第26話 信念と

「ワイワイガヤガヤ……」


街に戻ってくると、いつも通りな、日常の喧騒が耳に入ってくる。

さっきまでの異常な環境が嘘みたいだ。

空を見上げると真上に太陽が光り輝いていた。


「ちょうどお昼時だけど……今はいいかな……」


……あの経験をした後に平然と食事ができる程図太くはない。


「魔物を殺した後とかは割と大丈夫なのにな……」


やはり本能で人間を特別視しているのだろうか。

そんな事を思いながら僕は街をトボトボと歩き、ファルスさんの屋敷に急いだ。



「……そろそろ屋敷が見えてきたけど……結構遠かったんだな」


前は馬車だったから意識していなかったが、この辺は来たことが無かったな。


「治安も良さそうだな……」

「坊ちゃん。どんな時であろうと油断は禁物ですよ」

「……お前は」


本当にいつの間にか、ジョージとデップが僕の前を塞いでいた。

……僕は彼等に気づけないほど下を向いて歩いていたのか?


「ジョージ……デップ……何しにきたんだよ」

「貴方を止めに来ました」


僕の問いにジョージは答える。


「全部お見通しなのか?」

「ええ、伊達に長くハウンド家に務めてはいませんから」

「……勘弁してくれないかな。今、暴力沙汰はちょっと……避けたいんだよ」

「あんな事があっては、人を傷つけるのに躊躇も生まれるでしょうね」


やっぱり、全部見てたのか。


「僕を気遣うつもりなら、大人しく退いてくれよ」

「いいえ、それはできません。私も仕事ですから」


ジョージはゆっくり、一歩ずつ距離を詰めてくる。

僕は後ろに下がりながら叫んだ。


「なんでそんな風に……動けるんだよ! 二人共本当はこんな仕事馬鹿らしいと思ってるんだろ!?

そっちのデップなんて特にそう思ってるはずだし!」

「えっ!? 俺!?」

「……フゥー」


ジョージは足を止め、息を深く吐いた。


「貴方の言う通り。私も内心この仕事に不満があります。

そもそもアローン坊ちゃんが出ていった原因の半分くらいはリードお嬢様ですし……

貴方を連れ帰ればどんな事になるか容易に想像がつきます」


「だったら……」


「ですが。私にも信念が有ります。

トレーニ様に仕えた十数年間……彼に命じられ、リードお嬢様に仕えた三年間。


私は一度も彼等の命令に背いた事がありません。

いつ、誰が主だろうと忠義を尽くす。それが私の信念です」


まるで、ホルシド教の連中みたいだ。

自分よりも組織や主を平気で優先して。


「それは……自分でそうするって決めたのか?」


「ええ。この道に入った時にそう覚悟しました。

坊ちゃん、いえ、アローン様。


貴方は全てを捨てて家を飛び出したくらいです。

きっと何か胸に秘めた思いがあるのでしょう?」


僕とジョージは違う。違い過ぎる。

僕がそういう奉仕するような生き方だったのは……


単にそうする事しか出来なかっただけだから……

自分で決めた訳じゃなくて、ただ流されていただけ。


「……」


僕は……自由に生きたいって……そう決めたんだ。

だから、こんな所で無抵抗に連れて行かれる訳にはいかなくて……!


「あああ!!」


僕は棍棒を取り出し、ジョージに向かって突きつけた。


「そうだよ! 僕は自由に生きたいんだ!

お前の『忠義』も正直すごいと思うけどさ!

僕はもうそういうのはうんざりなんだよ!」


そうだよ。

暴力沙汰は嫌だとか……そんな一時の迷いに揺り動かされる程

僕の信念は軽くない! それを証明してやる!


「そうでなくては!」


ジョージもまた、警棒を取り出し構えた。


「デップ君。貴方も一緒に戦いましょう。

坊ちゃんは相当に強い人ですから、せめて数で有利は取っておきたい」

「……はい!」


デップは晴れやかな表情でそう答えた。

ジョージの講釈に、彼なりに感じるものがあったのだろう。

彼は両腕を広げるようにして構える。


「自由を勝ち取りたいなら! 全力で来てください!」

「……いくぞ! オラァァ!」

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