魔法少女、森ガールになる

 森に追放されて三日、トモは野生に帰っていた。

 食料調達のため、狩りをしていたらいつの間にか、人間らしい生活を忘れていたのだ。


「いやマイスターなにやってんですか?」


「ふぇ? なにって生肉食べてみようかと」


「いや火ぐらいつけましょうよ……、いくらその身体が丈夫とはいえ……」


 相棒のクーリガーは主人の醜態に辟易していた。

 この世界に来て三日、まともに生活ができない事でトモは荒れに荒れたのだ。

 街に入ろうにも、魔族となじられ入る事すら敵わず、村に入ればみな逃げ出しひどいことをした気持ちになる。

 羽根や尻尾は隠せるが、角は隠しようがない。

 相棒のクーリガーに何か隠蔽魔法がないか確認しても、この世界では複雑な魔法を使うにはなにかキーとなる物があるらしくそれの解析が終わらないと無理という事だった。


 そして人との会話と食料に餓えたトモは、野生化し獣になったという訳だ。


「私は自由に生きると決めたの、これは森ガールの最初の一歩なのだよ!」


 そういうと、生肉にかじりつく、そしてすぐに吐き出した。


「おいしくない……」


「はぁ……、何やってんですか……」


 呆れたクリーガーはため息をつく。

 この状況をどうにかしなけば……。このまま行きつく先は森ガールどころかただの森の蛮族である。

 現状帰還の方法も、目的も、やることも決まっていない。

 トモが奇行を行うのはいつものことだが、如何せんこのままではほんとに野生に帰りかねない。流石にそうなったら付き合いきれないのだ。


「マイスター。一度魔族とやらに接触をしてみてはいかがですか?」


「それどこにいんの?」


「……いいから、森に定住しようとしないで移動しましょう」


「いや! もう槍投げられたり、炎の球投げつけられたりしたくないの!

 この森は私を守ってくれるんだよ! 誰も私を傷つけない!」


 そういうと森の奥からトラのような生き物がトモに飛び掛かる。

 トモはそれをひらりと避けると、一瞬で抑えつけた。


「森が守ってくれるんではなく敵になるような相手がいないだけでしょう? あなたは森の王者にでもなるつもりですか?」


「それもいいわね!」


 本気で言ってそうなのが更にたちが悪い。

 尻尾も調子にのっているか機嫌がよさそうにふらふら揺れていた。

 トモはここ数日人の悪意に晒されよっぽど人に会うのが嫌になっているらしい。

 気持ちはわかるが、前に進まないことには何も得ることはないのだ。

 一度もとに戻ろうと変身を解こうとしたが、元のトモの身体の肉体情報が消失していた。クーリガーの記憶もいくらか消失している。

 そのせいで、トモに何があったか戦いの結果がどうなったかという情報がないのだ。

 過去も未来も見えない不安にトモは現実逃避し始めているという事だろう。


 なにか、そうなにかきっかけが必要であった。

 しかしその兆候は未だ、ない。

 そんな状況は更に10日ほど続いた。


 トモの野生化は更に進んでいた。

 クーリガーは小言をいう事も諦め、この世界の魔法の解析に注力していた。

 森を放浪し、木々の恵みやししの肉を食む。

 その自由な生活はトモの性に合ったようだ。


 そんなある日のことだった。

 木々がバキバキと折れ曲がり森の奥から、それは現れた。

 トモはその音に怯え、すくみ上る。


「ひぃ! 何! なになになに!」


 それはゆっくりと全貌を表す。

 大きな身体に立派な牙、全身は四足獣のような体勢。それは赤い、龍だった。

 今迄見たこともない威容にトモは全身が硬直した。

 森の王者になるなどと調子に乗っていたが、今はただ自分が調子に乗っていたのだと思い知らされる。尻尾は緊張でピーンと張っていた。

 どうやら、トモに生えた尻尾は気分によって言葉より雄弁に語るようだ。


 龍はトモを見下ろしている。標的とみて品定めをしているように見えた。

 しきりに目を逸らトモ、野生動物からは視線を逸らさないのが鉄則というがトモにそん度胸はなかった。長い沈黙、その均衡を破ったのは意外にも龍の方だった。


「ふむ。 魔族かと思えば人の子か……。 随分と珍しい」


 どうやらこの龍は喋れるらしい。

 トモはそれに気づき話をしようとした。


「あの、えっと! ほんじちゅ……」


 速攻でかんだ。


「はぁーはっはっはっは! 面白いやつじゃなお主! しばし待て」


 そういうと、龍の身体が炎に包まれる。

 その炎はだんだんと小さくなり人型に変わると、急に消えた。

 そして炎の中からは和服によく似た黒い服を着てさらしが見えるほど開けたワインレッドの髪の女性が現れる。


「これなら少しは話やすかろ?」


 少し色っぽい声ではあるがその声は龍と同じであった。

 トモはその変身に終始驚いていた。 

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