第24話 魔術契約書

「セントさん本当ですか?」


「アルフレド様が、熱く熱くデモゴルゴ様を語るものですから私も感化されてしまったのかもしれません。では、早速お話の準備を致します。おいっ!」


 セントが鼻の下を長くするルドルフを怒鳴りつけると、我に返ったルドルフが直立不動で立ち上がる。


「へいっ!!」


 短く返事をするとメイドを連れどこかへと姿を消す。数分もするとルドルフは羊皮紙に大きく描かれた地図を机の上に広げる。古ぼけた地図にはピートモスの地形が詳細に記載されており、アルフレドが地図に一通り目を通したタイミングでセントが説明を始める。


「さて、ご覧の通りこの地図はピートモスでございます。谷を挟んで北側に我々がいます。谷を挟んで南側は残りの住人の住まいとなります。南側は山から吹く風が来ないため比較的住みやすくなっております」


 どうやら町の説明を始めたようである。セントは先ほどの表情と違い、商売人の表情に切り替わっている。先ほどの空白の時間で練り上げてきた提案のようである。


「さて、ここからが本題です。南側の集落には瑞穂から来た者が布教をするために使っていた神殿がございます。しかし、瑞穂の国が滅びて以降、神殿は空き家になり、しばらくの時が経っております。そこでその空き家でアルフレド様が布教活動をするのが良いのでは? と私は考えました」


「ほう。こちらとしては大変ありがたいのですが、本当に宜しいのですか? 我々は邪悪な組織などではありませんが、馴染みのない宗教はセント様にとっても不安が残るのではないですか?」


「ひっひっひっ。それはこの村の恩人のアルフレド様の頼みです。恩を返さなくてはなりません……と申し上げたいところですが、我々も商人です。破格の良案を提案しますが対価は頂きたい」


「やはり、魔光の酒ですか?」


「左様でございます。今後、魔光の酒の流通は全てを我々に任せて貰いたい!」


 勢いよく言い切ったセントの顔を思わず直視する。魔光の酒の流通経路を全て把握しているわけではないが、ピートモスに卸している酒は集落外に販売している三割ほどと聞いている。その全てをセントの商会に任せろというのであるから、驚かずにはいられない。唯一の外貨を会得する手段を一商会に任せるという事であれば村の生命線を握られるという事態になりかねない。


「全てですか? さすがにそれは強欲というものではありませんか? 商売に疎い私でも無茶苦茶な取引だと分かりますよ」


 前のめりで話をしていたセントはピンと伸ばした背筋を崩すことなく大きな笑い声をあげる。まるでアルフレドが的外れな事を言っているように受取ることもできる態度に、少しだけカチンとくるが、相手は商売人である。一度感情を押し殺して様子を窺う。


「いやいや。誤解を与えて申し訳ありません。この話にはまだ続きがあるのです。弱みに付け込み、ただ法外な条件吹掛ける訳ではありません。私たちは双方にもっとも利益のある条件で契約を結ぼうとしているのです。その為にフヨッドの方には全面的にわたくしどもを信用してもらう必要がある。そして私もあなた方に対する条件に対し同等のリスクを支払わなくてはなりません」


 セントはもったいぶって何かを企んでいる。しかし、最悪はこちらから条件を突っぱねることもできるのだ。アルフレドはとりあえずセントがどのような条件を出すのか、できるだけ無表情を装いながら沈黙を保つ。


「どうぞこちらをご覧になって頂きたい」


 セントが出したのは蝋印が厳重にされた羊皮紙である。アルフレドがこの世界に来てから見た中でもっとも高価な紙である。セントは羊皮紙の封を丁寧に切るとアルフレドとマリアナに手渡す。


「この契約書はギルドに頼んで購入してきた魔術契約書でございます。重要な取引、あるいは相手が信用できない場合に使います。この契約書に書かれた契約は決して裏切ることができません」


「もし、裏切れば?」


「裏切れません。魂と魂を強制的につなぎ合わせる効力がございます。この契約書を裏切るには大魔導士であっても容易ではないと証明されております。私は魔光の酒でフヨッドに損失を与えた場合、私の財産を担保とする旨を記載します。もし、フヨッドの方々に私共商会の落ち度で損失が出た場合も、私は先祖代々受け継がれてきた商会の財産を持って、その不足分を補います」


 セントは毅然とした態度でアルフレドに説明をする。アルフレドも何かおかしなことは無いかとセントやルドルフを注視し続けるが特に何かあるようには見えない。契約書についてもマリアナがファーに確認させるが、セントの言った通り不備の無いものだと伝えてくる。


 アルフレドが誓約書におかしな所が確認無いのを確認するとセントは再び契約書を受け取り慣れた手つきでアルフレドに提案ようとする取引を文字に起こしてゆく。


 一、魔光の酒はセント商会が独占して取り扱う


 二、セント・クロースはアルフレド・シュミットのデモゴルゴ教の布教を認める


 三、アルフレド・シュミットは宗教活動によってセント・クロースに不利益を与えてはならない。宗教活動により損益が出た場合はその損害をセントに対し支払わなくてはならない。


 四、セント・クロースは魔光の取引で酒の損益が出た場合。自身の不動産、財産を担保にフヨッド


 に対しその損失を支払わなくてはならない。


 五、デモゴルゴ教の入信信者の氏名、人数について、アルフレド・シュミットはセント・クロースに定期的に報告する義務をもつ。


 六、契約の改定は双方の同意があった時に初めて解約ができる。

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