第40話 祝詞
作業は陽が昇るのと同時に急ピッチで行われた。森の中ほどのひらけた空間を使い、間伐材で組み上げられた祀火に、しめ縄のついたオブジェが建てられる。そこかしこに飾り護符といわれる神教に伝わる護符が括られ、ナグモの頼みによりかつての紫紺我衆の部下二人の協力も得られた。
祭場の準備は迅速に行われ、アルフレドは神教を編纂した経典を持ち祀火の前に立つ。
「それでは儀式に入ります。コテツさん、ナグモさん、蛍、祈祷が終わるまでこの場を死守してください」
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時は少し遡る
アルフレド、コテツ、ナグモ、蛍は机を囲む。四人はヴァシジを再び神獣の地位へと戻し、デモゴルゴ教のシンボルとする方向で話を進める。
「ヴァシジは年に一度の祈祷により信者の信仰を確認し、その守護を約束していると聞きました。今は神教を詳しく伝えられる者はいなくなってしまいましたが、神教の教えはアルフレドさんの経典に受け継がれています」
「では、ヴァシジが我らの祈りを受け取り、それに応えれば!」
「はい。デモゴルゴ教の守護者として力を貸してくれるはずです」
コテツの提案に三人が歓喜の声を上げる。しかし、町のまとめ役のナグモだけは表情が優れない。アルフレドがナグモの肩に手を置くとナグモは力なさげに顔を上げた。
「すみません。話しに水を差すつもりはないのですが……確かに可能性はあります。祈祷を上げ、信仰が復活したことを知ればヴァシジはで応えてくれるかもしれません。しかし、我々は長い年月信仰を捨て、ただ無為に過ごしてきました。けれども、ヴァシジは信仰を捨てず一人静かに神に祈りを捧げているのです。そのように堕落した我々をヴァシジは認めてくれるでしょうか? いや、そもそも私たちの前に姿を現してくれるか……」
「ナグモ。言いたいことは分かる。しかし、ヴァシジがどう思ったとしても私たちは前に進まなくてはならない。矜持と信仰を取り戻すためにデモゴルゴ教に入ると決めただろう?」
「ああ」
「アルフレドさんだっています! 私達だけで勝ち取る戦いじゃないんです」
「ナグモさん。これは私の問題でもあります。皆さんの考えには賛成ですし、やるからには全力でヴァシジを神獣として迎え入れるつもりです!」
三人の言葉を受け、再び表情に力強さを取り戻すナグモ。ナグモももちろん決意は固まっている。しかし、自身の今までの生活とヴァシジの高潔な想いを前にナーバスになっていたのであろう。
「では、作戦を確認します。蛍さんは偵察、ヴァシジの動向を確認すると共に邪魔が入らないよう様子を見てください。ナグモさんとコテツさんは警備に、私が祈祷を終えるまで最後まで守って頂けるとありがたいです。しかし、無理はしないでください。命あっての物種ですからね」
「アルフレド殿。温かいお言葉ありがとうございます。しかしヴァシジの獲得に私は全てをかけると決意しました。命をかけて貴方を守るとお約束致します」
アルフレドは三人に視線を合わせると大きく頷く。四人の強い決意の元ヴァシジの神獣化計画は幕を開けるのであった。
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松明は煌々と焚かれ、火花は空へと吸い上げられてゆく。ファーは背を向けアルフレドのすぐそばで警護にあたる。いつもは鳥の囀りや魔物の鳴き声が聞こえるはずが、火を警戒してか森は静まり返っている。
祭壇の前のアルフレドが経典に目を移すと大きく口を開く。
「我らを守護するデモゴルゴ」
ゆっくりと、重々しく地を這うようにアルフレドが声を張る。
「――我らを赦し、我らを導くものよ」
蛍、ナグモ、コテツも外を警戒しながらも耳を澄ます。経典の中身は確認しているが、アルフレドがこうして読み上げるのを聞くのは初めてである。目で見る文字と耳で聞く声では同じ言葉であっても重みが変わってくる。
「――天と地に全てを現し、全ての御親であり全ての神」
祀火は勢いを増し、辺りに風が吹く。経典を読み上げた故の変化であるのか? はたまた偶然に風が吹き始めたのかは不明である。しかし、ただならぬ雰囲気に辺りを警戒する蛍は緊張感に息をのむ。
「――我らの日用に、新たなデモゴルゴの供を加え給う」
アルフレドの声は怒鳴るような声ではない。低く、活舌の好い声は少し離れた蛍にも聞こえるのはもちろん、地を伝い森の隅々まで響き渡っている。
「――自在に世を治めたもうデモゴルの使者へと」
蛍の警戒網に僅かな違和感を覚える。違和感は振動となり、振動は空気を伝わって蛍の鼓膜を僅かに震わせる。
「――来た」
口元だけを僅かに動かして蛍が息を吐くように呟く。間髪入れずに糸を使いコテツとナグモに合図を送ると、二人はヴァシジの現われた方角へと体の向きを変え、警戒体勢をとる。
姿を現したヴァシジはアルフレドの祝詞に向かい巨体を直進させる。森の隙間を器用に縫って走る巨体。ヴァシジの巨体を嫌い、森が避けているようにも見える。
「早い!」
蛍は懐から牽制用のクナイをヴァシジの足元に投げつけるが、ヴァシジは全く怯むことはない。勢いを落とすことなくこちらに直進して来た。
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