第9話 追手

「……さて、朝か」


ついさっきまで楽しみで眠れ無いと思っていたのに、

気づいたら朝なのだから人間とは不思議だ。


「時間は二時」


まだまだ余裕のある時間だ。

地図で見る限り、裁縫屋はこの宿から20分くらいの距離だった。

よって、今出るのは早すぎる。


「でも遅れて行くのも悪いしね」


さっさと宿を出ることにしよう。



「〜♪〜♩」


10分ほど歩いて、静かな路地にたどり着く。

ここを抜ければ宿場街から商店街に抜けれるのだ。

ちなみに先日ご飯を食べたお店も、この先の商店街にある。


「……お久しぶりですね。アローン坊ちゃん」

「……! 誰だ?」


突然背後からそう呼ばれ、思わず振り返る。

そこには40代程、白髪混じりで細身の高身長なメガネの男がいた。


「お久しぶり? 僕はお前みたいな奴知らないんだけど」

「……はっはっはっ。とぼけてもなんの意味も有りませんよ。

覚えているでしょう? リードお嬢様の召使い、ジョージです」

「あいつの……?」


アローンの姉、リードの使者。

もうこの時点で嫌な予感しかしない。

こういう時やるべき事は一つ!


「逃げるんだよ!」


さっさと背を向けて駆け出す。

よし、もう少しで路地を抜けられ……!


「ぶふぅ!」

「ぶへっ!」


後一歩の所で、太った男にぶつかってしまった。


「痛てて……すみま、っ!」


謝って去ろうと、顔を上げた瞬間。

僕は太った男の正体に気づく。

そいつはジョージと同じデザインの制服を着ていたからだ。


「よくやりました、デップ君。貴方にしては上出来ですよ。

そのままアローン坊ちゃんを押さえ付けて下さい」

「はっ!」


僕はデップと呼ばれた男に腕を掴まれ。捻りあげられる。


「離せ……!」

「さあ、坊ちゃん。帰りましょうか」

「僕は帰るつもりなんてないよ!」

「……貴方の帰還がお嬢様の望みなんですよ」


ジョージはため息をつき、そう言う。


「貴方は幾ら酷い立場とは言え、高位貴族のお坊ちゃま。

一人で生きてく厳しさに打ちのめされると予測していたのですが……

想像よりたくましかったようで。

お陰でこんな強行手段を取らされましたよ」

「ああ……お前の言う通り、僕はたくましい奴さ!」


だんっ!


「うっ!」


僕はデップの足を思いっきり! 踏みつける!

足の痛みに緩んだ拘束から抜け出した。


「……! デップ!」

「おらよ!」


ビシュ!


「くっ……!」


ジョージに後ろ蹴りを食らわせようとしたが、ステップで避けられた。


「やはり、一筋縄ではいかないようですね」

「僕はこれからデートの予定があってさぁ」

「……えぇ、存じております」

「待たせるとかダサい事したくないんだよね。手加減しないから」

「デップ、貴方はまだ未熟です。下がっていなさい」


そう言われて、デップは路地の出口まで下がる。


「アローン坊ちゃん……怪我はさせたくなかったのですが。仕方有りませんね」


ジョージは警棒を取り出し、構えた。


VSハウンド家長女専属召使い・ジョージ


「行くぞ!」


僕はナイフを取り出し、縮地でジョージに突撃する。


「せぇい!」


シュ!


「くっ!」


地面を滑りながら振り抜いたナイフは、ジョージの腹部を僅かに切り裂く。


「それ程の技術を身につけていたとは……!

ハウンド家の生まれでさえ無ければ一族の誇りとも呼ばれたでしょうに」

「そう思うなら帰すのは辞めにしてくれないかな?」

「いいえ、命令に背く訳には行きませんので。『魔縄』!」


ジョージの左手から縄状の魔力が飛び出す、

僕はそれに足を絡め取られて、尻もちを着く。


「うっ!」

「こっちに来て貰いましょうか!」


グイッ!


「うぉぉ!?」


ジョージはそのまま魔縄を引っ張り、僕の身体はズザザと地面を引きずられる。


「はっ!」

チャキン!


僕はすかさずナイフを振り、魔縄を断ち切った。


「ハアッ!」

カァン!

「……くっ!」


だが、ジョージは間髪入れずに

地面に背をつけた僕に向かって警棒を振り下ろす。

なんとか防ぐが、体勢、筋力、経験、全てで負けている僕は押し負けていた。


「……優秀ですが、貴方はまだまだ子供なのですよ」

「まぁ、そうだな……」


13歳の肉体だし、こう言う物言いをされるのは何ら不思議じゃない。


「……? なんだ? 力が……」


だが、子供だからといって大人に勝てないと思うのは間違いだろ?


「! そらよ!」


さっき、ほんの少しだけど腹を切られたジョージには確かに「麻痺」の状態異常が付与されていたのだ。

力の抜けた警棒を押し返し、彼の胸部に蹴りを入れる。


「……! なるほど、そのナイフは……」


僕が使っていた武器がなんなのか気づいたようだが、もう遅い。

僕は起き上がり、体勢を立て直す。


「気づくのが遅かった、な!」

パコン!

「グッホオ!?」


ナイフを逆手に振り上げ、

柄の部分でジョージの顎にアッパーカットをかましてやった。

彼は20cm程地面を飛び、背中から墜落した。


「……気絶したか。僕の事を見くびりすぎだ」

「ジョ、ジョージさん!」


デップが思わず叫ぶ。


「おい、お前」

「な、なんですか?」

「こいつを運んでやれよ、流石に地面に寝かしたままじゃ可哀想だろ?」

「でも俺だって命令が……」

「……二人仲良く地面に寝たいのか?」


ナイフを構えて睨みつけてやる。


「分かりました……」


デップは気絶したジョージを背負い、去ろうとする。


「ああ、それと」

「なんでしょうか」

「お前らの主人に伝えとけ、『戻る気は一切無い』って」

「……」


デップは無言で頷き、姿を消した。


「……ふぅ。疲れた」


人間相手の戦いをする事になるなんて思わなかったな。

戦ってる途中はテンション任せで案外なんとかなったけど、

終わってみると一気に疲れが……


「はっ! 今何時だ!?」


落ち着け、こういう時はスマホで時間を……って

異世界にそんなもんある訳ねーだろ! 現代人の悲しき癖!


「とりあえず急ごう!」


僕は裁縫屋に向かって走るのだった。

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