示さなかった。掲示板に貼り出されるのは上位30名まで。
それ以下の者は注目を浴びることなど根っからない。
適当に遊んで、適当に勉強して、『志望高に合格すればいいや』とか
『入れる高校ならどこでもいいや』としか思ってない連中ばかりだ。
でも、きっとそういう子達は僕よりも世の中の事がよくわかっていて、多分、
臨機応変に世の中を上手く渡っていくんだろうな…と、僕はそう思うよ。
それに比べ僕は成績順位トップにいても誰にも気づいてはもらえない。
僕とすれ違っても誰とも視線が合うことも、立ち止まって声をかけられることも
ない。所詮、僕は空気みたいな存在でしかないのだ。
そんな時だった―――、
ものすごい集中力で掲示板を睨みつける目力の強い彼女の姿が僕の視界を
独占するように入り込んできた。インパクトの強いモンチッチのような
クルクルした天然パーマが印象深く頭に焼きついていた。
彼女はゆっくりとこっちに視線を向ける。
僕は動揺し視界から逃れようと泳いだ目を背けたが、その間ずっと彼女の視線を
感じていた僕は再び視線を戻す。
彼女はジッとその強烈な目力で僕を見ていた。
廊下を走る足音もすれ違う子達のしゃべり声や笑い声も遠くに感じる程、
僕と彼女の距離にある無言の威圧感に僕の足は立ち竦んでいた。
彼女は僕に気づいているの?
だけど、彼女は僕に話しかけることもしなかった。
ただ、物珍しい生き物を見ているような視線で僕をジッと見ているだけだった。
「おいっ、
「やっべぇ、っだよ」
荒々しい態度で彼女を探してやってきたのは生活主任の
「お前はまだ中学生だろ、パーマは禁止だ、ちょっと来い!」
「これは天然だ。何度も言ってんだろ」
「うるさい! 口答えすんな」
猪上先生は彼女の言い分を聞こうともせずに勢いよく彼女の襟首を掴んで
引きずるように連れていった。彼女の言動にその場にいた子達は皆、足を止め
彼女に注目していた。彼女は皆の注目を更に引き付けるかのようにピースをしながら
笑っていた。彼女にとってそれは日常茶飯事の事で全然
猪上先生といえば生活主任という立場を利用して体罰ギリギリの行為をしている
という噂もある。乱れた制服や髪型、色を抜いている子なども含め、違反している
者は全て魔の空き部室へ連れて行き、
僕もその一人にすぎない。
確かに彼女の行動はぶっ飛んだ所がある。どんなにイカつい先生でもぶつかって
いって言いたい放題言っているし、授業中なのにフラフラと廊下を歩いてみたり、
校庭で一人ブーメランを飛ばしていたりと自由奔放にやりたい放題やっている。
先生達が皆、彼女に目をつけるのは仕方がない。
彼女自身が自分でそう仕向けているようにしか僕には思えない。
彼女は学校中の子達が噂する程の有名なぶっ飛び少女だった。
彼女の名前は
僕はA組で彼女はC組。
一度も同じクラスになったことがないけど僕は君の事を知っていたよ。
彼女が僕の事を知らなくても僕は彼女の事を知っていた。
ある意味、僕は彼女の事を少しだけ羨ましく思っていたりする。
僕には絶対に真似できないようなことを彼女は平然と意図も簡単にやり遂げるからだ。先生達はそんな彼女の行動にいつも振り回されている。そんなアタフタしている大人達を見て、何だか彼女は楽しんでいるように思える。
もうすぐ卒業を迎えるというのに空気みたいに存在感の無い僕は誰にも
気づかれない。
先生も同級生達も後輩でさえ誰も僕のことを知らないだろう……。
そして、彼女もきっと僕のことを知らない―――。
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