第三章 乗り換え
第18話 感情
「千歳さん、終点なので降りましょう」
死神に言われて目を覚ますと、千歳は彼によりかかってうたた寝をしていたようだった。人によりかかって寝て、これほどまでに心地が良かったことは無い。死神は、死神なのに不思議な力を持っているように思えた。
「ごめん、寝ちゃってたみたいで」
「大丈夫です。乗り換えですよね」
二人は電車を降りると、次の電車の時刻を電光掲示板で確認する。二十分後に乗れる電車があったので、ホームを変えた。
「なんかやっと、頭がすっきりしてきた気がする」
「だいぶその身体にも慣れましたか? まだ数日は、安定しないかもしれませんから、ネクタイを外さないでくださいね」
千歳は、首に巻かれた死神の黒いネクタイを摘まんだ。これのおかげで、身体が安定しているような気がしていた。
「もう少し、千歳さんに似合うようなおしゃれなものがあればよかったんですが、あいにく黒しか持ち合わせていませんので」
「いいよ。大丈夫。死神がオレンジのストライプのネクタイとかしてるの、あんまり想像できないから。シンプルでいいと思うよ」
「良かったです」
二人で電車が来るのを待っていたのだが、発車時刻よりもかなり前にホームに入ってきた。点検と軽い清掃を済ませると中に入っても大丈夫なので、暖かい車内で発車まで待つことにした。
横長の座席に、二人で並んで座る。死神と帰省しているなど、よくよく考えれば不思議すぎることなのだが、今の千歳にはこれが不思議ではなくて、現実そのままだった。
「死神、疲れない?」
「いえ、大丈夫ですよ? 千歳さんは疲れましたか?」
それに千歳は顔を横に振った。疲れるも何も、先ほどまで寝ていたのだし、疲れる要素である肉体がないので、寝て起きてすっきりした、という感覚さえなかった。肉体というのは、様々な感情を引き起こす要因となるのだ。
「あ、分かった。肉体が無いから、死神も感情が薄いんじゃない?」
「そうなんでしょうか?」
「そうそう。例えば、激務をこなしたら体中が疲れたってなるし、寝て起きたら気持ちよかったとかすっきりしたとか感じて、今日も頑張ろうって気持ちになるし。人にぶつかられたら怒るって感情が出てくる。肉体って感情を引き起こす一つのきっかけを作っているような気がする」
なるほど、と死神はうなずいた。
「では、私がもし肉体を持ったとしたら、それらの感覚を得ることができるかもしれない、ということですね?」
「仮説だけどね。でも、死神は肉体を持っていても、そのポーカーフェイスのまんまかも。死神が怒るとか、はしゃぐとか、ぜんっぜん想像できないもんね!」
千歳がからかうと、死神はちょっとだけ苦笑いをした。少ししか笑っていないのだが、見慣れたせいか、かすかに表情が変わるのが千歳には分かった気がした。
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