第22話 セント・クロース

 セント・クロースの一族は代々ピートモスで商いをするものであった。先代の父が死に家業をセントが引き継ぐと、一番手始めに取り掛かったのは新人教育の徹底であった。


 仕事のやり方を見て盗む、勤務時間外に帳簿や取引内容を勉強するといった前時代的な手法を全て撤廃し、マニュアルを作り、人との関りを重視して取引をする手法から、担当を複数人に増やし、分業制を主体に属人化を排除していった。


 三年後、人材が育ち風通しが良くなった商会。年を重ねた先輩と若い商会の者がお互いにお互いをフォローし合う関係性が出来上がったところで、セントはした。当然、商会全体で不満の声が上がったが、しかし、若い者には圧力をかけ、やめていった者や不満をぶつける者たちには金を使い、裏で口封じをするようになった。


 安い人件費で人材を食いつぶすスタイル。十年ほどのサイクルで同じことを繰り返すセントの悪名はみるみる内に高まっていった。しかし、貧しいピートモスという環境で仕事を見つけるのは難しく、住民はセントに従わざる得なかった。


 数年が経ちセントが新しく手掛けた商売が二つ。一つは運よく取引を取り付け販路を拡大できた魔光の酒、そしてもう一つの商売が人身売買である。


 傭兵崩れや山賊と共謀し、情報を流したり、時には卑劣な罠にはめ住人を奴隷として売り渡していた。ここ数年はイスガンとやり取りをし、つい最近はフェルドスタイン兄弟を男児女児専門の娼館に売り飛ばす予定となっていた。


 ~~~


「ルドルフ! ルドルフ! 早くこっちに来い!」


 アルフレド達を応接間に通し、声を潜ませながら、されども声を響かせるセント。セントが部屋の扉を後にしたところでルドルフと呼んだ男と鉢合わせる。鼻を赤くした、腫れぼったい目が特徴的で、特に何かあったわけではないのだろうが目は涙ぐんでいる。短いこげ茶の毛はクルクルと丸まっており、一目見れば忘れられない容貌である。


「イスガンの行方は分かったのか?」


ルドルフは懐から一枚のスクロールを取り出す。貴重な簡易魔法発動紙のスクロールを使い、砦近くの部下から報告を受けたようである。


「い、いえ。セント様のお話の後、砦近くにいる部下に砦を見に行かせました。砦は固く閉じられ、人の気配はしないようです。ちなみに砦の回りでは争ったような跡があったそうでフェルドスタイン兄弟が戦闘の末に救われたというのは本当のようです」


「万が一にもイスガンと私が繋がっていると知られてはならない。お前はこの後アルフレドにそれとなくイスガンの話を探るのだ。奴が死んでいるなら問題ないが、何かを感づかれていては厄介だ。アルフレド……魔光の酒の話さえなければさっさと町から追い出して始末したものを」


「へい。それでは私は使用人のふりをしながら奴らを持て成しつつ、情報を引き出してみようと思います」


「わしも準備ができたらすぐにそちらに向かう。予め用意してあった軽食などは捨て、金は使っても構わんから豪勢にもてなしてやれ。いいか、くれぐれも気付かれるなよ!」


「へ、へい」


 ルドルフにそう言い残すとセントは奥の部屋へと駆けてゆく。一人残されたルドルフは少し不安そうな表情をするとジャケットの襟を直し、アルフレドの待つ応接室へと歩き始めた。


 ~~~


「とこんな話を仲間としていると思う。マリアナもイスガンの事は知らぬ存ぜぬをつきとおしてくれよ」


「大丈夫、何も言わない。アルフレドのやり取りを見ているだけよ」


「なら良いいんだけど。万が一、武力でこちらに危害を加えてくるようならファーに私たちを守らせてくれよ」


「大丈夫。ファーなら二分あればこの建物の人間を全てを殺せるよ!」


 明るい声を上げながら嬉しそうに話すマリアナ。まるでピクニックでも来ているようである。


 そんな話をしていると鼻を赤くし、目を腫らした特徴的な男が部屋に入ってくる。男はルドルフと名乗り深々と頭を下げると屋敷の使用人に合図をだす。二人の使用人が銀の盆に乗ったいくつかの皿をテーブルに並べ、酒の栓をルドルフが得意げに抜く。


「本当は、我が商会自慢の魔光の酒を振舞いたいのですが、出荷元のアルフレド様たちにお出しするわけにもいきません。しかしこの酒も良い酒です。瑞穂の国の醸造酒で、特産のオクテで造られたものです。温度管理が非常に難しく、世にはあまり出回っていません。我が商会で運よく手に入れられたものでございます」


「これはありがとうございます。そんな貴重な酒をいただいてしまい申し訳ありません。しかし、瑞穂の国ですか? 聞いたことがありませんが? 恥ずかしながら世間には疎く、知らないことが多いのです。宜しければご教授頂けませんか?」


「はて、アルフレド様はご存じではありませんか? たしかにまだお若いですし、……よく考えれば瑞穂の国も亡くなってからもう十年になりますか。


 瑞穂の国は物流の中継地として栄え、優れた武器の生産地として有名でした。紫紺我衆という強い軍隊も備え、国から国を渡る者は瑞穂の国を知らない者などおりませんでした。あ、そういえばうちの村のギルドにもかつて紫紺我衆だった者ではないかと噂される者がおりましたな」


「なるほど、亡国の瑞穂ですか。できうることならば瑞穂の国の人々には幸せになって頂きたいものです」


 アルフレドは目を閉じ胸の辺りで手を組むと瑞穂の国の人々に黙とうを捧げる。


「私は、先日初めてフヨッドの外に出ました。ヒルとジョナを砦近くで見つけたのも、山菜を取っていると、遠くで争う声が聞こえましたので、集落の男衆を連れて砦に向かい、たまたまヒルとジョナを見つけたのです。それにしても山道は険しかった。ヒルとジョナの二人がいなければピートモスへはこのように早くたどり着けなかったでしょう。うん。これもデモゴルゴ様のお導きです」


 アルフレドは上空の一点を見つけると目を瞑り恭しく頭を下げる。そんなアルフレドを見て赤鼻のルドルフはを口角を上げる。しかし、すぐに表情を元に戻すと確認するように質問を続ける。


「そうですか。わっしもデモゴルゴ様? は存じ上げませんがたいした方なのでしょう。ここまで導くことができたのでしたらそれは神様のお導き以外の何ものでもねぇ」


 ルドルフは満面の笑みを浮かべ、アルフレドに頷く。


「それにしてもセント様は遅いですね。あっし、ちょっと様子を見てきます!」


 ルドルフは機嫌よく扉を開け、部屋を後にする。


 二人は黙ってグラスを合わせると一気にワインを飲み干す。マリアナとアルフレドはどちらからというわけではなく顔を見合わせると、何とも言えないにやけ顔を浮かべる。


「単純なのはいいわね」


「そうだな。私は人の心を読むことはできない。でも、あれくらい分かりやすいと助かるよ。さて、町長のセントはどうでるかな?」

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