第33話 口論
翌日。
蛍の協力を得たアルフレドは南部の町をまとめるナグモの家へと再び訪れていた。
アルフレドの顔を見た瞬間に扉をそのまま閉めようとしていたナグモであったが、すぐ後ろに立つ素顔の蛍を見て、渋々家の中へと招き入れる。
「先日は貴重な神教の経典を貸して頂きありがとうございました。非常にためになりました」
「それは良かったです。それで用は何ですか? 特に用事がなければお帰り願いたいのです。町の奴らに変な目で見られたくないし、セントさんに目を付けられたくない」
「目を付けられる? 圧力でもかけられているんですか?」
「いや、何も言われていませんよ。ただ、セントさんからきちんとした説明もなく、いきなり布教活動がはじまるなんて普通じゃありません。コテツと蛍がギルド経由で貴方についているのだって、何かあるからだって普通は考えるはずです」
(ナグモの言う通りであろう。見知らぬよそ者に宗教を押し付けられれば、誰だって近寄りたいとは考えない。セントの配下のルドルフが何かしら根回ししている可能性もある。ここは後ろに控える蛍に任せた方が良いかもしれない)
眉間に皺を寄せるナグモ。アルフレドとは目も合わせようともしない。一分一秒でも早く帰って欲しいと考えているのだろう。
そんな状況を見て、昨晩デモゴルゴ教に協力すると言った蛍が前に出る。蛍は小さな笑みを浮かべており、緊張感が漂うナグモとは打って変わって穏やかな雰囲気である。
「ナグモさん。アルフレドさんとデモゴルゴ教を警戒するの気持ちは良く分かるわ。でも、一度アルフレドさんとデモゴルゴ教のことを見て欲しいの」
「蛍、コテツはこのことを知っているのか? お前がいたから部屋に入れたけど、できればこの件に俺は関わりたくない」
「紫紺我衆の影頭ともあろうものが臆病風に吹かれましたね。死んだ紫紺我衆の者たちが今のナグモさんを見たらなんというか」
「――ッ!」
一瞬にして場に緊張が走る。挑発を受け流さすことなく真っ向から蛍を睨みつけるナグモ。今までの弱々しい男性の目はなく、その目は獣のような威圧感を放っている。蛍も若い女性とは思えない肝の据わり方で、ナグモの鋭い視線を笑顔で真っ向から受け止めている。
アルフレドは急転換する事態の速さについてゆけない、剣吞な雰囲気に耐えきれず頬から一筋の汗が落ちる。
「お前だってここまで逃げた時の凄惨さは分かっているはずだ。反乱分子と罵られ、受け入れてもらうこともできない。やっとのことで辺境のこの地まで来た。数百万にといた人口は蜘蛛の子を散らすようにバラバラになり、この村にたどり着いた者は百人ほどしかいない。次に何かあれば瑞穂の民は終わりだ!」
「ナグモさん【終わりだ】ですって? 間違っていますよ。もう終わっているんです。私達はもう終わっている。信仰をなくし、矜持をなくし、豊かさを失った私達はもう終わっているんです。このまま惰性で生きていくことをナグモさんは良しとするのですか?」
「――!」
ナグモは机から勢いよく立ち上がる。歯をむき出しにし、蛍を睨みつける視線には殺意すらこもっている。――しかし、そこまでであった。ナグモは力なく椅子に腰かけると半笑いを浮かべる。
「煽るのが上手くなったじゃないか。でも、俺はダメだ。ここで立ち上がることはできない。お前の言っていることも分かる。俺に言うことを聞かせたいならヴァシジを殺してこい。それができたら俺は何も言わなずにお前の言うことを素直に聞くよ」
「………………」
いままで得意げに話をしていた蛍の口が閉じる。ナグモが話していたヴァシジとは一体何の事だろうか? 蛍とナグモは知っているようである。いや、むしろここにいる全ての者がヴァシジの存在を知っているのかもしれない。
「私はあきらめませんよ」
「さっきも言ったはずだヴァシジを殺せ」
蛍は眉間に皺をよせるとアルフレドに外に出るように促す。これ以上は話し合いを続けることはできなさそうだ。蛍に詳しい話を聞くために取り合えず神殿へと向かうことにする。
「申し訳ありません。ナグモさんを説得できなければ、これ以上ここの者は協力はしないはずです。デモゴルゴの新しい経典を見た時にいけるのではないかと考えましたが、私の読みが甘かったようです」
「いや、いいんだよ。私はここまで深い話をナグモさんと話すことはできない。それよりもさっき話していたヴァシジとは一体何なんだい?」
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